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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第八章 混濁転移世界

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第百二十九話 秩序の顔

第129話 秩序の顔


◆ ◆ ◆


【現実世界・駅前転移現場周辺/規制線外】


朝の騒ぎは、昼に近づくほど広がっていた。


駅前だったはずの場所は、森と崖に変わっている。

規制線の向こうでは、警官、消防、自治体職員が人を逃がし、

怒鳴り、転んだ人を起こし、泣く子どもを抱えていた。


木崎はその少し外から、カメラを構えていた。

息は荒い。けれど止まらない。

止まったら、今この瞬間が“誰にも見えないまま消える”気がする。


その時、すぐ近くで女子高生の声が上がった。


「え……なにこれ」


スマホを持ったまま、足を止めている。

制服姿。逃げる途中だったのか、バッグの口が半分開いている。


木崎は反射でそちらを見る。


女子高生は、震える声で友達に言った。

「いま、あの警官さん撮ったの」

「でも……画面、おかしい」


木崎の視線が、その先へ滑る。

避難誘導をしている若い警官。

端正な顔立ち。ごく普通の、真面目そうな警官に見える。


だが、女子高生のスマホ画面の中では違った。


映っているのは――銀髪。

長い髪。

冷たい目。

“若い警官”の制服を着ていても、中身の輪郭だけが別のものとして写っている。


木崎の背筋が冷えた。


(記録を見ろ)


