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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第八十七話 封鎖


【異世界・王都イルダ/解析室】


結晶板の地図から、ひとつの“塊”が抜けた。

抜けた、というより

――引きちぎられたみたいに、座標の線が途切れている。


ノノ=シュタインは椅子から立ち上がり、指先で線の端をなぞった。

端は、まだ熱い。切れた直後の熱。


「……学園、丸ごと……?」


数値が、変だ。

大きすぎる。人が多すぎる。建物が多すぎる。

それが一気に“こちら側の森”の中へ刺さったような反応をしている。


イヤーカフを叩く。

「リオ、アデル。聞こえる?」


返事はすぐ来た。風の音が混じっている。


『聞こえる』リオの声。短い。息が走っている。


『今の揺れ、王都まで来てる』アデル。落ち着いた低さ。


ノノは言葉を噛まずに投げた。

「現実側の学園が、切り取られた。……こっちの森に落ちたみたい」

「繋ぎがゼロに近い。セラの線も、たぶん通らない」


『ハレルたちは?』リオの声が少し硬くなる。


「分かんない。地図が“建物”しか拾えてない。人の反応が、ノイズで埋もれてる」

ノノは唇を噛んで、次を足した。

「でもね、落ちた場所の地形が“削れてる”。

 森の中に、学園の敷地ぶんだけ平らな空白ができてる感じ」

「外周のほうに、でかい獣の反応がいくつも寄ってきてる。

 ……たぶん、匂いに釣られてる」


アデルが一拍だけ黙る。

『……考えてるより、見に行ったほうが早い』

その声は命令じゃない。ただの判断だ。友人に言う速さ。


リオがすぐに続ける。

『行く。部隊、組める?』


「うん。王都の外縁で合流して。私、座標投げる」

ノノは結晶板を弾き、光の点を二つに分けて走らせた。

「ただ――見えたものを“決め”すぎないで。今の境界、噛みつく」


『分かってる』リオ。

『……気をつける』アデル。


ノノは最後に、息だけで言った。

「間に合って。……お願い」


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/外周道路】


サイレンが二つ、同時に止まった。

赤色灯の回転が、森の葉に反射して不気味に揺れる。


地元警察の車が到着し、制服の警官がフェンス越しに立ち尽くす。

目の前にあるのは校舎ではない。

湿った土と、見たことのない密度の緑。

そして、森の奥に見える“石の建物”。


「……本当に、森だ……」

若い警官が呟いて、喉が鳴った。


木崎はフェンスの外側で、カメラを下ろさなかった。

フラッシュも切らない。光で刺激したくない。

でも、撮る。証拠にする。


「さっきまで、あったんだよ。校舎。グラウンド。全部」

木崎の声は掠れているのに、妙に冷静だった。

「ノイズが走って、白くなって――消えて、森になった」


警官が無線に手を伸ばし、周囲を見回す。

「立ち入りは――」

言いかけた瞬間、森の中から“低い唸り”が返ってきた。


犬の唸りじゃない。

胸の奥が震える音。

数がいる、音。


警官の顔色が変わり、フェンスから一歩退く。

「……動物、いるな」


木崎はレンズを森へ向けたまま、短く言った。

「“動物”って言い方で済むか、見てからにしろ」


枝が、折れた。

葉の陰が大きく揺れ、黒い影が一瞬だけ見える。

馬より大きい。肩が高い。

そして、目だけが――こちらを測るみたいに光った。


警官が咄嗟に警戒テープを引き始める。

「一般人、下げろ! フェンスに寄るな!」


木崎はテープの内側に残り、唾を飲んだ。

(学園の中は……どうなってる)

(生徒は、先生は)


答えのないまま、森が呼吸している。


◆ ◆ ◆


【現実世界・警視庁/城ヶ峰・移動中】


城ヶ峰は車内で無線を握り、短く言った。

「現場は封鎖。周辺住民は下げろ。消防にも待機を頼む」

「未知の生物がいる可能性がある。銃器の許可は上で取る。

 ――先に、人の安全を確保しろ」


助手席の隊員が頷く。

「特殊部隊、要請通りました」


城ヶ峰は窓の外の街を一瞬見て、視線を前に戻した。

(学園が消えた)

