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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第十章 奪還反攻編

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第百四十六話 安定回線

第十章 奪還反攻編


第146話 安定回線


【異世界・転移した学園/体育館・夕方】


雨はまだ降っていた。

けれど、さっきまでの“全部が崩れそうな雨音”とは少し違って聞こえる。


体育館の中央では、レアが結界の中に膝をついていた。

全身を走る青白い数列はまだ消えていない。

右目の黒い影も、完全には引いていない。

それでも、さっきまでのように無秩序に暴れることはなくなっていた。


ダミエが両手を前に出したまま、低く息を吐く。

「……保ってる」

短い言葉。

だが、今はその一言が大きかった。


リオは壁に手をつき、肩で息をしている。

肩口の傷から流れていた血は、応急の治癒光でどうにか止まっていた。

ハレルは主鍵を握ったまま、まだ残る熱の余韻を確かめている。

サキのスマホには、今もはっきり表示が残っていた。


《LINK / STABLE》

《SEND AVAILABLE》


「……消えない」

サキが呟く。

「今まではすぐ消えてたのに」


ノノの声がイヤーカフ越しに入る。

『うん。向こうの中継管理棟が半停止した影響で、回線が一本安定してる』

『まだ太いとは言えないけど、さっきまでとは全然違う』


ハレルが顔を上げた。

「向こうの状況、もっと聞けるか」


『聞ける。今なら短いのを何往復かできる』

ノノは早口になりかけて、少し抑える。

『ただし、まだ長い説明は危ない。必要なものだけ』


リオがレアから目を離さずに言った。

「なら最初に聞くべきは次の目的地だ」

「今のまま学園と駅とイルダを守り続けても、ずっと押し込まれる」


その通りだった。

ハレルももう、そこは迷わない。


サキが入力画面を開く。

指先はまだ少し震えている。

だが、前より速く打てた。


――《次 どこ》

――《現実 目的地》

――《父 関連》


送信。

白い光が一拍だけ画面に走る。

主鍵が、かすかに応じる。


結界の中のレアが、その光を嫌そうに見た。

「……ほんと、嫌」

かすれた声。

でも、届いている証拠でもある。


ダミエがちらりとサキの手元を見る。

「……回線、今のうち」

「この人、持ち直す前に決める」


ハレルも頷く。

レアはまだ封じている。

だが“終わった”わけではない。

立て直される前に、こちらが次へ進まなければならない。


体育館の奥では、先生たちが生徒をまとめ直していた。

点呼の声。

毛布を配る声。

小さく泣く子の背中をさする声。

日常とはほど遠いのに、それでも人の声が戻ってきている。


その中で、教頭がこちらへ歩いてきた。

顔色は悪い。

それでも声は崩れていない。


「雲賀くん」

「今度は……どこへ行くことになる」


ハレルはすぐには答えられなかった。

まだ、向こうから返ってきていない。


「分かったら、言います」

それだけ答える。


教頭は短く頷いた。

「分かった。……その代わり、ここは崩さない」


その言葉が重かった。

守る側の人間が、もう逃げるだけではない顔をしていた。


◆ ◆ ◆


【現実世界・湾岸方面/対策本部車両】


対策本部車両の中は、狭いのに情報だけが多かった。


地図。

施設断面図。

一般人の静止画。

若い警官の動線。

中継管理棟の半停止ログ。

全部が開かれた端末の上で重なっている。


日下部はその中央で、ノートパソコンを前に画面を睨んでいた。

だが今日は一人ではない。


車両の後部座席に、佐伯蓮と村瀬七海が座っている。


二人とも病棟から出てすぐという顔色ではない。

それでも、目だけは逸らしていなかった。


城ヶ峰が短く言う。

「呼んだのは俺だ」

その一言で、車内の空気が少し締まる。


「白い施設の内部を見ているのは、この二人だ」

