表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第八章 混濁転移世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

124/134

第百二十四話 残量

第124話「残量」


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・早朝前】


体育館の空気が少しだけ冷たくなる時間帯。

夜が終わる前の、いちばん弱い時間。

泣き疲れて眠る子の呼吸だけが、妙に大きく聞こえる。


床に残った“円”は、まだ消えていなかった。

先生がガムテープで線を引き、体育館の一角を立入禁止にしている。

それでも、そこだけ空気が違う。

冷たい。薄い。吸われる感じがある。


サキはスマホを握りしめ、残量表示を見つめていた。

数字が少ない。

さっきから何度見ても、増えない。


「……充電できないのかな」

サキが小さく言った。


ハレルが息を吐く。

「現実ならコンセントあるのに」

体育館の壁を見回す。

非常用のコンセントはある。けれど停電している。

学園の電気が死んでいる以上、刺しても意味がない。


近くで聞いていた先生が、気まずそうに言った。

「発電機なら……部活用の備品倉庫に小さいのがあるかもしれない」

「でも……動くかどうか」

「ガソリンも……」


教頭が首を振る。

「今は探す人員を割けない。外は危険だ。倉庫へ行くだけでも危ない」

現実的な判断だ。

生徒を守る側の人間の判断。


サキは唇を噛む。

「……じゃあ、私のスマホ、減る一方?」

声が震えている。怖さじゃない。責任の重さで。


ハレルはサキの肩に手を置いた。

「減るのが悪いってわけじゃない。守れたから減った」

「でも……次がある。だから考えよう」


「考える」

その言葉を、ハレル自身が自分に言い聞かせる。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館裏・器具庫前】


