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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第二章 砂の迷宮

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第十八話 記録に眠る彼女

 ――砂の迷宮、アメ=レア中枢部。


 地鳴りが響き、装置の光が乱反射していた。

 砂の天井から崩れた石柱が落ち、アデルが反射的にリオを押しのける。


 「ここが中枢……完全に暴走してる!」

 リオは息を切らしながら腕輪をかざした。

 「カシウスはどこだ!」


 答えの代わりに、中央の光の柱の中で人影が浮かんでいた。

 長い髪が宙に漂い、目を閉じた女性。

 ――ユナだった。


 「姉さん……!」

 リオが駆け寄ろうとした瞬間、背後から静かな声が響いた。


 「触れるな。彼女はまだ“書き換え中”だ」


 振り向くと、そこにカシウスが立っていた。

 外套の裾が砂をかすめ、彼の目はどこか悲しげだった。


 「……リオ・アーデン。お前の姉は“記録世界”に適合した。

  あとは反応層が完成すれば、完全な“再生個体”になる」


 「ふざけるな!」

 リオの声が震える。「姉さんを利用して、何をしようとしてる!」


 カシウスは静かに装置の水晶を見上げた。

 「昔、私は愛する人を失った。

  “観測庁”で行った転移実験の失敗で、彼女は記録だけを残して消えた。

  私はその記録を“もう一度書き換えられないか”と考えた。

  ――それが、このプログラムの始まりだ」


 アデルが低く唸る。「彼女を蘇らせるために……記録を弄んだのね」

 「弄んだ?」カシウスの声が鋭くなった。

 「違う。私は救おうとした。

  だが再生したのは“感情を持たない彼女の模造体”だった。

  私は誓った。“本物”を取り戻すために、この世界そのものを修正すると」


 リオは拳を握る。

 「それが姉さんを巻き込む理由になるのか!」


 「彼女の意識は非常に安定していた。

  “観測者の素質”を持つ者は、この世界と現実を繋げられる。

  ――彼女こそが、装置を完成させる最後の鍵だった」


 その言葉に、アデルが一歩踏み出した。

 「やはりあなたが“反記録”を封じていたのね」

 カシウスの瞳がわずかに揺れる。

 「……反記録? ああ、アルディアと雲賀という男、完成させていたようだ。

  無駄だよ。現実のプログラムが動いたところで、この迷宮の“記録層”までは届かない」


 その瞬間、空気が震えた。

 光の柱の一部がざらりと砂に変わり、ユナの周囲に波紋が広がる。

 リオの腕輪が共鳴し、青い光を放つ。


 「いや、届いてる。ハレルが――動かしてる!」

 カシウスの顔に初めて焦りが走った。


 *


 現実世界。

 ハレルの指がキーボードを叩くたびに、反記録プログラムの画面が点滅する。

 木崎が背後でメモを取りながら言った。

 「この信号、まるで“呼吸”してるみたいだな」

 「セラが中継してる。向こうの装置と繋がってるんだ」


 ハレルの胸のネックレスが激しく光り、画面に映像が浮かぶ。

 そこには砂の迷宮と、リオ、そして浮かぶユナの姿。 サキが後ろで息を呑んだ。

 「お姉さん……」


 《ハレル、聞こえる? 彼女の意識はまだ“消えてない”。でも急いで。

  記録世界プログラムがこの層まで侵食してくる》


 セラの声が響く。

 ハレルは唇を噛み、「父さん……柏木先生……これがあなたたちの見た世界か」と呟いた。

 「木崎さん、出力コードの確認を!」

 「了解、でも……これ、本当にやるのか? 境界が崩れるかもしれんぞ!」

 「やらなきゃ、姉さんが消える!」


 ハレルは指を叩いた。

 ――反記録プログラム、第三段階・作動。


 *


 再びアメ=レア。

 地面の砂が逆流し、空の光が二色に分かれる。

 青――反記録。

 赤――記録世界。


 「バランスが……崩れていく!」

 アデルが叫ぶ。

 リオは前を睨みつけた。「カシウス! この装置を止めろ!」

 「止めない。私はこの世界を“再生”する!」


 カシウスの外套が風を裂き、彼の背後で砂が竜のように巻き上がる。

 その中心に、ユナの体が引き寄せられていく。

 「姉さんっ!」


 リオは駆け出した。

 腕輪が強烈に輝き、観測鍵の欠片が放つ光がカシウスの攻撃を弾く。

 「……この光は……?」

 アデルが息を呑む。「主観測鍵との共鳴よ!」


 リオの目が見開かれる。

 遠く――青い光の中で、ハレルの姿が見えた気がした。

 「ハレル……今だ!」


 同時に、ハレルの声が空を貫く。

 《反記録、最終出力――転送開始!》


 青い光がリオとユナを包み込み、カシウスの赤い光と激突した。

 世界が裂ける音がした。

 光と砂が混ざり合い、迷宮の天井が崩れ落ちる。


 「姉さんを返せぇぇぇっ!!!」

 リオの叫びとともに、光が爆ぜた。


 カシウスは吹き飛ばされ、赤い装置の水晶が砕け散る。

 その破片の中で、ユナの体がゆっくりと地面に落ちた。

 彼女の瞳がかすかに開く。


 「…………涼…?」

 「姉さん……!」


 リオが駆け寄り、その手を握った瞬間、

 迷宮全体が光に包まれた。


 *


 現実世界。

 ハレルのネックレスが静かに明滅し、セラの声が消える。

 モニターに最後の文字列が浮かんだ。


 【反記録出力:完了】

 【境界安定率:12%】


 木崎が息を吐く。「やったのか……?」

 ハレルは首を振った。

 「いや……まだ終わってない。境界は不安定なままだ」


 部屋に現れた砂まみれの遺体がいつのまにか消えていた。


 「布で隠したが、あの不安定な状況下でむこうへ戻ったのか……?」


 外の空に、砂の粒のような光が降り始める。

 サキが窓を見つめて言った。

 「……きれい。でも、これって……」


 ハレルは小さく呟いた。

 「これは“反記録の残響”。……まだ、世界は揺れてる」


 ――そして、異世界のどこかでカシウスの影が立ち上がる。

 「私はまだ、終わらない。

 本物の彼女を取り戻すまでは――」


 風が砂を巻き上げ、遠くで鐘が鳴った。


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