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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第三章 双界の連続殺人

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第二十九話 名前の影

◆ ◆ ◆


異世界・ゼルドア要塞城 リオの部屋


 海風の音が、閉ざされた窓越しにかすかに聞こえる。

 リオは机に肘をつき、外の灰色の雲を静かに見つめていた。


 (若い男……胸を貫く熱刃……密室……)

 (レオン、メオ……そして船側のリョウタ、ショウ……)


 何度並べても、形になりそうでならない。


 「……お前はいったい、何を狙っているんだ」


 独りごちたその時――軽いノック音。

 

 「テオ様、お食事をお持ちしました。こちらに置きますねぇ」


 振り返ると、見慣れない女性がトレーを抱えて入ってきた。

 紺色の髪、目元に疲れが浮いている。


 (……誰だ? 食事係に、こんな人いたか?)


「ありがとう。リオだ。テオじゃなくて、リオ=アーデンだ。」


 女性はぽかんとした顔で、


 「あ、すいません……人の名前覚えるの苦手で……」


 と言い、足早に出て行った。


 部屋に静寂が戻った直後――リオの左腕が、ぱん、と光る。


 「……ッ!?」


 腕輪の紋章が脈打ち、耳の奥で何かが弾けた。


 《……リ……聞こえる……?……リオ……!!》


 (今の……セラか?)


 ノイズまじりの声。必死に何かを伝えようとしている。


 眉を寄せた瞬間、声が変わった。


 《……リ……お前……名前……気……つけ……》


 (名前……?)


 ふいに、脳裏に浮かぶ。アデルに渡した、あのメモ。



 リョウタ ショウ レオン メオ



 すべて――”涼”“リオ”に似た響きを持つ名前。


 リオは一気に血の気が引いた。


 さっきの女「テオ」と――


 「まさか!……貴様!!」


 振り返ろうとした、その瞬間――


◆ ◆ ◆


現実世界・豪華客船オルフェウス


 「セラ!!セラ、頼む――つないでくれ!!」


 ハレルは客室の床に膝をつき、両手でスマホを握りしめていた。


 《……境界……不安定……接続……でき……ない……》


 機械音とノイズだけが返る。


 胸元のネックレスは熱を持ち、脈打つように震えている。


 「頼む……リオは今ひとりなんだ!!

 あの女の目的は――“リオ”なんだよ!!」


 叫んでも、声は虚空に溶ける。


 サキが涙目で背中に触れる。

 「お兄ちゃん……涼さんに……届かないの……?」


 ハレルは歯を食いしばる。

 (間に合え……頼む、間に合ってくれ……!!)


 再びスマホが震えた。


 《……リ……リオに……危険……名前……似……標……的……》


 「リオ!!聞こえるか!? お前だ!!お前が狙われてるんだ!!」


 返事は、こない。


◆ ◆ ◆


異世界・ゼルドア要塞城外回廊 アデル


 重い石畳を踏みしめながら、アデルは眉根を寄せていた。


 (さっき……確かに“境界の揺れ”を感じた。

 誰かが転移した……? まずい――)


 その時、廊下の先に倒れている影が見えた。


 「……!? おい、大丈夫か!」


 駆け寄ると――そこには、見覚えのある女性がぐったりしていた。


 食事係のはずだ。ただし、いつもの制服を着ていない。


 アデルの胸に冷たいものが走る。


 「この食事係……確かリオの配膳係……。」


 アデルは血相を変え、部屋の方へ走り出した。


◆ ◆ ◆


異世界・リオの部屋


 リオの背後で――


 ちりッ……と、小さな光。


 「――っ!?」


 脇腹に、焼けつくような激痛が走った。


 「ぐ……ッ!!」


 光の刃。あの女の、あの“熱い短剣”。


 背中が壁に叩きつけられ、視界が白く弾ける。


 「やっと当たり見つけた……」


 耳元に、小さく笑う声。


 「“リオ”だよな。

 名前……やっと覚えた」


 リオは痛みに耐えながら、奥歯を噛みしめた。


 「お前……最初から……この俺を……」


 女は楽しげに囁いた。


 「うん。 最初から“あんた”を殺しにきたんだよ」


 光刃がもう一度、音を立てて唸る。


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