第十九話 残響の光
白い壁と無機質な照明。
ここは王都イルダの北端にある「王国警備局・医療棟」。
砂の迷宮崩壊から数日。リオとアデルは、警備局の許可を得て病棟の一室にいた。
ベッドの上で、ユナが静かに眠っている。
目を閉じたまま、微かに唇が動いた。
リオはそっと手を握る。
「……姉さん。もう大丈夫だから。もう誰にも利用させない」
アデルがそばの椅子に腰掛け、淡く光るデータ板に報告を記していた。
「記録世界プログラムの中枢は破壊された。でも……残留データがまだ生きてる。
完全に終わったわけじゃない」
「カシウスは?」
「姿を消したわ。どこかで再構築を試みてる可能性がある」
リオは視線を落とした。
窓の外では、淡い砂色の光が風に舞っている。
「……ハレル、そっちはどうなってる?」
その言葉に、アデルは小さく微笑んだ。
「セラが言ってたわ、あなたたちが無事だと分かった瞬間、“届いた”って言ってたそうよ」
リオは苦笑して立ち上がる。
「さすがだな。境界を越えてでも、やっぱり繋がってるんだな」
アデルは視線をユナへ戻した。
「この病院は王国警備局の管理下。外からの侵入は不可能。
――彼女が目を覚ますまで、ここが一番安全よ」
「ありがとう、アデル」
「礼はいいわ。その代わり、もう勝手なことはしないで」
アデルは立ち上がり、外套を翻して部屋を出ていく。
その背に、リオは小さく笑って呟いた。
「相変わらずだな……」
ユナの手をもう一度握り、リオは窓の外を見つめた。
光が風に溶け、まるで境界そのものが息づいているようだった。
――そのころ、現実世界。
夜の街は静かで、窓の外には霧雨が降っていた。
雲賀家のリビング。ハレルはノートパソコンの前でデータを見つめていた。
「……死亡登録だった9名、そのうち5名のデータが“生存”に修正されている」
木崎が手帳をめくりながら言った。
「そう、死亡登録だった内の1名が自宅でまた発見されたらしい。
あのときの遺体も無事戻れたってことだ」
「だがな、遺体で見つかった以外の5人の所在はいまだ不明だ。
まるで“この世界にいない”みたいに、どこにも痕跡が残っていない」
ハレルはうなずき、ネックレスを握る。
「現実に戻れなかった転移者……か」
木崎はため息をついた。
「境界は一度開いたら、完全には閉じない。
反記録プログラムは、ただの応急処置みたいなもんだ」
「それでも、ユナさんは助かった。
あの世界に残っているリオが、今も守ってる」
サキがキッチンから顔を出す。
「お兄ちゃん、少し休みなよ。ずっと画面見てる」
ハレルは微笑んで頷いた。
「ありがとう。でも、もう少しだけ……」
画面に、静かなノイズが走った。
セラの声が一瞬、スピーカーを震わせる。
《……観測は続いています。境界はまだ安定していません。
でも――彼女は、あなたたちを見ています》
ハレルは目を閉じた。
(姉さんを救えたな、リオ……)
窓の外、雨が上がっていた。
空には、砂の粒のような淡い光が漂っている。
サキがそれを見上げて言った。
「……これ、綺麗だね」
「“反記録の残響”だ」
ハレルはそっと呟いた。
「世界は、まだ安定してない。けど……もう一度、繋がれるはずだ」
ネックレスが光り、遠く離れた異世界の砂漠で、
リオの腕輪も同じ光を放った。
――それは、二人の“観測者”を結ぶ光。
静かな夜風が流れ、
ハレルは小さく微笑んだ。
「また会おう、リオ」
窓の外で、流星がひとすじ、夜を横切った。
第二章「砂の迷宮事件」──完
第三章「双界の連続殺人」へ続く