「日下部だけでは、あの手の“記憶由来の違和感”は拾いきれない」

城ヶ峰は端末の画面を指先で叩く。

「座標、配線、システムは日下部。

施設の配置感覚、空気、記憶の細部は佐伯と村瀬。

補助に入ってもらう」


佐伯は小さく息を吸った。

「……分かりました」

短い返事。

だが、逃げる気はない。


村瀬も頷く。

「見た場所なら、たぶんまだ思い出せます」

「全部じゃなくても、今なら前より繋がると思います」


日下部が二人を見る。

「助かります」

率直な一言だった。

「図面だけじゃ足りない場所があるんで」


城ヶ峰はそこでようやく本題へ戻る。

「始めるぞ」

「向こうから来る線が安定した。今なら“候補”じゃなく“本命”まで絞れる」


日下部のノートパソコンの画面には、異世界側から来た短い文字列が並んでいた。


《次 どこ》

《現実 目的地》

《父 関連》


日下部が画面を切り替える。

湾岸一帯の地図。

クロスゲート関連施設の配線。

中継管理棟。

旧技術検証棟。

そして、そこからさらに上流へ伸びる線の束。


最後に、ひときわ太い一点で止まる。


「オルタリンクタワー」

日下部が言った。

「ここが本命です」


佐伯が画面を見つめる。

村瀬も、息を浅くしたまま頷く。


城ヶ峰が確認する。

「もう一度、説明しろ」


日下部はタワーの断面図を開いた。

画面の中に、地上から地下までの構造が並ぶ。


「地上低層階は一般利用です。

商業フロア、カフェ、書店、ショールーム。普通の人間が出入りしてる」

「中層階はオフィス区画。

 一般テナントも入ってるし、クロスゲートの表向きの部署もある」

「高層階はクロスゲート本社。広報、企画、役員区画、セキュリティ区画」

一拍置く。

「……でも、本当に重要なのは地下です」


画面が下へスクロールする。

地下フロアの一番深い位置に、円形の構造が表示された。


「地下観測制御層」

「複数の基盤塔と中継線が、最後にここへ集まる」

「中継管理棟や旧技術検証棟は外周の設備。

オルタリンクタワー最深部が中枢です」


木崎が低く言う。

『上は“普通のビル”ってわけか』


「そうです」

日下部が頷く。

「だから厄介なんです。

一般人も、普通の社員も、まだ中にいる可能性がある」

「全部が黒幕の施設じゃない。

日常の顔の下に、中枢が埋まってる」


村瀬が小さく言った。

「……だから、あの白い施設の感じだけじゃなかったんだ」

「上は普通の会社だったんですね」


佐伯が画面の地下構造を見ながら続ける。

「地下へ行くほど、あの“白い冷たさ”に近づく」

「私たちが見たのは、その下の方なんだと思う」


城ヶ峰は短く息を吐く。

「異世界側の対応地点は」


日下部が別窓を開く。

今度は、王都イルダの簡略図。

中央に細く高い塔の印。


「オルタ・スパイア」

「王都では、星位観測と結界補正、それから記録保管の塔として扱われてる」

「表向きは王都の守りの塔。

でも最深部は、オルタリンクタワー地下観測制御層とほぼ座標対応してる可能性が高い」


木崎が回線越しに短く笑った。

『上は人のいるタワー、向こうは王都の守りの塔。

……カシウスらしいな。どっちも“秩序の顔”だ』


城ヶ峰は頷いた。

「向こうへ送る」


日下部が入力する。

言葉は短く。

だが意味ははっきりと。


――《現実 本命 オルタリンクタワー》

――《上 商業 中層 オフィス 高層 本社》

――《地下最深部 観測制御層》

――《異世界対応 オルタ・スパイア最深部》


送信。

画面が白く跳ねる。

今度は以前より滑らかに送れている感覚があった。


◆ ◆ ◆


【現実世界・湾岸東区/中継管理棟外周】


木崎は雨の中で、まだカメラを構えていた。


若い警官の動線。

規制線。

管理棟の輪郭。

全部を拾っている。


その耳へ、今の送信内容が流れてくる。

オルタリンクタワー。

商業フロア。

オフィス。

本社。

地下最深部。


「……やっぱり、あそこか」


木崎はタワーを思い浮かべる。

目立つ高層ビル。

人がいて、社員がいて、普通に働いて、買い物もできる。

