表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第九章 基盤侵蝕編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

141/149

第百四十一話 共鳴

第141話 共鳴



【異世界・転移した学園/体育館・午後】


雨音の中で、レアの白い刃が何度も走った。


一本。

二本。

三本。


「〈光刃・第四級〉――展開」


ダミエの結界が、きしむ。

透明な板が斜めに裂け、床へ青白い数列が散る。

リオが横へ流れ、光壁を重ねても、全部は捌ききれない。


「〈光壁・第二級〉――『弾け』!」

「〈風圧・第二級〉――『逸らせ』!」


白い刃が逸れる。

だが、逸らした先のロッカーが真っ二つになる。

体育館の奥で、まだ逃げ遅れていた生徒が悲鳴を上げる。


「走れ!」

ハレルが叫ぶ。

「先生の声について行って!」


サキも最後尾の生徒の背を押しながら、何度も振り返った。

レアの赤い点が、スマホの画面で濃く脈打っている。

ダミエの結界線は保っている。

でも、余裕はまったくない。


レアは、逃げていく生徒たちを見送ってから、ゆっくりとリオへ視線を戻した。

片方の黒い目の縁から、また細い影が溢れている。


「逃げたね」

声は楽しそうだった。

でも、楽しさの奥に苛立ちがある。


次の瞬間、床を蹴る。

一直線。

以前より速い。

白い光刃を握ったまま、リオの喉元へ踏み込む。


「リオ!」


ハレルの叫びと同時に、ダミエが前へ出る。

「〈層界・第三級〉――『囲う』」


立方の結界がレアの周囲に重なる。

だが、白い刃がそれを内側から裂いた。

刃の軌道に沿って、プログラムの数列まで走る。


リオは受けずに流れた。

片腕を振る。


「〈風圧・第三級〉――『押し返せ』!」


空気の塊が、レアの踏み込みを半歩だけ鈍らせる。

そこへさらに、別の魔術を重ねる。


「〈光矢・第二級〉――『貫け』!」


細い白光が、レアの右目側――影がこぼれる側へ走る。

レアは首をひねって避ける。

頬をかすめた光で、青白い数列が一瞬だけ強く乱れた。


「っ……!」


初めて、レアの顔が大きく歪む。


ダミエがそれを見逃さない。

「右側、弱い」

低い声。

それだけで、リオには十分だった。


「分かってる!」


今度は足元へ魔力を流す。

床に淡い円を一つだけ描く。


「〈封圧・第二級〉――『重くなれ』!」


重さの魔術。

レアの足元の空間が一瞬だけ沈み、動きが鈍る。

そこへダミエの結界線が横から差し込まれる。


「〈封界・第三級〉――『そこに留まれ』」


レアの膝がわずかに止まる。

その隙にリオは、光の鎖ではなく、

今度は足元の影ごと凍らせるような光を撃ち込んだ。


「〈縛光・第二級〉――『絡め取れ』!」


白い帯が、レアの影へ巻きつく。

影そのものを縛るつもりの術だ。


だが、レアは笑った。

「惜しい」


片方の黒い目から溢れた影が、その縛光を逆に侵食する。

拘束は保たない。

次の瞬間、レアの刃がリオの肩口を斜めに裂いた。


「――っ!」


血が飛ぶ。

リオがたたらを踏む。

ダミエの壁が間に合わず、二枚まとめて割れた。


レアは、そこを逃さない。

壊れた余裕のまま、一直線に踏み込む。


「やっぱり、前よりいい顔してる」

「壊しがい、ある」


リオが歯を食いしばる。

もう一度、風圧を撃つ。

だが、間に合わない。


ハレルの胸元の主鍵が、強く熱を持った。


熱い、というより、呼ばれた。

そんな感覚だった。


(今だ)


