表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第八章 混濁転移世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

120/133

第百二十話 言葉にしてしまう



【異世界・転移した学園/職員室】


職員室の蛍光灯は点いていない。

代わりに、窓の外から入る森の暗い緑と、

廊下に置かれた魔術灯の淡い光が机の角を照らしていた。


教頭、担任、学年主任、保健の先生、体育教師。

皆、顔色が薄い。けれど目は起きている。生徒を預かった大人の目だ。


その前に、ハレルは立った。

隣にサキ。背後にアデル。

少し離れてリオ――マスクのまま、壁際に寄っている。

ヴェルニは窓際で腕を組み、

外の警戒の気配を残しながら聞く姿勢だけは崩さない。


ハレルは、息を吸った。

言葉にした瞬間、戻れない。

でも、もう戻る場所がない。


「……最初に、“今どうすれば助かるか”から言います」


先生たちの視線が集まる。

体育教師がごくりと喉を鳴らした。


「外は危険です。森には、獣が出ます。黒い影みたいなものも出ます」

「だから――勝手に外に出ない。窓を開けない。

 入口に人を集中させない。これだけは徹底してください」


教頭が頷く。すでに同じ判断に辿り着いている顔だ。

「……それは、分かった。問題は……ここがどこなのか、だ」


ハレルは短く頷き返す。


「ここは、現実じゃないです」

言い切った瞬間、職員室の空気が一拍止まる。

誰も否定できない。窓の外の森が、否定を許さない。


「“異世界”です」

「王都イルダっていう街がある世界。

 ……俺が言っても信じにくいと思います。でも、そこに行ったことがある」


先生の一人が掠れた声で言った。

「君が……? どうして……」


ハレルはすぐには答えない。

順番だ。


「原因は、スマホのアプリ……“クロスワールド”です」

「もともとはゲームとして広まった。でも、裏で危険な実験に使われてた」


教頭の眉が寄る。

「実験……?」


「会社が関わってます。クロスゲート・テクノロジーズ」

その名前を出しただけで、何人かの先生の表情が変わる。

ニュースで見たことがある。噂で聞いたことがある。

“ゲーム企業”という顔の裏を、うっすら嗅いだことがある。


「俺は、その件で……巻き込まれてきた」

ハレルは言い切り、胸元を押さえた。

ネックレス。主鍵。

だがここで「観測鍵」と言い切るほど、まだ先生たちの頭の棚が追いついていない。


「この首のものは、俺が“境界”っていうものに反応できる理由のひとつです」

「だから俺は、ここの状況が普通じゃないって、分かる。……分かってしまう」


サキが小さく言った。

「私も……巻き込まれてます。スマホに、変な地図アプリが入ってて……」

先生たちがざわつく。

保健の先生が震える声で問う。

「そのアプリで、助かるの?」


ハレルが先に答える。分かりやすく、短く。


「助かることもある」

「でも、代償がある。使うたびに“穴”が残る。スマホの充電も減る」

「だから、最後の手段です」


職員室に、重い沈黙が落ちた。

“助け”があるのに、簡単には使えない。

その現実が、いまの世界の形に似ている。


教頭が言った。

「……兵士の人たちは? 彼らは、君の味方なのか」


アデルが一歩前へ出た。

白い外套の裾が揺れる。


「私は王国警備局のアデル。ここを守るために来た」

声は端的で、揺れない。

先生たちの背骨になる種類の声だった。


「学園の中は、あなたたちが守る」

「外は、私たちが守る」

「ただし、敵が“人のふり”をして入ることがある。そこだけは覚えて」


先生の顔が青くなる。

体育教師が口を開ける。

「人のふり……? 生徒の……?」


「そう」

アデルは頷いた。

「だから、点呼は何度でも。

 見知らぬ顔、見慣れない行動、少しでも変なら私たちへ」


教頭がゆっくり頷く。

そして――ずっと気にしていたことを、ようやく口にした。


「……君の後ろの彼は」

目線が、リオへ向く。

「顔を隠している。生徒の混乱を避けたいのか」


リオの肩が少しだけ上がる。

逃げたいわけじゃない。

ただ、言葉にするなら、今が一番“ややこしい”。


ハレルが一歩前へ出た。

「……ここからは、先生たちにだけ」

「生徒全員に言うかは、明日の様子を見て決めたい」


教頭が頷く。

「分かった。ここにいる者だけで止める」


ハレルはリオを見た。

リオはほんの少しだけ頷く。


「……彼は、俺の同級生です」

「現実側の人間。でも、いまはこっちの世界で戦ってる」

「名前は――

  一ノ瀬涼」


職員室の誰かが、息を呑んだ。

先生なら名簿で聞いたことがある名前だ。

それでも、今ここで“鎧の兵士たちと一緒にいる”現実が結びつかない。


リオは低く言った。

「面倒なら、名前は広めなくていい。今は守るのが先です」


言い方はぶっきらぼう。

でも、逃げない声だった。


教頭が唇を噛んで頷く。

「……分かった。まずは今夜を越える」


ハレルは息を吐く。

言葉にした。

その瞬間、職員室の空気が少しだけ“動いた”。

恐怖は消えない。

でも、動ける形になる。


――その時。

窓の外で、風が鳴った。

森の闇が一段濃くなる。


ハレルの胸元で、主鍵が一度だけ熱を持った。

短い、合図みたいな鼓動。


(……まだ終わらない)


