第三十七話 特異点座標
解析室に、冷たい魔力の風が流れ込んだように感じた。
水晶板は、薄赤い光を放ち続けている。
その中央に浮かび上がるのは──“揺らぎの座標の一点”。
ノノ=シュタインは震える指で画面を操作した。
「……これ、偶然じゃない。
境界薄点が“ぞくぞく”現れてるの。
転移ログと照らし合わせると……
全部が、この一点に向かって“吸い寄せられてる”感じ」
アデルが低くつぶやく。
「……“中心”があるということだな」
ノノはこくりと頷き、
机に散らばった多量のメモをかき集めた。
「これ……レアのスマホに残ってた“境界地図”。
本来、あんな素人同然の子に扱えるはずのない
高精度の観測プログラムなんだけど……
カシウスが改造してたみたい」
リオが覗き込む。
「カシウスは、この座標の存在を……?」
ノノは唇を噛みしめた。
「気づいてる。
……むしろ“向かっている”と見るべき」
その瞬間。
水晶板の光が、一瞬だけ 青白く明滅した。
「わっ……!」
ノノが慌てて下がる。
画面に、現実世界の地図と異世界の地図が重なった。
そして──同時に一点だけが光り続けた。
「ここ……!」
ノノは指を突きつける。
「異世界座標《93・−12・47》。
そして現実世界では……
“海沿いのとある廃ビル”。
この二つが完全に“重なってる”!」
アデルが息を呑む。
「廃ビル……?」
「境界が完全に薄くなってる。
異世界の“観測層”と
現実世界の“物理層”が
同一座標として認識されてるの」
リオが拳を握る。
「つまり……そこが、
行方不明の5人──
ユナが“閉じ込められている場所”か」
ノノは静かに、しかし確信を込めて言った。
「うん。
意識信号、明確なものが一つ……
そして弱い信号が四つ。
全部、同じ場所」
◆ ◆ ◆
【現実世界・ハレル】
バス停のベンチに座っていたハレルのスマホが、突然震えた。
“ピッ……ピッ……ガッ……ジジ……”
画面が一瞬だけ歪み、
次の瞬間──セラの声が微かに届いた。
《……ハレ……ル……聞こえ……る……?》
ハレルは立ち上がり、胸が早鐘を打つ。
「セラ!? 大丈夫なのか!?」
《……境界……ゆらぎ……強……
リ……オ……危険……向か……う……》
木崎が駆け寄ってくる。
「また異界通信か!? 何かわかったのか?」
ハレルは首を振る。
「……場所までは聞こえない。
でも、リオが“どこかへ向かっている”……
それだけは……はっきり聞こえた」
《……急……げ……
繋が……ら……なく……な……る……》
通信がノイズに飲まれた。
サキが袖をつかむ。
「お兄ちゃん……今の声……
セラちゃん、だよね……?
“危ない場所がある”って言ってた……?」
ハレルは胸元のネックレスを握りしめる。
(セラが必死だった……
リオが向かってる“どこかの地点”が……
本当に危険なんだ……)
場所はわからない。
ただ──世界のどこかで、異変が動き始めている。
再びスマホが光ったが、 次の瞬間には完全に沈黙した。
「……セラ……!」
焦燥だけが胸に残った。
◆ ◆ ◆
【異世界・解析室】
ノノが大きく息を吐いた。
「……これで、座標は確定した。
アデル、リオ。
行くなら早い方がいい。
“境界”はもう……持たない」
アデルは剣の柄を握りしめる。
「ノノ。現実世界の座標も伝えられるか?」
「アデルから聞いてる……“現実の転移者”って……
確か名前は……ハレル、だったよね?
その子にも、この座標……届けないといけない」
リオが一歩前に出る。
「直接は無理だ。
ノノは現実世界に通信できないからな。
……でもセラなら、間に入れる」
ノノ
「だ、だからもうデータ準備してる!
セラにぶん投げれば、リオのスマホ経由で
現実世界にも“断片的なら届く”はず!
アデルは目を細め、 だが強くうなずいた。
「……断片的でも十分だ。
警備局として動く準備もしておく」
「行こう。
“特異点”に──。」
リオ 「……ユナもそこにいるんだろ。
行くしかない。」
ノノが水晶板を操作する。
「二つの世界が、同じ地点で“折れ重なってる”。
誰かが、そこを狙ってる。
カシウスか……
それとも……別の誰かか」
深灰の風が窓を鳴らした。
――境界は、もう限界だ。
◆ ◆ ◆




