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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第五章 器の座標ーコンテイナー・ポントー

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第五十三話 揺れる日常


 朝の光は、やけに眩しかった。


 雲賀ハレルは、いつもの制服に袖を通し、いつもの鞄を肩にかける。

 鏡に映る自分も、ぱっと見は“普通の高校二年”だ。


 ただ――胸元だけが違う。


 ネックレス。

 世界の“鍵”になってしまった、小さなペンダント。


 (学校行ってる場合なのか……って、何回も考えたけど)


 考えたところで、暦は止まらない。

 欠席が続けば先生たちの目にも留まる。

 そうなれば、木崎の倉庫に隠してあるケースだって、守り切れるか怪しくなる。


 階段を降りると、玄関でサキが靴を履いていた。


 「お兄ちゃん、顔色悪いよ」


 「寝不足なだけ」


 「それ、嘘下手すぎ」


 サキはそう言いながらも、ちゃんと上履き用の袋を肩に掛けていた。

 彼女もまた、いつも通り中学へ行くらしい。


 「……倉庫の方は、木崎さんが?」


 「うん。『記者ってのは机にいるより現場が好きでね』とか言いながら、

   ケースの前からほとんど動いてない」


 それを想像して、サキが少しだけ笑った。


 「じゃあ、あそこは大丈夫そうだね」


 (大丈夫“そう”なだけ、なんだけどな)


 ハレルは喉の奥に引っかかった言葉を飲み込み、鍵を回した。


 ◆ ◆ ◆


 通学路の空気は、妙に薄かった。


 いつもよりも、音がよく通る。

 信号機のカチ、という切り替わりが、やけに耳に刺さる。


 電車の窓から外を眺めていると、

 遠くのビルの輪郭が、ほんの一瞬だけ“二重”に見えた。


 コンクリートの壁の上に、石造りの塔――みたいな影が重なる。


 「……今の、見間違いか」


 瞬きを二回。

 視界はすぐにもとに戻って、ただの街のビル群だけが残る。


 スマホを取り出すと、ニュースアプリの通知が数件。


 【昨夜、赤錆埠頭周辺で小規模な爆発】

 【原因不明の停電・通信障害が一時発生】

 【SNSで拡散中:道路が“石畳に見える”現象は錯覚?】


 どれも、ハレルには思い当たるフレーズばかりだった。


 (錯覚じゃない。

   ……でも、説明したところで信じてもらえない)


 通知を閉じ、電車を降りる。

 学校の校門が見えてくると、不思議なくらい“普通の朝”が広がっていた。


 「おーい、雲賀!」


 クラスメイトの男子が手を振ってくる。

 体育会系で声の大きい、藤堂だ。


 「この前、何日か休んでただろ? 大丈夫だったかよ」


 「……ああ、ちょっと家の事情で」


 「マジか。でも今日から来れんならよかったわ。

    今度さ、またゲームのトーナメント出ようぜ。新作出てんだろ、“クロスなんとか”」


 ハレルの足が一瞬止まりかける。


 「クロス……?」


 「ほら、あれ。“クロスコード・アリーナ”だっけ?

    名前似てて覚えづらいよなーって話しててさ」


 (……クロスゲートじゃなくて、良かった)


 胸の奥に冷たいものが浮かびかけて、すぐ沈んでいく。

 ハレルは、ぎこちなく笑って答えた。


 「……また今度、な」


 藤堂は「おう」とだけ言って、前を歩いていった。

 彼にとっては、ただのゲームのタイトル。

 こっちにとっては、世界を壊しかけた会社の名前。


 同じ“クロス”でも、意味が違う。


 それが妙に、遠い世界のことのように思えた。


 ◆ ◆ ◆


 午前中の授業は、ほとんど頭に入らなかった。


 黒板に数字が並ぶ。 先生の声は、ずっと一定の調子で続く。

 ――その背後で、窓の外の風景だけが、何度か“揺れた”。


 一度目は、校庭の端。

 グラウンド脇のフェンスの向こうが、一瞬だけ“石の壁”に見えた。


 二度目は、理科室のガラス越し。

 空の端が、別の色の空と重なる。青の奥に、淡い紫がちらりと覗いた。


 三度目は、廊下の角を曲がった瞬間だった。


 ドンッ。

 誰かとぶつかりかける、はずだった。

 なのに、肩に当たる感覚だけがあって――人はどこにもいない。


 「……え?」


 振り返っても、廊下はがらんとしている。

 ただ床の一部だけが、ほんの少し、色が濃い。


 灰色のタイルの上に、古い石畳を雑に貼り付けたみたいな、奇妙な濃淡。


 胸元で、ネックレスがかすかに熱を持った。


 (境界の“薄点”……ここにも)


