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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第四章 境界地図 ーオブザベーションマップー

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第五十話 呼び寄せられるもの


【現実世界・市街地/バス車内】


 バスのエンジン音が、低く揺れていた。


 ハレルは一番後ろの席で、リュックを膝に抱えている。

 中には、黒いケース。 ケースの中には──五つのコア。


 サキは隣で窓の外を見ていた。

 工場地帯はもう遠く、コンビニと住宅が増えていく。


 「ねえ」

 サキが小さく囁いた。

 「さっきから微妙に揺れてるの、それ……バスの振動だけ?」


 ハレルはリュックの中にそっと指を入れ、ケースの外側に触れた。


 ――わずかな鼓動。


 カタ……カタ……と、何かが殻の中で向きを変えるような、微かな振動。


 「……中身の方が、どこかへ行きたがってるみたいだ」


 冗談めかして言ったつもりなのに、自分の声が笑っていない。


 木崎が通路側の席で、スマホをいじるふりをしながら小声で言う。

 「隠し場所は、とりあえず俺の昔の事務所だ。今は誰も使ってない。

  警察も会社も、まずあそこは思いつかない」


 「でも、そこも“絶対安全”じゃない」

 ハレルが答える。

 「これがある限り、どこに置いても完全には──」

 言いかけて、口をつぐんだ。


 バスの前方モニターに、地図アプリの広告が映った。

 ほんの一瞬だけ、画面が歪む。


 海のない内陸部のはずなのに、青い海岸線がちらりと映って

 ──すぐに元の表示に戻る。


 サキが小さく眉を寄せた。

 「今、変な地図でなかった……?」


 木崎が、前方モニターと自分のスマホを見比べる。

 「こっちは正常だな。……嫌なノイズが増えてきた」


 ハレルは胸元のネックレスに触れた。

 冷たい金属が、じわりと熱を持つ。


 (まだ終わってない。

  ここから先が、“次の座標”なんだ)


