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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第三章 双界の連続殺人

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第二十二話 第二の殺人

 夜明けの空気は冷たく、潮の香りを含んでいた。

 絶海の孤島に建つ訓練城《ゼルドア要塞城》。

 白い石壁と高い塔は朝陽を受けて淡く輝き、海風が旗を揺らしている。


 訓練初日を終えた翌朝――

 その静寂は、悲鳴によって破られた。


 石造りの廊下に、訓練兵たちのざわめきが響く。

 リオは走りながら、胸の中に嫌な予感が広がるのを感じていた。


 (まさか……こっちでも、何かが起きたのか?)


 廊下で、訓練兵たちが口々にざわめいていた。


 「中から鍵がかかってて開かねぇんだ!」

 「朝になっても起きてこないから様子を見に来たら……反応がない!」


 アデルは扉の前に立つと、鉄製の取っ手を確かめ、低く呟いた。


 短く構えを取り、声を張る。


 「下がれ。破る!」


 ――ドンッ!


 重い音が響き、扉が内側に押し開いた。

 しかし、扉の裏側には何かがぶつかっていた。


 「くっ……何か棚が倒れて塞いでる!」


 リオと数名の兵士が力を合わせ、扉をこじ開ける。

 内部へ踏み込んだ瞬間、空気がざわっと揺れた。


 ――そして、倒れているレオンを見つけた。


 「――レオン!? おい、返事をしろ!」


 乱れた寝具。

 床に散らばった紙片。

 そして、窓辺に倒れた少年の姿。


 訓練兵レオン=バークハルト。


 胸を押さえるように倒れ、その指先は黒く焦げている。


 アデルが素早く駆け寄り、脈を確かめる。

 首を横に振ると、兵士たちがどよめいた。


 「……死んでいる。心臓を……焼かれた跡だ」


 リオは息を呑み、レオンの胸元を見る。

 布を破った中心、心臓に深く刻まれた黒い焦げ跡。


 (榊良太と同じ……?)


 昨日、ハレルから聞いた“冷却整備室での変死”。

 胸に残っていた不可解な焦げ跡。


 その情報が、目の前のレオンの死と重なっていく。


 「……内側から施錠されている。破錠痕もなし。

   誰も出入りできない“完全な密室”だ」


 リオが鍵穴に目を向けると、確かに外から壊された形跡はない。

 窓も分厚い格子と魔術封印で守られ、そこからの出入りは不可能。


 (この状況で……どうやって犯人は出入りした?

   レオンは“誰も入れない部屋”で殺されたことになる……)


◆ ◆ ◆


 「リオ、一度外へ出ろ。ここは私が指揮を執る」


 アデルの低い声に、リオは小さくうなずく。

 外へ出ると、海風が強く吹きつけた。

 リオは腕輪に触れ、そっと目を閉じる。


 (ハレル……聞こえるか?)


 腕輪の中で、観測鍵の欠片が淡い青を灯す。


 ――ジジッ……ガ、ガ……。


 ノイズ混じりの光が走り、ハレルの声が微かに届く。


 『リオ……そっち、何か……あった……?

 こっちは……クルーが……』


 「ハレル? ハレル、聞こえるか?」


 『胸……焦げ跡……密室……こっちも……』


 繋がりかけた通信は、そこで途切れた。


 リオは拳を握りしめる。


 (同じ……いや、同じ“手口”だ。

  向こうでも、こっちでも、誰かが……)


 視界の端で、アデルが兵士たちへ指示を飛ばしている姿が見えた。


 「警備隊を城内に配備しろ!

 外門は閉じる!

  犯人はまだこの島のどこかにいる!」


 その声に、周囲の兵士たちが一斉に動く。

 緊張と空気の重さが、砦の中に広がっていく。


◆ ◆ ◆


 リオは深く息を吸い、アデルの横へ歩み寄った。


 「アデル。

  ……この手口、現実世界でも起きているようだ。」


 アデルは目だけでリオを見る。


 「何? 向こうの世界でもだと!?」


 「ああ。今朝、ハレルから連絡があった。

  胸に焦げ跡……密室……ほぼ同じ状況。」


 アデルの金属のような瞳が細められる。


 「つまり――犯人は、こちらとあちらの両方に干渉できる存在。

  “転移者”だということか」


 リオは何も言わず、うなずくしかなかった。


 境界は依然として揺らぎ続けている。

 現実と異世界の間にある“見えないドア”が、少しずつ緩み始めている。


 そこを――誰かが意図的に利用している。


◆ ◆ ◆


 アデルは短く息を吐く。


 「犯人が転移者なら、城内だけ調べても意味がない。

  だが……今回は状況が違う。転移の“戻り地点”が不安定だ」


 「ああ。僕も昨日、少し感じた。

  本来の座標に戻らず、数メートルずれて着地して……」


 アデルは腕を組む。


 「つまり、犯人も思いどおりには転移できないはず。

  ならば必ず“痕跡”は残る。

  リオ……お前の観測視点も必要になるぞ」


 リオは静かにうなずいた。


 (犯人……誰だ?  なぜレオンを殺した?

  そして、ハレル側の被害者と何が繋がっている?)


 海風が、砦の旗を大きく揺らす。

 リオは唇を結び、アデルとともに廊下を進んだ。


 レオンが倒れていた部屋の扉が、ただ重々しく軋んだ音を立てて閉まる。


 ――双界を繋ぐ殺意の連鎖は、まだ始まったばかりだ。


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