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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第九章 基盤侵蝕編

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第百三十七話 爆裂の流儀

第137話 爆裂の流儀



【異世界・転移した駅周辺/ホーム中央】


雨音の奥で、ヴェルニとサロゲートの間だけ空気が尖っていた。


壊れた支柱にもたれたサロゲートの胸板には、

ヴェルニの爆裂魔術で入った亀裂がまだ赤く光っている。

半導体みたいな板の継ぎ目から、

黒い液体と青白い文字列が混ざって垂れ、床に落ちるたび小さく弾けた。


サロゲートはカイトの顔で笑った。

だが、その笑みは前より歪んでいる。

黒目の奥で、いくつもの声が重なり合っていた。


「雑だなあ」

「でも好きだよ、そういうの」

「壊れてる方が、実験結果がよく出るしね」


ヴェルニは肩を鳴らした。

紺色の髪から水滴が落ちる。

端正な顔立ちなのに、今はどこか獰猛だった。


「うるせえな」

「お前みたいな趣味の悪いやつは、

 派手に吹き飛ばすのが一番気持ちいいんだよ」


サロゲートが首を傾ける。

「じゃあ、先にもらうね」


その瞬間、胸の砕けた板の奥から、青白い文字列が一気に走った。

ホームの床に、歪んだ円陣が展開する。


ヴェルニの足元だ。


「〈火環・擬似展開〉――『囲って、燃やす』」


雨の中なのに、赤い炎が円になって立ち上がった。

ただの火柱じゃない。

細い文字列を巻き込んだ炎の檻が、ヴェルニを一気に包む。


「――ッ!?」


次の瞬間、爆ぜるように熱が膨らんだ。

風を奪われる。

視界が真っ赤に染まる。


「ぐあぁぁぁぁぁっ!!」


ヴェルニの身体が爆圧で吹き飛んだ。

ホームの床を二度三度跳ね、支柱の手前でようやく止まる。

雨で濡れた石床に、焦げた線が走る。


駅員たちが悲鳴を上げた。

「!?」

「ヴェルニさん!」


サロゲートが、子どもみたいに嬉しそうに笑う。

「ほら、そういう顔になるよね」

「強いやつが焼けるの、分かりやすくて好きだなあ」


炎の輪の中で、ヴェルニは膝をついたまま動かない。

肩が上下し、苦しそうに息を吐いている。


「……が、っ……くそ……」

絞り出すような声。

「熱っ……てぇ……」


サロゲートが一歩、また一歩と近づく。

黒い目の奥で、いくつもの声がざわつく。


「ねえ、立てる?」

「無理かな」

「でも、もう少し遊べるかな」


その時だった。


炎の中でうつむいていたヴェルニの口元が、にやりと上がった。


「――なんてな」


「……え?」


サロゲートの声が、一瞬だけ揃わなくなる。


次の瞬間、ヴェルニが立ち上がった。

肩に燃え移っていた炎を、片手で雑に払う。

まるで鬱陶しい雨粒でも払うみたいに。


「熱いのは熱いけどよ」

ヴェルニは首を鳴らし、焦げた外套を見下ろして笑った。

「その程度で終わるなら、“爆裂魔術隊長”なんてやってねえんだよ」


足元で、薄く風が渦を巻いている。

炎に包まれた瞬間から、ずっと。

表面だけ焼かせて、内側の熱を風で逃がしていたのだ。


サロゲートの黒い目が、初めてはっきり細くなる。


ヴェルニは、今度こそ本当に前へ出た。

「お返しだ、代用品」


サロゲートが首を傾ける。

「じゃあ、やってみなよ」


その瞬間、駅の外壁側で結界が大きく軋んだ。



【異世界・転移した駅周辺/正面外壁側】


巨大狼影が、再び光壁へ体当たりした。

正面の膜がしなる。

その横から猪影が牙を突き立て、

さらに馬とも牛ともつかない四足影が雨の中を回り込もうとする。


リオが前へ出て、鎖の魔術を撃つ。

「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」


二重の光鎖が、猪影の脚と首へ巻きついた。

影は止まる。

だが、そのまま自重で前へ押し込んでくる。

普通の獣なら、もう崩れる重さだ。

それでも影は進む。


「ちっ……!」


同行していた治療班の術師が、息を乱しながら光を重ねる。

「〈光癒・第二級〉――『灯れ、祓いの光』!」


白い光が猪影の胸へ当たる。

黒い煤がじゅっと縮む。

ようやく、前脚が半歩だけ止まった。


その横でアデルが剣を振るう。

「〈光刃・第三級〉――『裂け』!」


白い刃が、狼影の肩口を大きく裂いた。

裂け目から青白い文字列が噴き出し、雨に打たれて消えていく。