だからこそ、その地下に何があるかなんて誰も疑わない。


『木崎』

城ヶ峰の声が入る。

『先に動線を洗っておけ。タワーのどこが今も“普通”で、どこから“あちら側”に傾いてるか』


「了解」

木崎は短く答える。

「一般人の目線でも、社員の目線でも拾う。

普通の顔をしてる場所ほど怪しい」


それが今のカシウスのやり方だ。

秩序の顔で、人を飲み込む。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・夕方】


サキのスマホが震えた。


《現実 本命 オルタリンクタワー》

《上 商業 中層 オフィス 高層 本社》

《地下最深部 観測制御層》

《異世界対応 オルタ・スパイア最深部》


「……来た」

サキが小さく言う。


ハレルとリオ、ダミエが画面を覗く。

そして教頭も、少し離れた位置からその顔を見た。


「オルタリンクタワー……」

ハレルが低く繰り返す。


日常の中にあるタワー。

人の出入りするビル。

その地下が中枢。

そして、異世界側ではオルタ・スパイア最深部。


「オルタ・スパイアって……」

サキが呟く。


ノノがすぐ答えた。

『王都の観測塔。星位観測、結界補正、記録保管』

『住民にも名前は知られてるけど、最深部は限られた人しか入れない』

『王都を守る塔、っていうのが表向きの顔』


ハレルはそれを聞いて、すぐに思った。

(カシウスはそういう場所ばかり選ぶ)


守るための塔。

働くためのタワー。

どちらも、秩序の顔だ。


リオが傷口を押さえながら言う。

「向こうがタワーなら、こっちは塔ってことか」

「分かりやすいな」


ダミエはレアを閉じ込めたまま、低く言った。

「……分かりやすいけど、嫌な場所」

「いちばん深いところほど、境界が薄い」


その言葉に、ハレルは主鍵を握る。

もう、向かう場所は見えた。


教頭がこちらへ歩み寄る。

「その塔へ行くんだな」


今度はハレルも迷わない。

「行きます」

短く、はっきり言う。


教頭は頷いた。

それから体育館の奥――生徒たちの方を見る。

「ここは守る。だから、君たちは行け」


その一言が重かった。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/西区・夕方】


イデールの班は、まだ雨の中で光を保っていた。


市場通り。

北通り。

宿屋裏。

どこも危ういままだが、通りそのものは生きている。


ノノからの共有が、イデールの耳にも届く。


『オルタ・スパイア最深部が対応地点』

『現実側はオルタリンクタワー地下観測制御層』


イデールは、少しだけ空を見上げた。

雨に濡れる塔の尖りが、遠く王都の中央に見える。


「……やっぱり、あそこなのねえ」


王都にとっては、守りの塔。

でも今は、二つの世界を繋ぐ傷口でもある。


彼女は目を戻し、また住民へ声をかけた。

「ひとりで行かないでえ」

まだ、守ることも終わっていない。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・夕方】


結界の中のレアが、また笑った。

弱っている。

だが、まだ折れてはいない。


「へえ……塔、行くんだ」

掠れた声。

でも、その内容だけははっきりしている。


ハレルの目が細くなる。

「……知ってるのか」


レアは片方の黒い目を細めた。

「少しね」

「でも、行ったらもっと嫌なもの見るよ」


その言葉は、脅しなのか、経験から出たのか。

今は分からない。


リオが短く言う。

「だったら尚更、行くしかない」


サキのスマホの画面には、安定回線の表示がまだ残っている。


《LINK / STABLE》


細い。

でも、切れていない。


雨はまだ止まない。

それでも、進む先は決まった。


オルタリンクタワー最深部。

オルタ・スパイア最深部。

二つの世界の重なった中枢。


奪い返しに行く場所が、ようやく名前を持った。



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