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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第八章 混濁転移世界

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第百二十六話 光を嫌うもの

第126話 光を嫌うもの


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・朝】


朝日が、体育館の高い窓から斜めに差し込んだ。

床の木目が薄く光る。毛布の山に、細い金色の線が落ちる。


眠れた子も、眠れなかった子も、同じ顔で朝を迎えていた。

目が腫れている子。乾いて赤い子。

先生たちは声を枯らしながら点呼を取り直し、

水の順番を作り直し、トイレの列を整える。


――そして、誰もが避けて通る場所がある。


体育館の床に残った、薄い円。

光は弱くなったのに、輪郭だけが消えない。そこだけ空気が冷たい。

“立入禁止”のガムテープが、円を囲んでいた。


サキは遠巻きに円を見つめ、スマホの残量を見下ろす。

数字は戻らない。戻る気配もない。


「……あと何回」

声が小さすぎて、自分の喉に吸われた。


ハレルが横に立つ。

「……考えよう。減らさない使い方」

言いながら、胃の奥が痛む。

そんな使い方があるのか、分からないのに。


体育館の入口の方で、金属の靴音がした。

兵士が二人、誰かを連れてくる。


大きすぎる制服。フード。目だけが覗く。

ダミエ=モノグラムだった。


「……ここ」

低い声が落ちた。

ダミエは円の前でしゃがみ、ガムテープの外側に指先だけを伸ばした。

触れない。触れないのに、何かを感じ取るように目を細める。


アデルが近づく。

「塞げる?」


ダミエは少し黙ってから、短く頷いた。

「……塞ぐ。完全じゃない。応急」

そして、珍しく少しだけ長く喋る。

「穴は、膜の“縫い目”が裂けた状態。放置すると、影が覚える」


ハレルが息を呑む。

「覚える……?」


ダミエは目だけで円を見た。

「通りやすい場所になる。繰り返すと、もっと裂ける」


サキがスマホを握り直す。

手のひらが汗で濡れている。


ダミエは片手を床にかざし、低く詠唱した。

「〈縫界・第二級〉――『膜を縫う』」


淡い光の糸が、床に落ちた。

糸は円の輪郭に沿って走り、ぐるりと一周して、最後にきゅっと結ばれる。

その瞬間、円の冷気が一段だけ弱まる。


消えはしない。

でも、“口”が閉じたみたいに、吸い上げる感じが減る。


「……これで、少しは」

ハレルが言うと、ダミエは首を振った。


「穴が残った事実は消えない」

「だから……増やさないほうがいい」


アデルが短く頷く。

「分かった。使うのは最後」


サキはスマホの画面を見下ろし、そっと言った。

「……今の、ちょっとだけ楽になった気がする」

ダミエは反応しない。

でも目だけが一瞬、サキのスマホに向いた。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/校舎・渡り廊下】


朝の光で、校舎の廊下は少しだけ現実に近い色を取り戻していた。

だけど窓の外は森だ。

校庭の向こうに揺れる葉の密度が、ここが“違う場所”だと静かに言っている。


ハレル、サキ、アデル、リオ、ヴェルニが集まっていた。

セラの声は薄い。今は気配だけ。


イヤーカフが鳴り、ノノの声が飛ぶ。

『ダミエ、学園着いた?』

「着いた」

ダミエが短く返す。


『よかった。イルダ側は一旦落ち着いてるけど、駅の転移地点が増えてる』

『こっちにも現実の人が取り残されてるっぽい。人数、そこそこいる』


ハレルの胸が詰まる。

駅。現実側でも崖になったと言っていた場所。

“こっち”でも同じように起きている。


リオが低く言った。

「……助けに行けるのか」

ノノが少し間を置く。

『今すぐは無理。でも放置も無理。影が入り始めたら一気に崩れる』


アデルが視線を上げた。

「班を分ける」

「学園は守る。駅側は、まず状況の確認と避難線の整理」

「……生徒を抱えたまま、ここを動かすのは危険。

 だから“外側”を先に安定させる」


ヴェルニが肩を回す。

「俺、駅側行く。動ける方が向いてる」

「一人では行かない」

アデルが即答する。


ヴェルニは口を尖らせかけて、すぐ肩をすくめた。

「分かってるって。二人連れてく」


ハレルは唇を噛む。

(駅に取り残された人たち)

(現実の人間が、異世界で朝を迎えてる)

想像するだけで胃が痛い。


その時、セラの声が薄く触れた。


《……“光”を覚えてください》


ハレルが小さく息を止める。

「光?」


《影は、強い光を嫌います》

《朝日。強い照明。……同じです》


言葉が短い。

でも、必要な情報だけが刺さる。


アデルが目を細めた。

「……確かなのか」

セラは静かに答える。

《向こう側で、そういう反応がありました》

《影は、光を避けました》


リオの目が少しだけ開く。

「……弱点、か」

ヴェルニが鼻で笑う。

「なら話が早い。燃やす前に照らす」


ハレルはすぐに頭を回す。

体育館の穴、駅のガラス屋根、校舎の窓――

光を使える場所がある。

魔術だけじゃない。朝日の方が、よほど分かりやすい。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した駅周辺/駅舎・朝】