だが、数が多い。

正面を押し返しても、右が来る。左が来る。


リオが舌打ちし、短く聞いた。

「アデル、ヴェルニ一人で大丈夫なのか!?」


雨音の中でも、その問いははっきり届いた。


アデルは正面の獣影を睨んだまま、淡々と答える。

「大丈夫だ」

剣を返し、次の影を押し返しながら続ける。

「本当なら拘束して色々聞きたいが、ヴェルニにはまあそれは無理だろうがな」


リオが一瞬だけ目を見開く。

アデルの声音には、迷いがなかった。

心配する必要がないことを、実力で知っている声だった。


「……一人で倒すってことかよ」

「そういうことだ」


短いやり取りの直後、外壁の裂け目から狼影がさらに一体飛び込んできた。

会話はそこで終わる。


「リオ、左!」

「分かってる!」


二人はまた獣の群れへ意識を切り替えた。




【異世界・転移した駅周辺/ホーム中央】


ヴェルニは、サロゲートの前から一歩も引かなかった。


後ろでは駅員たちが必死に人をホーム中央へ寄せている。

アデルとリオが正面の結界を支えている。

つまり、ここを長引かせる余裕はない。


サロゲートが片手を上げる。

胸の板の亀裂から流れ出た黒が、その腕に沿って細い刃の形を作る。


「ボクたち、前より“混ざりやすい”って言ったよね」

「つまり、壊れた部分も繋ぎやすいんだ」


黒い刃が、雨を切って飛ぶ。

ヴェルニは横へ流れるように避けた。

刃は支柱を斜めに裂き、鉄骨に青白い文字列を残す。


「〈風圧・第三級〉――『押し潰せ』!」


ヴェルニの掌から、目に見えない圧が前へ走る。

サロゲートの身体が半歩よろめく。

その隙にヴェルニはもう次の詠唱へ入っている。


「〈炎牙・第三級〉――『喰い破れ』!」


炎が獣の牙みたいに弧を描いて噛みついた。

サロゲートの肩と胸板の亀裂へ、正確に叩き込まれる。

爆ぜる。

焼けた臭いと、金属が焦げるような音。


サロゲートは後ろへ飛んだ。

だが着地する前に、ヴェルニは笑った。


「逃がさねえよ」


足元の魔法陣が、雨に濡れた床へ一瞬だけ広がる。


「〈烈風・第四級〉――『巻き上げろ』!」


竜巻ほどではない。

だが、人一人を十分に持ち上げる風圧がサロゲートの身体を横から攫う。

カイトの体が宙へ浮く。

不安定な板の亀裂がさらに広がる。


そこへヴェルニは両手を重ねた。

炎と風。

二つの系統が、掌の前で球状に噛み合っていく。

圧縮。圧縮。さらに圧縮。


ホームの空気が熱を持つ。


サロゲートの黒い目が、初めて警戒した。

「……それ、嫌だな」


ヴェルニの口元が上がる。

「知るか」


「〈爆裂・第五級〉――『砕け散れ』!」


次の瞬間、世界が白くなった。


風が先に来る。

遅れて、炎がその中心で爆ぜる。

ただ燃えるだけではない。

風が逃げ道を潰し、炎が中から砕く。

ヴェルニが最も得意とする“混成爆裂”の本気だった。


サロゲートの胸板が、真正面から砕けた。

半導体みたいな板が粉々になり、青白い文字列が雨の中へ吹き飛ぶ。

カイトの身体が爆圧に巻かれ、ホーム中央を横切って駅の柱へ激突した。


鈍い音。


一拍遅れて、黒いものがそこから噴き出した。

煤。文字列。声。

人の中に無理やり詰め込まれていた“寄せ集め”が、一気に外へ引きずり出される。


「待って」

「やだ」

「痛い」

「壊れる」

「ボクたちまだ――」


声が重なる。

その奥で、一瞬だけ、たった一つの若い男の声が漏れた。


「……アデル、隊長……」


ヴェルニの顔から笑みが消える。

だが、ためらいはしない。


「もう終わりだ」


残った黒を逃がさないよう、さらに掌を向ける。


「〈炎環・第三級〉――『囲め』!」


炎の輪が、柱の周囲をぐるりと囲む。

逃げようとした煤が輪へ触れ、縮んで弾ける。

そこへ、雨と戦いながら外壁側から回ってきた治療班の術師が光を重ねた。


「〈光癒・第二級〉――『灯れ、祓いの光』!」

「〈光癒・第二級〉――『灯れ』!」


白い光と炎。

二つが同時に当たり、黒い煤は苦鳴みたいなノイズを上げる。

青白い文字列がばらばらに崩れ、最後にはただの黒い灰みたいなものになって床へ散った。


動かない。

もう、動かない。


ヴェルニはしばらくその場を見下ろし、それからようやく息を吐いた。


「……やっぱ拘束とか無理だったな」




【異世界・転移した駅周辺/正面外壁側】


ホーム中央から響いた爆裂音に、リオが反射で振り向きかける。

だがアデルが鋭く言った。


「前を見ろ!」


その声と同時に、狼影が結界の裂け目から飛び込んできた。