その事実だけで、もう“事件”じゃない。

“境界”が街に口を開けた。


「木崎は現場にいる」

城ヶ峰は淡々と言い、しかし語尾にだけ圧を落とす。

「……木崎。勝手に入るなよ」


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/職員室】


職員室は、いつもの職員室だった。

机が並び、プリントが積まれ、コーヒーの匂いが残っている。

なのに窓の外だけが、完全に違う。


森。

そして、遠吠え。


教頭が震える声で言う。

「……電気は戻りません。電話も繋がりません。携帯も圏外です」

「まず、全出入口を――」


「封鎖です!」

ベテランの先生が遮るように言った。声が強い。強くしないと崩れる。

「正門、裏門、非常口、全部。子どもを外に出したら終わる!」


別の先生が泣きそうな顔で首を振る。

「でも、外に助けを――」

「繋がらない!」教頭が叫び、すぐに自分で息を整えた。

「……放送で、まず全校に指示します。外に出ない。窓に近づかない」


その瞬間、窓の外を見ていた若い先生が、声にならない声を漏らした。

「……あれ……」


カーテンの隙間。

木々の間を、巨大な影がゆっくり横切った。

狼に似ている。けれど牛より大きい。

首が太く、背中が高い。尾が鞭みたいに揺れる。


「見ない!」

ベテランがカーテンを引き、窓を完全に隠した。

「見ると、出たくなる! だから見ない!」


職員室が一瞬だけ静まり返る。

怖さが、形になって部屋に落ちた。


「……生徒の点呼」

教頭が絞り出すように言う。

「各担任、今すぐ。でも、動かすな。――守る」


その言葉で、先生たちが動き出した。

鍵の束が鳴り、机の引き出しが開き、ロープとガムテープが集められる。

封鎖は“自分たちの手”でやるしかない。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/廊下(葛原レア)】


廊下は暗い。非常灯も死んでいる。

窓から入る森の緑が、床に揺れる影を作っていた。


葛原レアは、その影の中をゆっくり歩く。

教師の歩き方だ。慌てない。生徒を不安にさせない。

――そう見える。


(封鎖する)

(いい判断。逃げ場が減る)


レアは視線を横に滑らせ、遠くの棟を見た。

生徒の群れ。先生の声。泣き声。

その全部が、“材料”として揃っている音に聞こえる。


そして――

レアの目が、ひとつの点を拾う。


黒いバッグ。

抱えるように持って走る少年。

鍵の熱。あの“主鍵”の気配。


(そこにある)

(コアも、鍵も)


レアは笑みを薄くして、声だけを優しく整えた。

「みんな、落ち着いて。職員の指示に従って」


言いながら、指先でイヤーカフの位置を撫でる。

見えない相手に、合図を送る仕草。


(来て)

(もう、来ていい)


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/連絡通路】


ハレルはサキの手を離さず、走るのをやめた。

走れば走るほど、息が浅くなる。

息が浅くなると、視野が狭くなる。

狭い視野は、こういう時に危ない。


「……サキ、息。合わせて」

「う、うん……」


二人は壁際に寄り、廊下の窓から外を見ないようにしながら進む。

廊下の突き当たりで、先生がドアに鎖を回していた。

ガチャ、と金属の音。

その音が“守る音”に聞こえてしまって、ハレルは少しだけ救われる。


バッグが重い。

中にはユナのコア。青い光。

今はまだ、割れていない。

けれど脈が一定じゃない。引かれるみたいに、小さく揺れる。


(ここにあるのに、落ち着かない)

(……レアが、狙ってる)


森の匂いが濃くなる。

遠くでまた唸り声。今度は、校舎の近くから。


サキが震える声で言った。

「先生たち……閉めてる……」


「閉めるしかない」

ハレルは短く返し、声を落とす。

「外に出たら、たぶん……戻れない」


その時、窓の外の影が止まった。

葉の隙間。

黒いものが“こちら”を見ている気配。


ハレルは反射でサキを背中側へ引いた。

「見るな。……近づくな」


サキは頷いた。怖いのに、頷ける。

その強さが今はありがたい。


廊下の角で、誰かの泣き声がした。

先生の低い声が続く。

「大丈夫。ここにいる。絶対、外へ出ない」


ハレルは唇を噛む。

(セラも、リオたちも繋がらない)

(なら――今は、こっちのルールで守る)


森の唸り声が、もう一段近づいた。

封鎖の“理由”が、音だけで分かってしまう距離。


その音に、別の音が重なる。

遠い、遠い馬蹄。

森を割って、こちらへ向かってくるような足音。


――きっとリオたちが来る。それまで先生たちの封鎖が持ってくれ。

ハレルは言葉にせず、胸の奥でだけ願った。


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