アデル、リオ、ヴェルニ、そしてハレルとサキが集まっていた。

セラは姿を見せず、声だけが薄く混じる。

ノノの声はイヤーカフ越しに届く。


「スマホの充電」

アデルが端的に言った。

「できるか」


リオが首を振る。

「こっちの世界に“電気”はあるけど、同じ規格じゃない」

「水晶板の端末と似てるところもあるが、スマホは別物だ」


ヴェルニが肩をすくめる。

「俺の火で温めても増えねえだろ」

「それはやめて」

サキが即答した。

言い方が可笑しくて、ヴェルニが一瞬だけ笑いそうになり、すぐ真顔に戻る。


ノノの声が入る。

『たぶん、普通の方法じゃ無理』

『でも“鍵”が絡むなら別。

 スマホが鍵みたいに扱われてるなら、

 充電も“資源”じゃなくて“権限”で動いてる可能性ある』


ハレルが眉を寄せる。

「権限……?」

『うん。電池が減るのは、端末の電力っていうより、境界へ払ってる“代償”に近い』

『だから増やすには、逆にどこかから“返してもらう”必要がある』


「返してもらうって……どこから」

ハレルが言うと、セラの声が静かに重なる。


《回路です》

《こちらの世界の魔術回路ではなく、“プログラム層”の回路》

《あなたの父が使った円と、同じ種類の》


ハレルの喉が鳴る。

父。

また父の影が出てくる。


《ただし――試せば、また穴が増えます》

セラの声が少しだけ沈む。

《代償を減らす方法は……まだ見えません》


アデルが即決しないのは珍しい。

だが今は即決できない。

使えば守れる。使えば削れる。

そのジレンマが、円の形をして床に残っている。


リオが言った。

「つまり、スマホは“回復アイテム”じゃない」

「使うほど減る。戻す手段は、まだ不明。――だから使う回数を絞る」


サキが小さく頷く。

「……はい」

分かっている。

分かっている顔が、余計に痛い。


ヴェルニが腕を組んだまま言う。

「なら、穴を塞げるやつが先だろ。ダミエ」

「呼んでる」

アデルが短く返す。

「イルダの守りが落ち着いたら学園へ回す」


ノノの声が速く返ってくる。

『今、ダミエ動かしてる。イルダの穴を最低限塞いだら、学園に向かわせる』

『ただ、学園以外にも転移場所が増えてる。人手が足りない』


その一言で、空気が少し重くなる。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/職員室】


教頭と担任たちは、夜明け前の簡易会議をしていた。

生徒の体調。食料と水。トイレの誘導。

そして――外の危険。


ハレルがそこへ入る。

先生たちの顔が一斉に向く。

「雲賀くん、何か分かったか」


ハレルは一拍だけ迷い、でも言った。

「……ここ以外にも、転移した場所がある可能性が高いです」


教頭の眉が寄る。

「学園以外に?」


「現実側でも転移が増えてるって聞きました」

ハレルは噛み砕いて説明する。

「駅の周辺とか、街の一部とか」

「もし、そこも異世界に飛んでるなら

 ――向こうにも、現実の人が取り残されてるかもしれない」


職員室が静まる。

先生たちが同時に想像する。

自分たちだけじゃない。

他にも“突然消えた人たち”がいる。


担任が掠れた声で言った。

「……助けに行けるのか」


ハレルはすぐに首を振る。

「今は無理です。俺たちも守りで手一杯」

「でも、考えないといけない。ここだけ守っても、外で増えたら意味がない」


教頭が目を伏せる。

それでも、次の瞬間には顔を上げた。

「分かった。まずはここを崩さない」

「その上で、情報を集める。外の兵士の人たちと連携して」


“情報”。

現実を知らないまま、守り続けるのは無理だ。

だから昨夜、真実を言葉にした。

その続きが、今朝に来ている。


◆ ◆ ◆


【現実世界・湾岸エリア/クロスゲート関係地・外周道路】


夜明け前の湾岸は、風が冷たい。

潮の匂いに混じって、ガラスを削ったような乾いた匂いがする。

“白い粉”の匂い。日下部が言っていたやつだ。


臨時指揮車両が止まり、城ヶ峰と日下部、数名の隊員が降りた。

周囲は倉庫とフェンス。無人のはずなのに、空気だけがざわついている。


日下部はノートパソコンを抱え、地図ソフトを立ち上げた。

画面の点が、ここで濃くなる。

輪の縁。

そして、輪の縁の上に――小さな円印がひとつ灯る。


「……ここも、円が出る」

日下部の声が掠れる。

「学園側と同じ種類の“痕”。

 ……向こうが何か使ったか、こっちで何か起きるか」


城ヶ峰はフェンス越しに建物を見る。

窓がない。換気口だけが並んでいる。

元データセンターの外観に近い。


「クロスゲートの“残り香”だな」

城ヶ峰が低く言った。

「使ってない施設のはずなのに、息をしている」


隊員がライトを照らす。

白い粉が舞い、光の中でちらついた。


その時、城ヶ峰のスマホが震えた。

木崎からの着信。


『今、近い。そっちは?』

「湾岸。関係地だ。合流点を送ったはずだ」

『見えてる。……ひとつ言っとく。

 現場、一般の警官も自治体も入ってきてる。混ざるぞ』

「分かってる」


木崎が一拍置いて、声を落とした。

『さっき、OL型が一体消えた。痕が残った。日下部の“円”と同じ形だ』

「……確定か」

城ヶ峰の声が硬くなる。

『ああ。便利なもんほど痕を残すって言ってたろ。こっちでも残ってる』


通話が切れる。


日下部が画面を指でなぞる。

「……輪の縁が、また揺れてます」

「向こう(学園側)が使ったのか、こっちがこれから使わされるのか――」


城ヶ峰は即決した。

「入る」

「今この場所を押さえる。中に“次の中心”があるかもしれない」


隊員が頷き、装備を整える。

銃を構える手つきが固い。

相手が“撃って止まるもの”じゃないと、全員が知り始めている。


日下部が唇を噛む。

「……佐伯と村瀬から、追加の情報も来るはずです」

「クロスゲートの“白い施設”の記憶。場所の匂い」

城ヶ峰は頷く。

「使えるものは全部使う」


フェンスの向こうで、金属が小さく鳴った。

風のせいにしては、音が低すぎる。

――誰かが、中から触ったみたいな音。


全員が止まる。

ライトが一点に集まる。


城ヶ峰は小さく指を立てた。黙れ、の合図。

そして低く言う。


「……来るかもしれん」


夜明け前の湾岸で、クロスゲートの関係地が“息をする”音がした。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・円の前】


サキは立入禁止の線の外から、床の円を見つめていた。

光は薄い。

でも、消えない。


「……これ、残ってる」

サキが言う。

「消したはずなのに」


ハレルが頷く。

「穴が残ったんだと思う。……塞がないといけない」


サキのスマホが、掌の中で小さく震えた。

通知はない。

ただ、画面の隅に小さな表示が出る。


《残量:低》

《穴:未処理》


サキは息を呑む。

「……穴、未処理って……書いてある」

ハレルの背中が冷える。

“アプリ”が状況を判断している。

誰が作ったのか。

誰が見ているのか。


セラの声が、耳の奥に薄く触れた。


《だから急いでください》

《混濁は、穴を覚えます》


ハレルは円から目を離し、体育館の奥――眠る生徒たちを見る。

守るべきものがここにある。

でも、世界はここだけじゃない。


守り方を間違えたら、全部が飲まれる。


ハレルは息を吸って、吐いた。

胃の痛みは消えない。

でも、動かなければもっと痛くなる。


「……まずは、穴を塞ぐ」

「それから、外の転移地点の情報を集める」

「……そして、現実へ戻る道を探す」


サキが小さく頷いた。

「うん」


夜明け前の体育館で、円だけが薄く光り続けている。

消えない光が、次の戦いの“入口”みたいだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