第二十九話 名前の影
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異世界・ゼルドア要塞城 リオの部屋
海風の音が、閉ざされた窓越しにかすかに聞こえる。
リオは机に肘をつき、外の灰色の雲を静かに見つめていた。
(若い男……胸を貫く熱刃……密室……)
(レオン、メオ……そして船側のリョウタ、ショウ……)
何度並べても、形になりそうでならない。
「……お前はいったい、何を狙っているんだ」
独りごちたその時――軽いノック音。
「テオ様、お食事をお持ちしました。こちらに置きますねぇ」
振り返ると、見慣れない女性がトレーを抱えて入ってきた。
紺色の髪、目元に疲れが浮いている。
(……誰だ? 食事係に、こんな人いたか?)
「ありがとう。リオだ。テオじゃなくて、リオ=アーデンだ。」
女性はぽかんとした顔で、
「あ、すいません……人の名前覚えるの苦手で……」
と言い、足早に出て行った。
部屋に静寂が戻った直後――リオの左腕が、ぱん、と光る。
「……ッ!?」
腕輪の紋章が脈打ち、耳の奥で何かが弾けた。
《……リ……聞こえる……?……リオ……!!》
(今の……セラか?)
ノイズまじりの声。必死に何かを伝えようとしている。
眉を寄せた瞬間、声が変わった。
《……リ……お前……名前……気……つけ……》
(名前……?)
ふいに、脳裏に浮かぶ。アデルに渡した、あのメモ。
リョウタ ショウ レオン メオ
すべて――”涼”“リオ”に似た響きを持つ名前。
リオは一気に血の気が引いた。
さっきの女「テオ」と――
「まさか!……貴様!!」
振り返ろうとした、その瞬間――
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現実世界・豪華客船号
「セラ!!セラ、頼む――つないでくれ!!」
ハレルは客室の床に膝をつき、両手でスマホを握りしめていた。
《……境界……不安定……接続……でき……ない……》
機械音とノイズだけが返る。
胸元のネックレスは熱を持ち、脈打つように震えている。
「頼む……リオは今ひとりなんだ!!
あの女の目的は――“リオ”なんだよ!!」
叫んでも、声は虚空に溶ける。
サキが涙目で背中に触れる。
「お兄ちゃん……涼さんに……届かないの……?」
ハレルは歯を食いしばる。
(間に合え……頼む、間に合ってくれ……!!)
再びスマホが震えた。
《……リ……リオに……危険……名前……似……標……的……》
「リオ!!聞こえるか!? お前だ!!お前が狙われてるんだ!!」
返事は、こない。
◆ ◆ ◆
異世界・ゼルドア要塞城外回廊 アデル
重い石畳を踏みしめながら、アデルは眉根を寄せていた。
(さっき……確かに“境界の揺れ”を感じた。
誰かが転移した……? まずい――)
その時、廊下の先に倒れている影が見えた。
「……!? おい、大丈夫か!」
駆け寄ると――そこには、見覚えのある女性がぐったりしていた。
食事係のはずだ。ただし、いつもの制服を着ていない。
アデルの胸に冷たいものが走る。
「この食事係……確かリオの配膳係……。」
アデルは血相を変え、部屋の方へ走り出した。
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異世界・リオの部屋
リオの背後で――
ちりッ……と、小さな光。
「――っ!?」
脇腹に、焼けつくような激痛が走った。
「ぐ……ッ!!」
光の刃。あの女の、あの“熱い短剣”。
背中が壁に叩きつけられ、視界が白く弾ける。
「やっと当たり見つけた……」
耳元に、小さく笑う声。
「“リオ”だよな。
名前……やっと覚えた」
リオは痛みに耐えながら、奥歯を噛みしめた。
「お前……最初から……この俺を……」
女は楽しげに囁いた。
「うん。 最初から“あんた”を殺しにきたんだよ」
光刃がもう一度、音を立てて唸る。