理屈は分からない。

でも、足が先に動いた。


「リオ!」


ハレルは走った。

ダミエの結界の切れ目を抜け、

レアの刃の間を掠めるようにして、リオの背中へ飛び込む。


「ハレル!?」

リオが振り向く暇もない。


ハレルは、その背中に手を当てた。


次の瞬間――

胸元の主鍵と、リオの腕輪の副鍵が、同時に光った。


白でも青でもない。

両方が重なったような、鋭い発光。


体育館の空気が、一拍だけ止まる。


リオの体の奥へ、何かが流れ込む。

魔力ではない。

もっと“繋がる”感じ。

一本だった術式の回路が、急に複線になるような感覚。


リオの目が見開かれる。

「……これ、は」


レアも止まった。

片方の黒い目が、その光を見て、初めてはっきり警戒した。


「それ……!」


ハレルの手を通して、主鍵の熱が副鍵へ流れる。

リオの腕輪が、今まで見たことのない輝き方をした。


魔術の詠唱が、自然と変わる。

いつもの感覚より深く、広く、遠くまで届く。


リオは、半ば反射でその魔術を撃った。


「〈拘圧・第四級〉――『止まれ』!」


空気そのものが掴みに行く。

風圧でも鎖でもない。

見えない拘束が、レアの全身を正面から圧し潰すようにかかる。


レアの身体中を走っていたプログラムの数列が、一気に強く発光した。


頬。

首筋。

腕。

制服の下。

右目の周囲。

全身の文字列が暴れるように走り回る。


「……っ、あ、あああっ!」


レアが初めて、はっきり苦鳴を上げた。


白い光刃が不規則に明滅する。

右目の黒い側から、影が一気に溢れる。

だが、その影まで数列に巻き込まれて、身体の周囲をぐるぐると走り出した。


「何、これ……やめ……!」


リオは自分でも驚くほど強く、術を維持できていた。

ハレルの手が背にある。

主鍵と副鍵が、まだ繋がっている。


「ダミエ!」


叫ぶより先に、ダミエは動いていた。


「〈層界・第四級〉――『完全封鎖』」


透明な結界が、今度は“箱”ではなく“棺”みたいに閉じる。

上下左右、前後。

何枚も、何枚も重なって、レアの全身を包む。


レアの身体を走る数列が、結界の内側でさらに激しく明滅する。

片方の黒い目から溢れた影が、壁にぶつかって散る。

白い刃も、一枚目、二枚目、三枚目の結界に阻まれ、内側で弾けるだけだ。


「う、ぁ……っ!」


レアは結界の中でもがく。

壊れた笑みはもうない。

身体の中と外を、何かが逆流しているような苦しみ方だった。


ダミエは両手を前に出したまま、低く言う。

「……今」

「押さえるなら、今」


リオは息を切らしながら術を維持し、

ハレルは背中に手を当てたまま、その熱の流れに歯を食いしばっていた。


サキが、少し離れた場所からその光景を見ていた。

スマホの画面では、レアの赤い点の周囲に数列が渦を巻き、

封じ込められた箱の中で激しく明滅している。


教頭も、先生たちも、生徒たちも、声を失っていた。

ただ、レアが“止まった”ことだけは分かる。


雨音だけが、体育館の屋根を叩き続ける。


◆ ◆ ◆


【現実世界・湾岸東区/対策本部車両】


城ヶ峰は、地下中枢から持ち帰った記録を広げていた。

日下部が画面に、湾岸東区旧技術検証棟の表示と、各地の起動点を重ねる。


「これです」

日下部の指が止まる。

「同型の基盤塔に繋がる補助施設。

正式名称は潰れてますけど、位置と配線から見て……中継管理棟」


画面には、湾岸沿いの別施設が表示されていた。

旧技術検証棟より小さい。

だが、輪の外周に伸びる細線が、そこを経由して各起動点へ分岐している。


「アンカーそのものじゃない」

日下部が続ける。

「でも、情報の流れをまとめてる。

ここを止めれば、少なくとも“輪の伝達”は鈍るはずです」


木崎からも回線が入る。

『こっちでも写ってる。

若い警官が現れてた地点、全部このラインの近くを使ってる。

人の流れだけじゃなく、情報の流れもまとめてんだろ』


城ヶ峰は短く頷いた。

「まず一つ、止めるならそこだ」

「中継管理棟。そこを押さえる」


日下部がさらに画面を切り替える。

「もうひとつ。

中継管理棟を止めれば、“補助層”側との通信雑音が減る可能性があります」

「まだ推測ですけど、向こうへの情報送信が安定するかもしれない」


城ヶ峰は、地図上の中継管理棟を見つめた。

「次はここだ」

短い言葉。

だが、初めて“壊すべき場所”が、明確な形になった。


木崎が低く言う。

『匠の言ってた“順番”にも合う。

いきなり杭を抜くんじゃなく、先に流れを鈍らせる』


「そういうことだ」

城ヶ峰が返す。

「準備を始める。突入班を組む」


車内の空気が、守るだけのものから、

奪い返しに行く側のものへ変わり始めていた。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/西区・夕方前】


イデールの班は、まだ街の光を繋いでいた。


雨は弱まらない。

猫影も、人型の影も、暗がりへ寄ってくる。

縛られた兵士の中で、サロゲートの片鱗もまだ死んでいない。


だが、今はそれでも保っている。

通りごとに灯りを残し、住民をひとりにしない。

そのやり方だけで、街はまだ崩れきっていない。


イデールは小さく息を吐いた。

「……長いわねえ」


それでも、手は止めなかった。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・午後】


結界の中で、レアはまだ苦しんでいた。

全身を走る数列が強く明滅し、右目の黒い影が結界の内側を叩く。

だが、ダミエの封鎖は崩れない。


ハレルは、ようやくリオの背中から手を離した。

主鍵の熱がまだ残っている。

リオの腕輪の副鍵も、淡く光を引いていた。


リオが振り返る。

驚きと、理解しきれない興奮が混ざった顔。


「今の……」

「分からない」

ハレルは正直に言う。

「でも、繋がった」


サキが、スマホの画面を見ながら息を呑む。

レアの赤い点は、まだ消えていない。

だが、その周囲の乱れた数列が、

さっきよりもはっきり“箱”の中へ閉じ込められている。


ダミエが低く言った。

「……止めた」

その声は、少しだけ息が上がっていた。

一人では無理だった。

だが今は、止まっている。


ハレルは、結界の中のレアを見た。

そして、自分の胸元の主鍵と、リオの腕輪を見た。


主鍵。

副鍵。

順番。

道。


さっきの一瞬で、それらがただの言葉ではなく、

“使えるもの”に変わり始めたのが分かった。


雨はまだ止まない。

でも、こちらも止まってはいなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