表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

88/92

第八十八話 森の校門


【異世界・王都イルダ近郊/森・外縁】


森は、夜じゃないのに暗かった。

木の葉が厚く重なって、光を噛みつぶしている。

足元の土は湿っていて、踏むたびに小さく沈む。


その森の中を、馬の群れが一直線に走っていた。

先頭はアデル。背筋を崩さず、手綱を引く手は静かだ。

慌てていない。慌てれば、森が余計に騒ぐ。


「……匂い、強くなってる」

隣でリオが言った。森の匂いだけじゃない。

汗と、恐怖と、人の匂い。密集した“人の場所”の匂い。


アデルは短く頷く。

「学園の人たちだ。……数が多い」


リオは鼻と口を布で覆った。マスクみたいに。

「この格好、変か?」


「いや、今は顔を知られないほうがいい」

アデルは視線だけで前を示す。

「こっちは“異世界の兵”に見えたほうが、安心する人もいる。……逆もあるが」


イヤーカフから、ノノの声が落ちる。

『まっすぐ。……そのまま行くと、

 森の中に四角い空白が見えるはず。そこが学園の外周』

一拍おいて、少しだけ息を吸う音。

『周りに、でっかい獣の反応が寄ってる。……人の匂い、好きみたい』


「狼?」リオが訊く。


『狼っぽい。でも、数値が狼じゃない。体積が、馬と同じくらい』

ノノは嫌そうに笑った気配を混ぜた。

『普通に考えると、外に出ちゃだめなやつ』


リオが小さく舌打ちする。

「先生たち、閉めてくれてるといいが」


アデルは、馬の速度を落とさずに言う。

「閉めてても、外は破られる。……だから、早いほうがいい」


木々の隙間が、急に“直線”になった。

自然の森なのに、ここだけ角がある。地面の起伏が、いきなり平らになる。


「……見えた」

リオの声が低くなる。


森の中に、四角い広場が刺さっていた。

そして、その中心に――校舎。

石の城でも、村の家でもない。見慣れた形の建物が、森に不自然に立っている。


「ほんとに、落ちてる……」

リオが呟いた瞬間。


――遠吠えがした。近い。複数。

次の瞬間、茂みが割れて、黒い影が走った。


大きい。犬じゃない。狼だ。でも、牛より大きい。

肩が高く、背中の毛が逆立っている。目が、黄色い。


「来るぞ」

アデルは声を上げずに言い、剣に手をかけた。

部隊の兵たちが馬を止め、槍を構える。息が揃う。


リオはマスクの上から息を吸う。

(中にいるのは、生徒だ)

(サキも、ハレルも――)


狼が飛んだ。

アデルの剣が、森の影を切り裂く。


◆ ◆ ◆

【異世界・転移した学園/廊下】


廊下は暗い。けれど、騒ぎの熱で空気がぬるい。

あちこちの教室から泣き声と怒鳴り声が混じって聞こえる。

先生たちの声が、何度も同じ言葉を繰り返す。


「外に出ない!窓に近づかない!」

「廊下に出るな!いったん教室へ戻って!」


ハレルはサキの手を握ったまま、壁際に寄って進んでいた。

先生たちの指示に逆らいたいわけじゃない。

だけど――サキを“安全な場所”に置きたい。


「お兄ちゃん、どこ行くの……」

サキの声は震えている。でも、歩ける。目がちゃんと開いている。


「人が少ないところ。……まず、落ち着ける場所」

ハレルは言いながら、胸元の主鍵を握る。熱い。

セラへも、リオたちへも、まだ繋がらない。

“線”が、ない。


その時。

遠くから、別の音が重なった。


――ドン。ドン。ドン。

床が揺れるほどの重い音。

馬蹄。森を走る足音。


ハレルは足を止めそうになって、止めなかった。

期待で視線が窓へ行きそうになるのを、必死で抑える。


「……今の、なに?」サキが小さく言う。

「外」

ハレルは短く答え、サキの肩を引く。

「見るな。……今は、見ないほうがいい」


廊下の先、封鎖された出入口のほうから、先生たちの声が上がった。

「押さえて!ロープ回して!」

「窓、全部閉めて!カーテン!」


そして、低い唸り声。

一段、近い。


サキが息を呑む。

「……来てる」

「来てる」

ハレルも同じ言葉を返し、歯を食いしばる。


(間に合え)

(外から来た足音が、“助け”でありますように)


