第三十話 狂気
光刃が唸りを上げ、リオの脇腹を裂いた。
壁に叩きつけられた衝撃で視界が揺れる。
「……ッ、ぐ……!」
レアは口角をつり上げ、楽しそうに跳ねるように近づいてきた。
「――あーあ、バレたバレたバレたバレたぁ」
ガラスが割れるような笑い声。
狂気そのものの瞳がリオを見下ろす。
「カシウスの差金か……!?」
リオが歯を食いしばって呻くと、
レアは首をかしげ、首筋の黒いスカーフをふわふわ揺らした。
「さしばね?……あ、差金?
よくわかんないけどさぁ、別に頼まれてないよ?」
「……何だと……?」
「カシウス様の邪魔してんだろ? お前」
レアは子どもが秘密を暴くように、わざとらしく囁く。
「だからねぇ! あたしが先まわりして、殺してあげるんだよ。
喜ぶかなって! いい子いい子してくれるかなって思ってさぁぁぁ!」
「……っ、狂ってる」
「はぁぁ? あたしは“特別”なんだよ」レアは胸を叩く。
「カシウス様にね、この体もらったの。恩返しだよ」
「体を……“もらった”? どういう意味だ」
「うるせー、うるせー!」
レアは光刃を左右に振り回しながら、甲高く笑った。
「ようやく“当たり”引いたのにさぁぁぁ!」
「当たり……?」
リオの拳が震えた。
「貴様……俺を殺すためだけに、関係ない四人を……!」
「若い男でぇ、りょう?リオ?って名前しか覚えてないからさぁ。
それっぽいのから順に殺してけばさ、いつか当たるじゃん?
数撃ちゃ当たるってねぇぇえ!」
怒りが脳を焼く。
リオは胸の底から叫んだ。
「人の命を……なんだと思ってる!!」
「命?」レアは鼻で笑い、手首を掲げた。
制服の袖を破り捨てる。
露わになった肌に――
三重の魔術紋。
そして首筋には、黒い痣と複雑な呪紋が刻まれていた。
「データだよ。デ・ー・タ!」
レアは爪を立てるように空を切る。
「肉体に入ってるデータ!
お前らが“命”って呼んでるだけーー!」
「……命は、データなんかじゃない!!」
リオが怒号を上げた瞬間――
レアの光刃が横薙ぎに閃いた。
「死ねぇぇええ!!」
リオは捕縛魔術の紋を即座に描く。
「――《拘束術式・第三級》!」
しかし光刃の速さが一瞬だけ上回る。
リオは弾き飛ばされ、壁に背中を強かにぶつけた。
(……まずい、このままじゃ……!)
レアは狂笑しながら、再び刃を構え――
「おらァ、動けよリオォ!!」
刃が振り下ろされる、その瞬間――
「リオぉぉ!! 下がれッ!!」
轟音と共にドアが蹴り破られた。
アデルが白外套を翻しながら飛び込む。
「《捕縛術式・上級・縛陣》!」
幾重もの魔術紋がレアの周囲に展開した。
「うっざあああああ!!」
レアは狂ったように暴れる。光刃が魔術陣を切り裂こうと暴れ狂う。
リオも歯を食いしばり、立ち上がった。
「アデル……っ、!
《捕縛術式・第三級・束縛鎖》!」
二人の術式が重なり――
レアの全身をぐるぐる巻きに縛り上げた。
「ぎゃああああああああああ!!
離せ離せ離せ離せ!!!」
床に倒れ込み、暴れ続けるレア。
アデルが息をつき、リオのもとに歩み寄る。
「ふーー。……リオ。
捕縛魔術・第三級――合格だ」
リオは壁に手をつき、息を震わせながら微かに笑った。
「……こんな形で合格するとは、思わなかったよ……」
アデルは小さく苦笑し、彼の肩を支えた。
「医療班を呼ぶ。動くな」
レアは床の上で悔しさに歯を軋ませ、
拘束魔術に締め上げられながら叫び続けた。
「あああああーーくっそおおおおお!!!!
カシウス様ぁぁああああああ!!」
その叫びは、石造りの要塞の奥へ深く反響していった――。




