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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第八十九話 正門の外


【異世界・学園外周/正門前(森側)】


森の入口――いや、学園の「正門」が、そこにあった。


石の門柱。鉄の柵。校名のプレート。

それは確かに、現実世界の学園の正門と同じ形をしている。

違うのは、その外側が森で、内側に校舎が見えることだった。


門の内側――学園の敷地には、校舎も体育館もある。

ただ、グラウンドの白線は消え、

芝でもない草がところどころで伸びている。

“切り取られて、ここに落ちた”みたいに、境界がはっきりしていた。


「……ここが、俺の学園」

リオは息を整えながら、門の向こうを見る。

窓に人影がある。動いている。――生徒だ。


その視界を、黒い影が横切った。


グレイウルフ。

狼の形をしているのに、体が重い。

馬や牛より大きく、肩の高さが人の背を越えている。

口を開くたび、湿った息と、鋭い犬歯が見えた。


「グゥゥゥ……ッ」

低い唸り声が、胸の骨に響く。

一匹が前脚を踏み込み、土を抉った。地面が震える。


アデルが馬の首を撫で、短く言う。

「門の中には入らない。まず外を止める」

私、という一人称のまま、落ち着いている。

落ち着いているのに、刃だけが先に走る。


「分かった」

リオも頷き、口元のマスクを押さえた。

――ここで顔を見られたくない。まだ、名前は出せない。


イヤーカフから、ノノの声が飛ぶ。

『反応、多い。門の内側、走り回ってる。先生が封鎖してるみたい』

必要な情報だけ。声はいつもの速さだ。

『外周の境界、いま不安定。門を開けたら、

 波が増えるかも。だから……外で止めたほうがいい』


「分かってる」

リオは門柱の陰に立ち、狼の動きを見る。

群れは“門”を避けるようにして、フェンス沿いに広がっていた。

まるで、門の内側へは“まだ入るな”と誰かに決められているみたいに。


次の瞬間、先頭の一匹が跳んだ。


「来る!」

部隊の槍兵が構え、穂先を前へ。

だが狼は槍を恐れない。勢いのまま体当たりしてくる。


リオは息を吸う。

難しい言葉はいらない。今は、押し返す力が必要だ。


「〈第四階位・風圧〉――風よ、押し返せ」


手のひらを突き出すと、門前の空気が一気にうねった。

見えない壁が生まれ、狼の突進を横から叩く。

狼が横へ滑り、土をえぐって転がる。


「ギャウッ!」

それでも立ち上がる。目が赤い。怒りだけで動いている。


「もう一回……!」

リオが踏み込みかけた瞬間、別の狼が横から来た。


アデルの剣が走る。

銀の軌道が弧を描き、狼の前脚を浅く切った。

血が散る。狼が吠え、群れが一斉に唸り声を上げる。


「グルルルル……!」


アデルは門の前――鉄柵の“外側”に馬を止めたまま、剣を構える。

「門は閉じたまま。ここで止める」


そして、短く詠唱した。


「〈結界・第二級〉――光よ、壁になれ」


剣先が淡く光り、門の前に半透明の板が立つ。

光の盾。風や土と違って、目で見て分かる“壁”だ。

狼が突っ込む。ドン、と重い音。

壁がしなる。でも、割れない。


「……効く」

アデルが息を吐く。


部隊の法術士が、すぐ隣で両手を地面に触れた。

「〈捕縛・第三級〉――土よ、足を縛れ」


門前の土が盛り上がり、泥の帯が伸びる。

それが狼の脚に絡みつき、動きを鈍らせた。

槍兵が間合いを詰め、槍を突き出す。


「下がって!」

叫び声と一緒に、槍先が獣の前へ滑り込む。

狼が槍先に当たり、唸りながら後ろへ下がる。


リオは門の向こうの窓を見た。

カーテンの隙間から、誰かがこちらを覗いている。

先生か、生徒か――判断はつかない。

でも、見られているなら、今のうちに“味方だ”と伝えたい。


リオは門柱の陰から一歩出て、声を張った。

「中の人! 門は開けなくていい! 中にいて!」


返事はない。

代わりに、校舎の中で小さな悲鳴が上がった。


(……中も限界が近い)

リオは歯を食いしばる。

外を止めても、内側が壊れれば意味がない。


イヤーカフに、ノノの声。

『リオ、アデル。門の内側、レアの反応が近い。たぶん、校舎の真ん中』

『気をつけて。こっちは……まだ繋ぎにくい。波が強い』


「……了解」

リオは声を落とし、もう一度、門前の狼へ目を戻した。

今は、ここを守る。

――門の外で。


◆ ◆ ◆


【異世界・学園/職員室】


職員室は、電話が鳴らない代わりに、声が鳴っていた。


「外が森って、どういうこと……」

「停電は戻りません! 通信も――」

「生徒が窓に近づいてます!」


教頭が机を叩く。

「全員、窓を閉めて!