匠の声が、頭の中でそのまま蘇る。


「……その写真、見せて」


木崎が低く言うと、女子高生がびくっと肩を震わせた。

でも、木崎の名刺とカメラを見て、完全には逃げない。

混乱の中でも、“ちゃんとした大人”っぽさを求めている顔だった。


「わ、私、何もしてなくて……」

「分かってる。写真だけ見せて」


木崎はできるだけ静かに言った。


女子高生が差し出した画面を、木崎は覗き込む。

間違いない。

警官の立ち姿なのに、顔と髪だけが“別の男”として写っている。


しかもそれは――前に送られてきた画像の男。

カシウスだ。


木崎の喉が、ひりついた。


「……もう一枚、撮れるか」

女子高生が戸惑う。

「え?」

「今の警官。もう一回」


震える手で、女子高生が再びカメラを向ける。

警官は相変わらず、避難する親子に優しく声をかけている。


「大丈夫ですよ。こっちです」

その声は普通だ。

現場で一番いてほしい“優しい警官”の声。


シャッター音。

画面を確認する。


――また銀髪だった。


木崎はすぐに自分のスマホを取り出した。

城ヶ峰へ通話。

繋がるのが早い。


「木崎だ」

『城ヶ峰だ』


「当たりだ。匠の言ってた“記録”ってこれだ」

木崎は息を押し殺しながら言う。

「女子高生のスマホ写真に、

 避難誘導してる若い警官が……銀髪長髪の男として写ってる」

『……画像を送れ』


「今送る」


写真を転送する。

通話の向こうで、数秒だけ無音になる。


『……一致した』

城ヶ峰の声が低く沈む。

『前に送られてきた“首謀者”の画像と顔が合う』


木崎は周囲を見た。

現場はまだ“普通の避難”を続けている。

誰も気づいていない。

秩序の顔をした異物が、もう真ん中にいる。


「どうする」

木崎が聞く。


城ヶ峰はすぐ答えた。

『公表はしない。今は混乱が増えるだけだ』

『だが、選んだ相手には回す。“記録に写る顔を優先しろ”と』


それは、もう“警察内部の異常”を前提にした指示だった。


木崎は短く息を吐いた。

「……最悪だな」

『ああ』

城ヶ峰が返す。

『秩序の顔で入ってきた』


◆ ◆ ◆


【現実世界・臨時指揮車両/車内】


城ヶ峰は受け取った画像を、日下部のノートパソコンの横に表示した。

若い警官の姿に重なって、銀髪の男が写っている。


日下部の顔から血の気が引く。

「……写真だけ、なんですか」

「目で見ると普通の警官に見える」

城ヶ峰は頷く。

「少なくとも今は、そうだ」


日下部が画面を見つめたまま呟く。

「……観測のズレ」

「見る者の認識と、記録されたものが違う」

「カシウスのやり方、そのものです」


城ヶ峰はすぐに限定回線を開き、選別した警察関係者と現場責任者へ共有を飛ばす。

短く、必要なことだけ。


――「偽装の可能性あり。記録媒体(写真・静止画)の顔認識を優先」

――「現場で“正しすぎる誘導”をする者に注意」

――「光で影は退避。だが人間のふりをした者は別」


送信を終えた瞬間、日下部の地図ソフトが激しく点滅した。


「……っ」


画面の円。

学園跡地を中心とした輪の外周。

そこに、新しい点が一気に複数灯る。


駅。

病院の外周道路。

商業施設跡。

行政庁舎の近辺。

住宅地の端。


どれも、“人を流す場所”“秩序を使う場所”ばかりだった。


「増えた……」

日下部の声が掠れる。

「一段、増えた」


城ヶ峰は画面を睨み、短く言った。

「局所的異常のままでは終わらせない、ってことか」


輪の外周が、静かに広がっていく。

爆発じゃない。

だからこそ怖い。

気づいた時には、日常の顔の中に入り込んでいる。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・昼】


体育館では、先生たちが“明るい場所に集める”手順を覚え始めていた。

ライトを集め、窓際のカーテンを開け、暗い隅をつくらない。


生徒たちはまだ怖がっている。

でも、ただ怯えるだけではなく、先生の指示に従って動けるようになってきた。


その時、イヤーカフ越しにノノの声が飛んだ。


『ハレル、サキ、聞いて』

『現実側の点、増えた。輪の外周で一段広がってる』

『駅だけじゃない。行政、病院、道路……“人を流す場所”に増えてる』


ハレルの胃がまた重くなる。

現実側が、悪化した。


『しかも、写真にだけ別の顔で写る人間が出た』

ハレルが息を止める。

「……カシウス?」

『たぶん。ほぼ確定』


その一言で、体育館の光が一段冷えたように感じた。


サキがスマホを握りしめる。

「じゃあ……警察の中に、もう……」

『混ざってる可能性が高い』

ノノははっきり言った。

『本物の中に紛れてる、だから見分けが一番厄介』


ハレルは目を閉じた。

ただの怪物じゃない。

秩序の顔で入り込む。

人を誘導する側に立つ。

それは、今までよりずっと怖い。


近くで、ダミエが低く言った。

「……モンスターを倒せば終わる段階じゃない」

フードの奥の目は、体育館の中ではなく、もっと遠くを見ているようだった。


教頭が生徒たちの方を見ながら、小さく息を吐く。

「……何を信じるか、か」


ハレルはその言葉に頷ききれなかった。

“信じる”より先に、“守る”がある。


体育館の中で、子どもがまた小さく泣き出した。

先生が背中をさする。

その手は、まだ人間の手だ。


ハレルはその光景を見て、胸元の主鍵を握った。


(父さんを見つけないと)

(カシウスを止めないと)

(戻る方法を、掴まないと)


どれか一つじゃ足りない。

全部いる。




◆ ◆ ◆


【異世界・転移した駅周辺/ホーム】


駅では、リオたちがまだ持ちこたえていた。


光の当たる場所へ人を寄せ、暗い柱の陰を空け、

“普通の声で近づいてくる何か”を見張り続ける。


だが、森の外では、もっと大きい影が動いていた。

狼とも熊とも言い切れない、巨大な影。

さらにその後ろで、馬や牛に近い輪郭、もっと歪な四足の何かまで揺れている。


ヴェルニが目を細める。

「……数、増えてきたな」

リオが短く言う。

「しかもでかい」

同行の術師が、唇を噛んだ。

「光だけじゃ、全部は……」


アデルの声が通信で飛ぶ。

『駅班、無理に外へ出るな。中を守れ』

『光を切らすな。今は“助け切る”じゃない。“崩さない”が先』


リオはホームの人々を見る。

学生、サラリーマン、駅員。

皆、朝なのに夜みたいな顔をしている。


「……分かった」

そう答えるしかない。


◆ ◆ ◆


【現実世界・駅前転移現場周辺】


女子高生のスマホ画面に映る、銀髪の男。

避難誘導を続ける“若い警官”。

その二つの像が、木崎の頭の中で重なっていた。


警官は、まだ親切に人を逃がしている。

誰も疑わない。

疑えない。

今いちばん必要な顔をしているからだ。


木崎はカメラを握り直した。

そして、今度は“人を助ける顔”ばかりを撮った。

警官。消防。自治体。避難する人。

その中に、どれだけ異物が混ざっているかを暴くために。


(秩序の顔で来るなら)

(こっちは記録で剥がす)


その覚悟が固まった瞬間――

遠くで、また何かが崩れる音がした。


新しい転移点。

新しい影。

新しい混乱。


局所的だったはずの異常が、もう一段だけ大きくなる。


木崎は走り出した。

カメラを胸に抱えて。

この世界の“記録”を奪い返すために。


◆ ◆ ◆


学園。

駅。

王都。

湾岸。

駅前。

病院。

行政の導線。


世界はまだ完全には壊れていない。

だが、壊し方を知っている者が、もう中にいる。


そしてその顔は、秩序そのものに見える。


混濁転移世界は、ここから本当の顔を見せ始めた。




第八章 混濁転移世界編――了


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