表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第五章 器の座標ーコンテイナー・ポントー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/93

第六十五話 三つ目の座標


【現実世界・聖環医療研究センター/第七特別病棟】


 七海の病室を出た瞬間、空気の密度が変わった気がした。


 廊下の白い床が、ほんの一瞬だけ石畳みの質感に“ずれる”。

 すぐに戻る。けれど、その残像が目の裏に貼りついた。


 「……時間、押してきてるな」


 木崎が小声で言う。腕時計をちらりと見た。

 「次の巡回まで、あと二十分ちょっと。ここで引き返すならギリ。

  ──だが」


 「戻らない」


 ハレルは即答した。

 手の中のケースが、じんじんと熱を帯びている。

 青、空になった琥珀、空になりかけた桃色──そして、薄緑の光が一つ。


 日下部奏一のコア。


 「ここまで来て、“三人目だけ後回し”とか、絶対に後悔します」


 木崎は小さく息を吐き、苦笑とも諦めともつかない顔をした。


 「分かってる。聞き方が悪かったな。

   ……よし。七〇七号室まで、一気に行く」


 二人は足音を吸い込むように静かな廊下を進む。


 《707 日下部 奏一》


 目的のプレートの前で、二人は立ち止まった。


 「入るぞ」

 木崎がドアノブにそっと手を掛ける。

 鍵は掛かっていない。

 

 静かに押し開けると、白い部屋の匂いが流れ出てきた。


 ◆ ◆ ◆


 中は、他の二人と同じようで、少し違っていた。


 モニターの数が多い。

 脳波、心拍、血中酸素、よく分からない英数字のグラフ。

 ベッドサイドには、小型の機械がいくつも連結され、

 日下部の頭には薄いメッシュ状のキャップがかぶせられている。


 「……これ、前に話してた“拡張インターフェース”ってやつですかね」


 ハレルが呟く。

 かつてのプロフィール──フリーのエンジニア。

 脳波と外部デバイスを繋げる研究のテストに関わっていた、

 という断片が頭をよぎる。


 日下部奏一は、痩せた顔で静かに眠っていた。

 佐伯や七海と同じく、安らかすぎるほど整った寝顔。


 「……三人目か」

 木崎が小さく言う。

 「こいつの“器”に何が仕込まれてるか……正直、一番読めない」


 ハレルはケースを胸の前で固定し、ゆっくりと蓋を開けた。


 青い光がわずかに揺れる。

 薄緑のカプセルが、それに呼応して強く脈を打った。


 「反応、さっきより……」


 「荒いな」

 木崎も、腕の産毛が逆立つのを感じる。

 「ノノが言ってた“第三ピーク”ってやつだろう。向こうも、もう覚悟決めてる」


 ハレルは頷き、スマホを取り出した。


 画面の中で、セラのアイコンが淡く光る。


 「──セラ。聞こえる?」


 ほんの一瞬、ザザ、とノイズ。

 次の瞬間、澄んだ声が返ってきた。


 《聞こえるよ。こっちはオルタ・スパイアの下。

   アデルとリオ、それからノノも準備できてる》


 「第三ピーク、やります。……今、日下部さんの部屋にいる」


 《分かってる。そっちの揺れ、“こっちからも”感じる》


 画面が、ぐっと暗くなった。


 《説明は短くね。時間、あんまりないから》


 「お願いします」


 《条件は、さっきと同じ。

   ・器の近くまでコアを持っていく

   ・主鍵は、その“すぐそば”

   ・こっちでは腕輪と塔で、境界の幅を最低限まで狭める

   違うのは──》


 声色がほんの少しだけ硬くなる。


 《“敵も、このタイミングを狙ってくる”ってこと》


 「……もう来てるのか」


 《来てる。塔の外に、“黒ローブ組”が三人。

   でも、こっちから動きを止めるのは難しい。

   だから──》


 セラが、はっきりとハレルに言う。


 《わたしたちは“開ける側”、あいつらは“横取りしようとする側”。

   勝負は、ほんの数十秒。

   その間、絶対にコアから手を離しちゃダメ》


 「分かりました」


 《それから、もう一つ》


 セラが小さく息を吸う。


 《三人目は、二人目までと“感じが違う”はず。

   反応が暴れたら、一度だけ“引く”余裕も持っておいて》


 「──でも、引いたらもう二度目は」


 《うん。だから、“一度だけ”。

   それでも続けるかどうかは──こっちとそっちで、瞬間で決める》


 背後で、ノノの声が飛び込んだ。


 《ハレル!

 こっちの計測だと、あと五分半で第三ピークの“谷”に入る!

