第三十四話 包囲の深灰の森・衝突
――深灰の森。
木々の影が揺らぎ、霧が波を打つように流れる。
アデルたちは円陣を組むように立ち、
四方から囲む 十数匹のグレイウルフ を警戒していた。
その中心に、
黒いローブをまとった“異質な四人”。
カシウス。
そしてその両脇に立つ、仮面の部下3人。
さらに少し後ろ、黒いスカーフを巻いた少女――葛原レア。
カシウスが一歩踏み出しただけで、
森の空気が“うねる”ように震えた。
「追うのは、ここまでにしてもらおうか……アデル」
その声は静かで、それなのに胸骨を叩くような圧がある。
アデルは歯を食いしばり、剣を構えた。
(……来る)
◆ ◆ ◆
同時に――
グレイウルフの群れが一斉に飛びかかった。
「〈第三階位・氷壁展開〉ッ!!」
アデルが片手を広げると、
青白い氷の障壁が地面から噴き上がった。
ガギィィンッ!!!
氷壁に激突したグレイウルフが弾き飛ばされ、
爪と牙が氷を削り、火花が散った。
しかし――次の脅威は横から来た。
「――っ!!」
アデルの部下カイトが叫ぶ。
「隊長ッ、魔力弾!!」
仮面の部下の一人が、
指先から黒い光球を放っていた。
ザシュッ!!
黒い光弾がカイトの胸を貫いた。
「ぐっ……!?ううぅ…。」
カイトが膝をつき、
胸の中心から煙のような魔力が漏れ始める。
アデルの表情が強烈に歪んだ。
「カイト!!」
「た、隊長……申し訳……あり……っ」
カイトは言葉の途中で崩れ落ちた。
その瞬間、 アデルの中で何かが はじけた。
「貴様らァァァ!!」
アデルが剣を振り上げると同時、
足元に魔術紋が走り――
「〈第四階位・震雷斬〉!!」
轟ッッッ!!
稲妻を帯びた刃が一直線に走り、
仮面の部下2人を地面ごと薙ぎ払った。
爆発の衝撃で土が舞い上がり、
二人は木々に叩きつけられて倒れる。
レアが口笛を鳴らした。
「わ~お。アデル、キレた?」
アデルはそのままレアへ切り込もうとするが――
「……無駄だよ」
残る仮面の部下が低く呟き、
アデルの足元に漆黒の魔力を展開した。
「〈影縛り〉」
影が生き物のように伸び上がり、
アデルの足を絡め取る。
「くっ……!!」
アデルが魔力で振り払おうとした瞬間――
カシウスが軽く手を振った。
ただ、それだけ。
「やめろ」
空気が一瞬で“静電気のように飽和”し、
影縛りは霧散した。
部下はひれ伏すように弾かれ、
その場に膝をついた。
カシウスは一瞥もせず
「元同僚の女性だ、丁重に扱え。
余計なことはするな。」
「……っは。」
アデルは息を呑んだ。
(……何だ、この魔力……
森全体の魔力を“纏っている”ような……
まるで、世界そのものが奴の味方をしている……)
レアが楽しげに跳ねながら言う。
「アデル~? カシウス様、怒ってるよ~?
あんまり邪魔すると、殺されちゃうかも~?」
アデルは吐き捨てた。
「貴様……。
そんなに死にたいのか」
レアはケラケラ笑い、肩をすくめる。
「死ぬわけないじゃん。
だってあたし、“特別製”なんだからさ~」
挑発。
しかし、その軽さとは裏腹に、
レアの両手首には鮮やかに光る 三重の魔術紋 が浮かんでいる。
――転移の紋だ。
アデルは舌打ちした。
(……嫌な予感しかしない……)
◆ ◆ ◆
その時、カシウスが静かに口を開いた。
「アデル。
今日はここまでにしておこう」
レアが顔を上げる。
「ねぇ、そろそろ行こ? カシウス様~」
「そうだな。
ここは時間稼ぎとしては十分だ」
アデルは歯を噛みしめた。
「逃げる気か、カシウス!!」
レアは片手をひらひらと振りながら、
「アデル~、また今度遊ぼうねぇ~?
じゃあね~?」
部下3人がゆらゆらと立ち上がると同時
カシウスの足元に黒い霧が巻き上がる。
“バチン”と空気が弾け、
霧は渦を巻き――
次の瞬間、
レアとカシウスたちは森の奥へ掻き消えるように消えた。
◆ ◆ ◆
残ったのは――
倒れた部下カイト、荒れ果てた地面、
そしてまだ周囲を徘徊するグレイウルフたちの低い唸り声。
アデルは剣を握りしめ、静かに誓った。
「……必ず追い詰める。
カシウス。
そしてレア。
この私が、必ずだ」
深灰の森の霧がその誓いを飲み込むように、
風に揺れていた。