 ◆ ◆ ◆


【異世界・どこかの高所/黒い観測室】


 暗い部屋に、ただひとつ、大きな平面が浮かんでいた。

 水面みたいな黒い板。

 その上に、光点と線がゆっくりと描かれていく。


 カシウスが、その前に立っていた。


 仮面のように感情の薄い横顔。

 だが、目だけは楽しそうに笑っている。


 後ろには、膝をついた黒ローブが三人。

 ミラージュ・ホロウで柱を襲った者たちだ。


 「──コアを奪えなかったことは、失敗だと思っているか?」


 静かな声に、一番手前のローブが小さく頭を垂れた。

 「……防衛、突破されました」


 カシウスは首を振るでも、責めるでもなく、黒い板を見つめたまま微笑む。


 「いいや。むしろ、ここから始まる」


 指先で板をなぞる。

 光点がひとつ、光りを増した。


 それは──主鍵と五つのコアが、束になって動いている地点。


 「閉じたままの観測核は、“ここ”から届きづらかった。

  だが、彼らが引き出してくれたおかげで──」


 光点から、細い線が伸び始める。

 蜘蛛の糸みたいな、極めて細い軌跡。


 「今は“追跡線”が引ける」


 ローブの一人が顔を上げる。

 「……追うのですか」


 「追うのではないよ」

 カシウスは穏やかに言う。

 「“行き先を決めさせる”」


 光点から伸びた線は、世界地図のあちこちに引っかかる。

 いくつかの点と結ばれ、やがて網目の一部になっていく。


 「彼らは、救ったと思っている。

  だが、救われた意識は、元の器か──“最初の記録地点”を求めて動き始める」


 指先で、別の点を軽く叩く。


 そこには、まだ名前のない“次のポイント”が、弱く点滅していた。


 「こちらから出向く時が来るよ。

  観測者も、鍵も、コアも──すべて揃えて」


 仮面のような顔で、笑った。


 「次の場は、もっと賑やかになる」


 ◆ ◆ ◆


【異世界・ゼルドア要塞城/地下解析室】


 ノノは、カシウスとは別の地図を見ていた。


 こちらの光点は、増えすぎている。

 境界の薄さが、あちこちで“基準値”を越え始めていた。


 「……止まらない」


 呟きながら、五つのコアのデータ波形を呼び出す。

 物理的な本体は現実側にある。

 残っているのは、ミラージュ・ホロウで観測できた“指紋”だけ。


 そのうち一つ──ユナの波形が、あからさまに強い。


 ノノは指でその波形の向きをなぞった。

 「あなた、どこを見てるの……?」


 波形は、一定方向を指し示している。

 先ほど赤枠で囲んだ、新しい薄点の方向に近い。


 イヤーカフが軽く震えた。

 アデルの声だ。


 『ノノ、状況は』


 「良くない。でも、まだ手遅れじゃない。

  薄点は増えてるけど、その中でも“濃い場所”が絞られてきてる」


 『次の座標が見え始めた、ということか』


 「完全にはまだ。でも……“呼び寄せてる”感じ。

  コアの一つが、向こうとこっちを同時に引っ張ってる」


 短い沈黙。


 『……ユナだな』


 聞きなれた声。リオだ。


 ノノは小さく息を吐いて、素直に答える。

 「うん。そうとしか思えない。

  でも、それは“希望”にも“罠”にもなる」


 アデルが静かに言う。

 『希望として掴むか、罠として切るか。──選ぶのは、こちら側だ』


 ノノはうなずき、画面の一点だけを拡大した。

 まだ輪郭のぼやけた座標。

 まるで、遠くからこちらを見ている目みたいに瞬いている。


 「……次は見失わないで。

  こっちも、全部のログを取るから」


 ◆ ◆ ◆


【現実世界・高架下の古いビル】


 バスを降り、いくつか角を曲がると──

 汚れた高架の影に沈んだ、古い雑居ビルが見えた。


 木崎が小さく顎でさす。

 「ここだ。昔、ちょっとだけ世話になってた会社の、倉庫フロアだ」


 入口のシャッターは半分だけ開いている。

 中は暗いが、人の気配はない。


 ハレルはリュックの肩ひもを握りしめた。

 「一時的に、だよな」


 「当然だ。長く留まるには向いてない。

  でも、今夜をやりすごすには十分だ」


 中に入ると、埃っぽい空気と、古い紙とインクの匂いが鼻を刺した。

 棚には使われなくなった段ボールやファイルが積まれている。


 サキが、小声で言う。

 「ここ、少し……落ち着く匂いする」


 「本の匂いに似てるからじゃないか」

 ハレルは苦笑し、床のしっかりした場所を選んでケースを下ろした。


 ケースのロックに、手をかける。

 完全に開けるわけじゃない。中の様子を、一瞬だけ確かめるために。


 カチリ──。


 隙間から、淡い光が漏れた。


 五つのコアのうち、一つが、他よりもわずかに強く瞬く。

 どこか一点を、“見ている”みたいに。


 サキが息を呑んだ。

 「……今、光……」


 「見た」

 ハレルは静かに蓋を閉じ、ロックを戻す。


 胸元のネックレスが、同じリズムで熱を打った。

 ユナの名前が、頭をよぎる。


 (助け出したつもりが……

  まだ途中なんだ)


 木崎が窓の外を見張りながら言う。

 「封鎖線はきっと強くなる。赤錆の方も、こっちも。

  向こう側の“何か”も、こっちの動きを見てる」


 ハレルはうなずき、ケースに手を置いた。


 「それでも、置いてはいけない。

  これが、次に進むための“手がかり”なんだろ」


 サキが、そっと言葉を重ねる。

 「ユナさんも、他の人たちも……ちゃんと“帰る場所”が必要だから」


 静かな倉庫に、遠くの電車の音だけが響いた。


 外の世界では、まだ誰も知らない。

 ほんの少しだけ、世界の“継ぎ目”が増えたことを。


 ハレルは拳を握り、心の中で誰かに向けるように言った。


 (絶対にここで止めない。

  お前の望みが何だろうと──その先で、終わらせる)


 ケースの中のコアが、かすかにまた光った。


 救い出したはずの光が、次の座標を静かに呼び寄せていた。



第四章 境界地図ーオブザベーションマップー 了


次回

第五章 器の座標ーコンテイナー・ポイントー 開始


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