 カーテンも! 外を見るなって言ったでしょう!」


だが、言い終わる前に――外から、獣の声が響いた。


「グルルルル……!」


一人の若い先生が顔を真っ青にして、窓へ寄りかける。

「い、いま……何か、でかいのが――」


「見るな!」

別の先生が腕を掴んで引き戻す。

「生徒が真似したら終わる!」


職員室の窓からは、正門方向が少しだけ見えた。

鉄柵の外側で、誰かが戦っている。

馬。槍。剣。――映画みたいな光景。


「……あれ、誰ですか」

「警察? 自衛隊? でも……そんな格好……」


校長が震える声で言う。

「門は開けない。誰であっても、今は開けない」

「……生徒の安全が先です」


「でも、外にいる人が……!」

言いかけた先生の声は、また獣の衝突音で掻き消された。


ドン。


鉄柵の前に、光の壁が立ったのが見える。

“魔法”なんて言葉は、まだ誰も口にできない。

ただ、現実じゃないものが、現実の窓の外にある。


教頭が絞り出すように言った。

「……まず、封鎖を続けます。出入口は全部、鍵を掛けて」

「生徒には――“外に出ない”それだけを繰り返して」


職員室の空気が、少しだけ固まる。

決めなきゃいけない。今は判断が遅いほど危ない。


そして、誰かが小さく呟いた。

「……あの人たち、味方なんでしょうか」


答えは出ないまま、窓の外で狼が吠えた。


◆ ◆ ◆


【異世界・学園/高等部・廊下】


ハレルは走りたかった。

でも走れば目立つ。混乱の中で、目立つのは危険だ。


(ユナのコア……)

胸の奥が重い。

バッグの中にあるそれが、存在感だけで熱を持つ気がする。


廊下の窓から、正門のほうが見えた。

鉄柵の外側で、騎乗の兵が狼とぶつかっている。

その中に、マスクで口元を隠した少年がいた。


(……リオ?)

心臓が跳ねる。

顔は見えない。でも、動きが知ってる。


隣でサキが息を呑んだ。

「お兄ちゃん……外、あれ……」


「近づくな」

ハレルはサキの肩を引き、窓から離す。

それでも、耳には唸り声が入ってくる。


「グルル……ッ」


校内放送がまたノイズを吐く。

『生徒は廊下に出ないでください。教室に戻ってください』

震えている声。教頭だ。


その背後――廊下の曲がり角に、レアがいた。

教師の顔のまま、教師の歩き方のまま。

でも視線だけが、ハレルのバッグへ一瞬で刺さった。


(……狙ってる)

確信が、背中を冷やす。


レアは生徒に向けて穏やかな声を作る。

「みんな、教室に戻って。大丈夫。先生たちが守るから」


守る。

その言葉が、ハレルには逆に怖い。


レアの指先が、誰にも見えない角度で軽く動いた。

その瞬間、廊下の空気が一拍だけ冷える。

――外から来た“波”に、彼女が反応した。


(アデルたち……近い)

レアの笑みが、ほんの少しだけ深くなる。


ハレルはサキの手を握り、低く言った。

「……今は、教室に戻る」

「レアから離れる。外の人には……後で必ず繋ぐ」


言葉にしたのは、サキのためだ。

自分にも言い聞かせるためだ。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/正門前(森側)】


現実の正門は、残っていた。


門柱もフェンスも、そこにある。

だがその内側は、校舎ではなく森だった。

異世界の匂いがする湿った緑が、フェンスの向こうで揺れている。


城ヶ峰は部隊の後ろで、モニターを見ていた。

小型ドローンがフェンスを越え、森へ入る。


映像は最初、普通だった。

木々。土。影。

――次の瞬間、画面に白いノイズが走った。


「……またか」

オペレーターが歯を食いしばる。

「映像が――!」


音が潰れ、画面がざらつく。

ドローンの高度表示が跳ね、機体がふらついた。


ブツン。


映像が落ちた。

森の中で、何かに掴まれたみたいに、通信だけが切られる。


「回収できない?」

「戻りません。自律帰還が――効かない」


城ヶ峰は一瞬だけ目を閉じ、すぐ開いた。

「上から見えないなら、下から行く」


木崎がフェンス越しに森を睨んでいる。

顔色は悪い。だがカメラだけは握っていた。


「……入るのか」

木崎が低く言う。


「入らないと、何も掴めない」

城ヶ峰は即答した。

「学園は消えた。だが、“代わりに出てきた森”には理由がある」

「森の中心に建物がある。そこを押さえる。

 ――それが、今できる最善だ」


特殊部隊がフェンスの鍵を切る。

金属音が短く鳴り、門がわずかに開いた。


森の匂いが、すぐ目の前まで来る。

唸り声は、まだ聞こえない。

それが逆に怖い。


城ヶ峰が手で合図する。

「隊形を崩すな。木崎、お前は後ろだ。映像を取れ」


木崎は苦く笑って、頷いた。

「……分かってる。死にに来たわけじゃねえ」


一歩。

特殊部隊がフェンスの内側――森へ足を踏み入れる。


枝が、どこかで折れた。


全員の銃口が、同じ方向を向いた。


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