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/校内・葛原レア】


レアは騒ぎの中でも、歩幅を崩さなかった。

教師の顔。教師の声。教師の姿勢。

その“形”があるだけで、子どもは一瞬信じてしまう。


「みんな、教室に戻って」

「先生の指示を聞こうね」


優しい声を出しながら、レアは廊下の窓の隙間を見る。

森の影が走る。遠吠え。

そして――馬の足音。


(来た)

(早いね)


レアの口元が少しだけ上がる。

嫌な笑みじゃない。むしろ“予想通り”の笑みだ。


「……外に出ないで」

レアは小さく呟いた。誰にも聞こえないくらいの声で。

言葉の意味は、先生のそれと同じに見える。

でも、狙いは違う。


外が荒れれば荒れるほど、内部はまとまる。

まとまるほど、狙った“一点”を引き剥がしやすい。


レアは視線を滑らせる。

人の流れの中に、ハレルとサキの影を探す。


(コア)

(鍵)

(実験体)


森の唸りが、また一段近づいた。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/外周道路】


森は、フェンスの向こうで平然と揺れていた。

現実の道路と、異世界の森が、隣同士に並んでいる。

それだけで頭がおかしくなりそうなのに、さらに“音”がある。


――唸り声。

枝の折れる音。

何かが走る音。


地元警察が警戒線を広げ、周辺住民を下げ始める。

「近づかないでください!」

「ここから先、立ち入り禁止!」


木崎はその線の内側に立ち、カメラを構えたまま森の奥を睨んでいた。

森の中心に見える石の建物。

あれが何なのか分からない。でも、目を逸らしたら負ける気がした。


サイレン。別の車両。

黒い装備の隊員たちが到着し、素早く周囲を固める。


城ヶ峰が車から降りる。

歩き方が早い。迷いがない。

木崎を見つけると、目だけで「動くな」と言った。


「木崎。状況は」

「学園が消えて、森になった。

 ……それだけだと、まだ言葉が足りねえな」


木崎はフェンスの向こうを指した。

「中で、何か動いてる。数がいる。犬じゃない」


城ヶ峰は頷き、隊員に短く指示を飛ばす。

「外周固定。侵入は許可が出るまで待機。住民の退避を優先」

そして木崎に向き直る。

「お前は、ここから先に行くな。証拠は撮れ。だが、命を賭けるな」


木崎は笑いそうになって、笑えなかった。

「……賭けたくて賭けてるわけじゃねえよ」


森の奥で、また枝が折れた。

唸り声が、ひとつ低くなる。


城ヶ峰はフェンス越しに森を見て、息を吐く。

「……中に、人がいる可能性が高い」

言葉を切って、無線を握った。

「救出準備を進める。繰り返す、救出準備だ。――慎重に」


◆ ◆ ◆


【異世界・森/学園外周】


アデルの剣が、狼の肩を浅く切った。

血が黒い土に落ちる。狼は怯まない。怯まないどころか、さらに数が出てくる。


「多い……!」

兵のひとりが声を漏らし、すぐ口を閉じた。


リオは目の前の狼を見た。

“敵”だ。倒すべきものだ。

でも、その向こうに校舎がある。中に子どもがいる。


リオは拳を握り、息を整える。

「アデル、正門のほう、行けるか?」


「行く。……道を開ける」

アデルはそう言って、馬を前に出した。剣の軌道が速い。無駄がない。


ノノの声がイヤーカフから重なる。

『外周、いま開いた。……校門の前、柵が見える。そこから入れそう』

少しだけ、声が速くなる。

『中の反応、動いてる。

 ……たぶん、生徒が走ってる。先生の声も拾える。生きてる』


リオの胸がきゅっと縮む。

(生きてる)

その一言で、足が動く。


狼の群れが、校門へ向かっても同時に動いた。

まるで“そこに入りたい”みたいに。


「……先に入らせない」

リオは言い、マスクの上から息を吐く。

校舎の窓の奥に、影がいくつも揺れているのが見えた。


次の瞬間。

校門の前の茂みが割れ、さらに大きい影が出た。

狼より、さらに一回り大きい。


アデルが目を細める。

「……あれが、ボスっぽいな」


リオは、校舎を見た。

中の誰かが、今まさに悲鳴を上げそうな気配がある。


「行こう」

リオが言う。短く。

アデルが頷く。


馬が、校門へ突っ込んだ。

剣と槍の光が、森の影を裂く。


――その音が、校舎の壁を震わせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