リオは踏み込み、鎖を飛ばす。


「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」


狼影の喉へ巻きついた鎖を、そのまま横へ引く。

同行術師の光が重なり、獣影の輪郭が崩れる。

アデルの光刃が、その崩れた箇所を正確に断ち切った。


黒い獣が、文字列の霧になって散る。


その直後、もう一体の猪影が飛び込む。

だが、アデルはもうホーム中央を一瞥していた。


サロゲートの姿がない。

砕けた黒だけが残っている。


「……終わったな」

アデルが低く言う。


リオもそれを悟り、短く息を吐く。

「本当に一人でやったのかよ」


アデルはそれに答えない。

今はまだ獣影がいる。

だが、その沈黙自体が答えだった。




【異世界・転移した駅周辺/ホーム中央】


人々は、何が起きたのか完全には理解できていなかった。


爆発。

火。

光。

黒い人影の崩壊。

その全部が一瞬に重なって、現実味がない。


駅員が震える声で言う。

「……終わった、んですか」


ヴェルニは肩の力を抜き、焦げた床を見た。

そこには、黒い灰みたいなものが薄く残っているだけだ。


「一応な」


そう答えた直後、雨に濡れた灰の一部が、ほんのわずかに動いた。

ヴェルニの目が細くなる。


ほんの爪先ほど。

煤の筋みたいな細さ。

それが、駅の排水溝の縁へすっと逃げようとする。


「……まだ残ってやがる」


ヴェルニが炎を飛ばそうとした、その瞬間。

外壁側から獣影の咆哮が響く。

アデルとリオの方がまだ崩れきっていない。


ヴェルニは舌打ちした。

今ここで追えば、ホーム中央の守りが薄くなる。


「ちっ……!」


逃げた煤の筋は、そのまま排水溝の暗がりへ消えた。

本当に小さい。

だが、ゼロではない。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/西区・夕方前】


雨はイルダにも重く降っていた。


市場通りの石畳に白い光が散り、

イデールの班は、まだ街の明るい筋を保とうとしている。

猫影も人型も増え、兵士の定着体もまた一体出た。

守るだけで精一杯の空気だ。


その中で、路地裏の建物の陰。

縛られて運ばれていた“黒眼の兵士”の指先が、ほんのわずかに動いた。


目は閉じている。

体も沈んだままだ。

だが、首元の影が一瞬だけ濃くなる。


まるで遠くの何かに応じたみたいに。


青白い文字列が、濡れた鎧の縁を一瞬だけ走った。

すぐ消える。

だが、消えたあとも、兵士の口元だけがわずかに歪んでいた。


遠くの駅で、サロゲートが砕かれたその瞬間。

残っていた“片鱗”が、別の場所で目を開け始めていた。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・午後】


ノノの報告が、ハレルたちのところへ飛んできた。


『駅側、サロゲート反応消失』

『でも、完全消滅かはまだ分からない』

『イルダの兵士反応が少しだけ動いた。……嫌な連動の仕方してる』


ハレルは胸元の主鍵を握る。

サキもスマホを見下ろした。

輪の地図の上で、駅の反応は少し弱まった。

だが、イルダ側の一点が逆に濃くなっている。


「……繋がってる」

サキが小さく言う。

「消えたんじゃなくて、どこかに残ってる」


ダミエが短く頷いた。

「……片鱗」

「小さくても、残ると面倒」


体育館の窓の外では、まだ雨が降っている。

空は暗い。

床の縫い目は保っている。

だが、外側で何かが動くたびに、そこもかすかに冷えた。


ハレルは低く言った。

「次は、完全に潰さないと駄目だ」


その言葉は、誰に向けたものでもなかった。

でも、雨音の中で、はっきり残った。


◆ ◆ ◆


【現実世界・都内/路上】


木崎は、巨大影を撮った写真を確認しながら走っていた。


雨。

黒い四足。

避難誘導の警官。

銀髪に写る顔。

全部が同じ街の中にある。


そこへ、城ヶ峰から短い連絡が入る。


――《駅側で敵個体の一つを破壊した反応あり。ただし完全消失未確認》


木崎の眉が寄る。

「向こうもやってるか」


すぐに別の写真が届く。

湾岸の白い施設。

起動中の別杭。

基盤塔。

順番を間違えるなという現実側の警告。


木崎は息を吐く暇もなく、またカメラを上げた。

記録を止めたら、負ける。

そんな感覚だけが確かだった。


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