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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第二章 砂の迷宮

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第十三話 データの死者

 朝のニュースが、居間の空気を凍らせていた。

 「――続いての報道です。国家データベースにおいて、**九名の市民が“死亡登録”**されていたことが判明しました。

  しかし、遺体はいずれも見つかっておらず、警察はシステム障害や情報改竄の可能性も視野に――」


 ハレルは、コーヒーを持ったままテレビの前で立ち尽くした。

 “死亡登録”という言葉が、耳の奥にこびりつく。

 (死んでいないのに、データでは“死者”として処理されている……?)


 隣のソファで、サキがスマホをいじりながらつぶやいた。

 「これ、“クロスワールド・ゲート”のせいじゃないの?

 昨日もまとめサイトで言ってた。

  ダウンロードした人が行方不明になってるって。」


 ハレルは眉をひそめた。

 「……その話、どこで見た?」

 「SNS。クロスゲート・テクノロジーズって会社が作ったやつ。

  プレイ中に“光が走った”って話がいくつも……」


 ハレルは無言で妹のスマホを取り、画面を閉じた。

 「お前は絶対に触るな。いいな。」

 「え、なんで?」

 「説明しても信じない。……ただ、これは普通のアプリじゃない。」


 サキが不安そうに彼を見つめる。

 ハレルはゆっくりと息を吐き、自分の端末を取り出した。

 アイコンを削除する。画面が一瞬、ノイズのように明滅した。


 サキが小さく叫ぶ。

 「お兄ちゃん、今、音した!」

 「……バイブの誤作動だ。」

 そう言いながら、胸元のネックレスを握る。

 冷たい金属が、微かに熱を帯びていた。


 テレビの音声が続く。

 「死亡登録が確認された九名のうち、三名の端末から“同一アプリ”の通信が直前に記録されていました――」


 ハレルの脳裏に、記録庁の地下で見た映像が蘇る。

 カシウス、改竄官、そして父が追っていた“クロスゲート社”。

 (父さんは、もうその仕組みに気づいていたのか……?)


 キッチンの時計が、こつこつ時を打つ。


 こっちに戻ってから、ちょうど三週間が経っていた。

 そのあいだ、ハレルも涼も、無理やり“普通の生活”に戻った。

 学校に行き、ノートを開き、授業を受ける。

 けれど、どれも上の空だった。

 涼は授業が終わるとすぐに帰り、毎日何度も校舎の屋上で空を見ていた。


 ハレルは、休み時間に涼、木崎とメッセージをやりとりし、放課後は駅前の喫茶店で短い情報交換を繰り返した。


 そして――昨日。

 境界のゆらぎが突然大きくなり、空気が水のように揺れた。

 ハレルと涼のあいだに、セラの声のような響きが、かすかに割り込んできた。


 《……聞こえる? 砂の底で――》

 その直後、涼の腕輪が強く光り、彼は表情ひとつ変えずに立ち上がった。

 「――行く」

 それきり、消息が途絶えた。


 今日のニュースは、その“翌日”のものだ。


 テーブルの上で、スマホが震えた。 差出人:木崎。

 『速報だ。テレビが言わなかった部分――“死亡登録”九名のうち、三名の遺体が今朝になって自宅で見つかった。  表向きは詳細不明。だが、裏取りした。三名とも首筋に“痣”。

  それと、衣服に微量の砂が付いていた。普通の砂じゃない。粒の形が“H”型みたいに歪んでる。』


 ハレルは、思わずネックレスを握りしめた。

 (砂――アメ=レアという砂の遺跡があるのを涼から以前聞いたことがあるが、 境界の向こうの砂が、こっちへ?)


 「お兄ちゃん、顔色悪いよ。」

 サキの声に、ハレルは小さく笑ってみせる。

 「大丈夫。ちょっと、木崎さんのところに行ってくる。」

 「わたしも行く。」

 「……ダメだ。」

 「なんで?」

 「危ないかもしれないから。」

 サキはむっとして腕を組んだ。「じゃあ、連絡は絶対切らないで。」


 靴ひもを結びながら、ハレルは観測鍵――カメラ付きのネックレスを確かめた。

 この三週間、彼は“撮る”ことを意識していた。

 部屋の窓、学校の廊下、駅の改札。

 ほんの小さな違和感でも、写真として残す。

 「観測」――見たものを“確かめる”こと。

 それが、セラから教わった最低限のルールだった。


 玄関に向かう途中、ふいに画面が明滅した。

 黒い背景に、薄い文字が走る。


 《GATE…SYNC…_resume》


 (……まただ) 電源を落としても、消えない“気配”。

 ネックレスの中で、青い光と砂色の粒が合わさって、微かに脈動している。


 外に出ると、空は薄い雲に覆われていた。

 冷たい風が頬を撫でる。

 (涼……今、どこにいる)