駅のガラス屋根から、朝日が落ちていた。

ホームの白線が薄く光る。ベンチの影が伸びる。


夜を駅の中で過ごした人たちは、朝になっても安心できなかった。

外へ出れば森と崖。線路の先が途切れている。

それでも、朝日が差したことで、わずかに呼吸が戻る。


駅員が声を張る。

「外に出ないでください! 駅の中にいてください!」

「水が必要な人、こっち! コンビニの在庫を確認します!」


コンビニの店員が震えながらシャッターを少し開け、飲み物を配り始める。

車掌の男が、誰かの肩を支える。

学生がスマホを掲げて電波を探し、諦めて座り込む。


その時、柱の影で“誰か”が立っているのが見えた。

スーツの男。

通勤帰りみたいな顔。


男がぽつりと言う。

「……今日、寒くないですか」


近くの女性が、引きつった笑みで頷きかけ――止まる。

朝日が柱の陰を少しずつ削っていく。

光が男の足元に触れた瞬間、男の輪郭が一拍だけ縮んだ。


煤が、逃げるみたいに影へ引っ込む。


誰かが息を呑んだ。

「……今、消えた?」

「いや、柱の影に……」


駅員が咄嗟に叫ぶ。

「みなさん! 柱の陰に近づかないで! 光の当たる場所に集まって!」


理由を言わなくても、体が動く。

人は、怖いものから離れる。

そして光に寄る。


影は、駅の陰で静かに息を潜めた。

朝日が強い間は、出てこない――そう言うみたいに。


◆ ◆ ◆


【現実世界・湾岸エリア/クロスゲート関係地・サーバールーム・朝】


窓の板を剥がして入れた朝日が、床の円を白く照らしていた。

青白い文字列が、光の中で少しだけ薄くなる。


部屋の中心の巨大サーバーは、まだ動いている。

低いファンの音。規則的なランプ。

古い残骸の中で、そこだけ“今”が生きている。


城ヶ峰は隊員のライトを円に当てさせながら、距離を取って観察していた。

銃を下ろす。撃っても意味がない。

音だけが人を壊す。


日下部が唇を噛む。

「……朝日、効いてます。影、出てこない」

「でもサーバーは止まらない」


城ヶ峰は目だけを動かし、部屋の隅のパソコンを見る。

触るな――影はそう言った。

触った瞬間、何かが確定する。何かに“繋がる”。


「写真」

城ヶ峰が短く言う。

「触らずに撮る。配置、配線、円の文字列、全部」


隊員が頷き、撮影を始める。

フラッシュの光が白い部屋を一瞬だけ強くする。

そのたびに、床の文字列が薄く揺れた。


(連動してる)

(円が、サーバーを守ってる)

日下部の眉が寄る。


城ヶ峰はすぐにスマホを取り出し、木崎と現場関係の警察へ共有を投げた。

――「黒い影、朝日と強光で退避。サーバー稼働。円陣と連動。触らず記録中」


送信を終えると、城ヶ峰は低く言った。

「学園側にも伝わるなら、価値がある」

日下部が頷く。

「……セラ経由で、木崎さんから届くかもしれません」


城ヶ峰はその名を知らない。

知る必要があるのは今は“弱点”だけだ。


「光だ」

城ヶ峰は言った。

「影は光を嫌う。――少なくとも、嫌がる反応を見せた」


日下部が画面を見つめ、ひとつだけ呟く。

「……太陽って、強いんだな」


その言葉が、やけに現実だった。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・朝】


朝日が体育館の床に広がる。

穴の周りの冷気が、少しだけ薄くなる。


サキのスマホが震えた。

通知。短い一回。


《光を当てろ》

《影は光を嫌う》

《穴は増やすな》


短い文。

でも、今の状況にぴったりの指示。


サキがハレルに見せる。

ハレルは息を吸い、吐いた。


「……繋がってる」

「父さんか、セラか、木崎さんか――分からないけど」

「でも、使える」


アデルが近づき、窓の外の朝日を見た。

「光を使って守る」

「魔術だけじゃない。朝日も、武器になる」


リオがマスクの奥で小さく笑う。

「……ようやく、分かりやすい弱点が出たな」


ヴェルニが肩を鳴らした。

「俺の出番が減るのは悔しいけどな」


サキが小さく言った。

「……でも、光なら……みんな分かる」

中学生でも。先生でも。生徒でも。


ハレルは体育館の天井を見上げた。

朝日が落ちている。

守りの輪が、少しだけ固くなる気がした。


それでも――床の穴は消えない。

消えないまま、次の一手を待っている。


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