 ほんの数秒で、その濃淡も元に戻った。

 廊下は、いつも通りの学校の廊下。


 ハレルは小さく息を吐き、スマホを取り出した。


 【木崎さんへ】

 《学校でも、ちょっとだけ“重なり”みたいなのを見ました。

   空とか、床とか。 今日は帰りに、また倉庫行きます》


 送信。

 見なかったことには、できない。


 ◆ ◆ ◆


 昼休み。

 教室のざわめきの中で、サキからメッセージが飛んできた。


 《中庭で、花壇の土が一瞬だけ“白い砂”になって見えた》

 《すぐ戻ったけど、気持ち悪かった》

 《そっちも何かあった?》


 ハレルは、さっきの廊下の件を簡潔に返した。


 《こっちも、廊下の床がおかしく見えた。

   境界が揺れてるんだと思う。放課後、倉庫で話そう》


 返信を送ったあと、ふっと視線を窓の外へ。

 空は穏やかで、雲がゆっくり流れている。


 ――そのさらに奥で、別の空が重なっていることなんて、

 ほとんど誰も知らない。


 (日常が……下から少しずつ、持ち上げられてるみたいだ)


 机の上で、教科書のページが風もないのにかすかに揺れた。

 見間違いかもしれない。

 でも、このところ“見間違い”が多すぎる。


 ◆ ◆ ◆


【異世界・王都/解析室】


 魔術スクリーンには、また新しい点が増えていた。


 ノノ=シュタインは、頬杖をついたまま、片手で高速に符号を打ち込んでいる。

 二本の三つ編みが、イライラのリズムで揺れた。


 「……増えすぎ」


 世界地図に浮かぶ薄点が、昨日より明らかに多い。

 それぞれの明るさも、ばらつきが激しくなっていた。


 「ただ増えてるだけじゃない。

   “濃い”のが、はっきりしてきてる……」


 ノノは指で、三つの点を印をつける。

 他よりも強く、安定した光を放つ薄点たち。


 「これが、強度レベルA~Bクラス。

   ここで“何か”が起きる確率が高い」


 扉がノックもなく開いて、アデルが入ってきた。

 その後ろに、リオ。


 「また増えたのか」


 アデルの問いに、ノノは即答する。


 「うん。

   でも、いいこともある。

   濃いのが、だんだん“絞れてきた”」


 スクリーンの一角を拡大する。

 ユナのコアから出ている指向ベクトル。

 それと、薄点の分布が少しずつ重なり始めていた。


 「ここ、見て。

   一ノ瀬ユナのベクトルと、“勝手に濃くなってる薄点”。

   角度誤差が……昨日より小さい」


 リオが、黙って数値を見る。

 「……つまり、ユナが“向かっている場所”と、

   世界側が“勝手に薄くなっている場所”が、

   同じになりつつあるってことか」


 「そう。

   このまま行くと、“そこ”が――

   器とコアが再会しやすい座標になる」


 アデルは腕を組み、目を細めた。

 「敵も、そのことに気づいているはずだ」


 カシウス。

 あの男の顔を思い出すと、首の後ろが冷たくなる。


 「境界が揺れる場所は、どちらにとっても都合が良い。

   コアを返したい側にも、奪いたい側にも」


 ノノは唇を噛む。


 「だから、こっちが先に手を打たないと。

   “自然に任せる”のは、カシウスに道を譲るのと同じ」


 リオは小さく頷いた。

 「……こっちから、ユナを迎えに行く」


 その言葉に、ノノはほんの少しだけ顔を緩めた。


 「そのために、私は座標を詰める。

   ハレルには、また断片的にしか送れないけど……

   それでも、向こうは動いてくれるはず」


 アデルが静かに言う。


 「向こうの日常も、もう安定してはいないだろう」


 スクリーンの一角には、現実世界の都市地図。

 小さな赤い点が、じわじわと増え続けている。


 ノノは、ため息のように呟いた。


 「……どっちの世界も、“普通”でいられる時間は、もう少ない」


 ◆ ◆ ◆


【現実世界・放課後】


 夕方の教室。

 窓の外の空が、オレンジから群青に変わる途中。


 ハレルは、机に荷物をまとめながら、最後にもう一度窓の外を見た。


 街並み。校庭。フェンス。

 そのどこかで、きっとまた“重なり”が起きている。


 (ケースの中の五つの光。

   あれは、帰る場所を探してる)


 意識を現実に引き戻し、鞄を肩にかける。


 「……サキと木崎さんのとこ、行かないと」


 普通の下校風景に紛れながら、

 ハレルは胸元のネックレスを握りしめた。


 金属の冷たさの奥に――

 かすかな熱が、静かに脈を打っていた。


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