   そこを逃すと、次はもう“塔側の実験波形”が強すぎて、まともに合わせられない!》


 「……五分半」


 ハレルは日下部の顔を見た。

 痩せているが、頬の線は意外と頑固そうだ。


 「やります」


 短く、確かに答える。


 《了解。

   こっちは全員、“支える側”に徹する。

   ……頼みます、観測者》


 木崎が、静かに息を吐く。

 「第三の座標ってわけか」


 「はい」


 ハレルはネックレスを握り、ベッドサイドに一歩近づいた。


 ◆ ◆ ◆


【異世界・王都外縁/オルタ・スパイア周辺】


 塔の根元に、黒い影が三つ、等間隔に立っていた。


 同じ形のローブ。

 顔を隠すフード。

 だが、それぞれの足元から立ち上る靄の色が、微妙に違う。


 一人は、煤のような灰。

 一人は、墨のような黒。

 もう一人は、鉄錆を溶かしたような赤黒。


 「……出たな」


 アデルが剣を構える。左腕の腕輪が、痛いほど脈を打った。


 リオも右手首を押さえ、息を整える。

 背後には、数名の警備局員が円陣を組むように位置を取っていた。


 塔の上部が、低く唸るように震えた。

 第三ピークの立ち上がりが始まっている。


 中央の黒ローブが、口元だけを覗かせて笑った。


 「今日の君たちは、“支える側”か」


 声は変調されているのか、やけに平板だ。


 「カシウスは、塔の方か」

 アデルが冷静に問う。


 ローブの影が、わずかに肩をすくめる。

 「主は主の仕事をしている。

   ボクたちは、“揺れを増幅させる側”さ」


 その足元から、じわ、と黒い線が走った。

 地面に、見えない円が描かれていく。


 「リオ。ノノの指示通り、“縫い止める”ぞ」


 「分かってる!」


 リオが右手を掲げる。

 「〈閃鎖・三点〉――起動!」


 白い線が三本、塔の周囲に走り、見えない結界の輪郭を描いた。


 アデルの剣先からも、封鎖の杭が追加で打ち込まれていく。


 ローブの一人が、くつくつと笑った。


 「三つの座標。

   塔、病棟、そして──ボクたち」


 「……病棟側にも何か仕掛けたのか」


 リオの声が、低くなる。


 「さあ? それは“サロゲート”の仕事だよ」


 その名を聞いた瞬間、塔全体の揺れが一段階増した。


 ノノの声が、イヤーカフから飛び込んでくる。


 《二人とも! 第三ピーク、立ち上がった!

   “病棟側”も同時に来てる! これ以上は、揺れを広げさせないで!》


 「聞こえている」

 アデルは視線をローブから外さないまま、短く返した。


 「ここは通さない。

   ……何としてでもだ」


 剣が、塔の光を受けて一瞬だけ白く光る。


 ◆ ◆ ◆


【現実世界・第七特別病棟/707号室】


 モニターの音が、一段階高くなった。


 ピッ、ピッ──。

 日下部の心拍が、さっきまでよりわずかに早い。


 「始まってる」


 ハレルは、薄緑のカプセルをそっと持ち上げた。

 ケースの中で、青い光がじっと見ているみたいに揺れる。


 「ハレル。

   念のため、もう一回だけ確認するぞ」


 木崎の声は、妙に落ち着いていた。

 「こっちの目的は、“三人分の器に意識を戻す”こと。

   ただし、少しでも“乗っ取り”や“横取り”の気配が強くなったら、即座に切る。

   いいな」


 「はい」


 「その瞬間に、俺が“鍵”を叩き落とす。

   お前は、絶対に無理に繋げようとするな」


 ネックレスが、胸の前で冷たく光った。


 「……分かってます」


 ハレルはベッドのそばに立つ。

 日下部の顔が、間近にある。


 コアを、胸元の上にそっと滑らせる。

 鼻先が触れるほどの距離で、彼を見下ろす。


 (帰る場所は、ここだ)


 その瞬間。


 病室の空気が、ぐにゃりと曲がった。

 白い天井に、石造りのアーチが薄く重なる。

 蛍光灯の光が、魔術灯の揺らめきと二重写しになる。


 「……来た」


 木崎が低く言う。

 「やるなら、今だ」


 ネックレスが、じりじりと熱を増した。

 ハレルは、左手で主鍵を握りしめ、右手のコアを日下部の胸の上にかざす。


 指先と、ガラスの表面が触れ合う。


 薄緑の光が、爆ぜた。


 モニターの波形が一斉に跳ね上がる。

 床の白線が、石畳の目地と重なり、壁越しに、遠い塔の鼓動が響いた気がした。


 (──繋がる)


 ハレルは、歯を食いしばる。


 日下部奏一の胸へ。

 オルタ・スパイアの塔へ。

 そして、カシウスがどこかで見ているであろう“第三の視線”へ。


 三つの座標が、同じ一点に向かって、線を描き始める。


 「……っ!」


 カプセルの光が、器の中へと吸い込まれていく。


 その瞬間、病室の床の端──ベッドの足元あたりに、

 ごく小さな、黒い“ひび”が生まれた。


 ――気づく暇もないほど、細いひびだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