 昨日の、あの真剣な横顔が焼き付いて離れない。

 “姉さんを、必ず見つける”

 あの目に嘘はなかった。


 ***


 駅前の喫茶店。

 木のテーブルに、古いノートと録音機。

 木崎はブラックを一口飲んで、まっすぐに言った。

 「三名。首筋に同じ“痣”。色は薄い紫。形は半月をかたち崩したみたいなマーク。

  それと、襟もとと袖口に砂。顕微鏡で見ると、普通の砂と違う。角が立ってる。」


 「……アメ=レアの砂に似てる、かもしれません。」

 ハレルはネックレスを軽く握る。

 木崎はうなずき、少し間をおいてから言った。


 「涼くんから、あれからいろいろ聞かせてもらった。

  “砂の迷宮”とか、“記録の底にある街”とか……正直、信じがたい話だが、

  あいつの目は真剣だった。だから、できる限り調べてみた。」

 「調べて……何か分かりましたか?」

 「専門家に聞いたらな。砂粒の角の数や、面の比率が特定のパターンに偏ってる。

  自然の風で丸くなった砂じゃ、まず出ない偏り方だそうだ。

  つまり“人の手”か、別の環境でできた粒だ。」


 ハレルは息を呑む。

 (別の環境――異世界。やはり、境界がこちらに漏れている)


 木崎は、声のトーンを落とした。

 「ニュースの“死亡登録”九名のうち、遺体が見つかった三名は**“失踪届”が出ていた**。


  残り六名は、届け出なし。……つまり、まだ行方不明だ。」


 「……データでは“死者”なのに、遺体は見つかってない六人。」

 「そうだ。しかも全員、スマホに同じアプリの通信履歴が残ってた。

  ――“クロスワールド・ゲート”。」


 店の窓に、白い雲が映る。

 ハレルは、ゆっくり言葉を選んだ。

 「もし“ゲームがきっかけ”で境界が開いているなら、

  プレイ中のある条件で“転移の合図”が走るのかもしれません。」


 「合図?」

 「例えば、“同期シンク”。スマホの画面に、青白い光と英字……GATE SYNC。

  それが出たとき、僕のネックレスも反応するんです。」


 木崎は短く目を細めた。

 「――それ、写真に撮ってあるか?」

 ハレルはうなずき、端末を開いて撮影ログを見せた。

 画面の中央に、かすれた英字列。

 《GATE SYNC》の文字が、薄く、でも確かに残っている。

 「念のため、時刻・位置情報も残してあります。ネックレスのカメラで。」

 「そうか……。」木崎は深くうなずく。「それなら、“次の入口”を探せるかもしれん。」


 席を立とうとしたとき、ハレルの胸の奥がコトリと鳴った。

 青い光。砂のきらめき。

 ――遠くで、誰かが呼んでいる。


 《ハレル》


 (……セラ?)

 ほんの一瞬だが、確かに“声”を感じた。


 木崎がネクタイを緩める。

 「ハレル。涼くん――昨日、抜けたんだろ?」


 「……はい。」


 「向こうに行ったなら、砂の迷宮(アメ=レア)に向かうはずだ。

  “痣”の件も、砂の件も、全部つながる。」

 「カシウスが、動いている……」

 「おそらくな。敵はそのカシウスって奴だ。」木崎の目が冷たく光る。

 「ただし、名前は出すな。今はまだ“証拠不足”だ。」


 ハレルは首を縦に振った。

 (証拠。見たことを、確かめる。写真に、記録に、残す)

 ネックレスの重みが、心を真っ直ぐにする。


 店を出ると、風のにおいが変わっていた。

 甘いような、乾いたような、砂の匂い。

 空の色が、ほんの少し、薄く滲む。

 (境界の揺れが、また大きくなっている)


 そのとき、スマホに短い通知が届いた。

 差出人:不明 本文:《死者は二度、名前を失う。――記録と、存在で。》


 ハレルは立ち止まった。

 (誰だ……? カシウスか、それとも――)

 胸のネックレスが、カチリと音を鳴らす。

 砂色の粒が、ひとつだけ光った。


 ――涼。

 (姉さんを、必ず見つけよう)


 ハレルはまっすぐ前を見た。

 足音が、街の雑踏に溶けていく。


 "データの“死者”と、見つからない遺体。

 そして、首すじの痣と、微量の砂。

 それらは一本の線になって、砂の迷路の奥へ奥へと続いていた。

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