◆ ◆ ◆


【現実世界・臨時指揮車両/車内】


車内のモニターは、赤点で埋まり始めていた。

転移地点。黒い影の反応。薄い膜の揺れ。

日下部のノートパソコンの地図ソフトが、それらを“点”で並べている。


日下部は目を細め、地図を拡大しては戻し、指先で円を描いた。

何度も。確認するみたいに。


「……円だ」


城ヶ峰が顔だけ向ける。

「何が」


日下部は、喉の奥を鳴らして言った。

「転移地点が……学園跡地を中心にして、円形っぽく並んでます」

「きれいすぎる。偶然なら、もう少し歪む」


モニターに映る点は、確かに“輪”を作っている。

中心――学園跡地は空白だ。

そこが抜けているのが、余計に気持ち悪い。


城ヶ峰の目が細くなる。

「意図がある、ってことか」


「……あると思います」

日下部は唇を噛む。

「輪を作って、その内側だけ膜を薄くする。

それか……“座標を固定する枠”を作ってる」


城ヶ峰は一拍だけ黙って、資料の束に指を置いた。

クロスゲート関連の古い調査。

旧施設。データセンター。関係者リスト。


「クロスゲートも関わっている可能性が高いな」

「“事故”に見せるには、点の並びが綺麗すぎる」


日下部が頷く。

「……あの会社、地図みたいに世界を扱う癖がある」

自分で言って、少しだけ顔をしかめた。

(言葉が出るのも嫌だ)という顔だ。


その時、城ヶ峰のスマホが震えた。

着信表示。知らない番号――ではない。

“病棟”の内線番号が登録されている。


城ヶ峰がすぐに出る。

「城ヶ峰だ」


『……夜分にすみません』

若い男の声。落ち着いている。

落ち着こうとしている声だ。


「……佐伯蓮か」

城ヶ峰は一拍で判断した。

声の記録を聞いている。話し方の癖も、少しだけ把握している。


『はい』

佐伯の声は短い。

『……今、外が騒がしいのが分かります。

ニュースも、病棟の人の会話も。……俺たちも、何かしたい』


電話の向こうで、別の気配がした。

少しだけ早い呼吸。

誰かが隣でスマホを覗き込んでいる。


『村瀬です』

今度は女の声。丁寧で、でも強がりが混ざっている。

『怖いだけで終わるの、嫌なんです。

あの……私たち、助けてもらったので。恩返しがしたい』


城ヶ峰は、すぐ返事をしない。

感情で動く場面じゃない。

でも、切り捨てる声でもない。


「今は危険だ」

城ヶ峰は淡々と言った。

「外の状況は、普通の避難じゃ回らない。

君たちが動けば、守る手が増える。だが――守る側も限界だ」


『分かってます』

佐伯が短く言う。

『でも……俺たち、戻ったのに、まだ“引っ張られる”感じがある』


その一言で、日下部の手が止まった。

城ヶ峰の目も一瞬だけ鋭くなる。

“引っ張られる”。

それは、ただの比喩じゃない。


村瀬が続ける。

『私も……時々、白い廊下の感じがします』

声が一瞬揺れて、でも踏ん張って言い直す。

『夢じゃないやつ。……あれが、今の黒い影と関係あるなら、何か役に立てるかもしれない』


城ヶ峰は短く息を吐く。

「……分かった。今すぐ外に出るな。病棟から動くな」

「だが、こちらから聞き取りをする。状態が安定しているなら、情報は役に立つ」


『はい』

佐伯の返事は短い。

村瀬が小さく言う。

『ありがとうございます』


城ヶ峰が付け足す。

「一つだけ。無理をするな。恩返しは、死んだらできない」


『……分かってます』

佐伯の声が少しだけ柔らかくなる。

『生きて、返します』


通話が切れた。


車内の空気が、一段重くなる。

城ヶ峰はスマホを伏せ、日下部を見る。


「……輪の中心の空白が、ますます嫌になった」

「ええ」

日下部が小さく頷く。

「中心は……“学園”だけじゃない気がします。

“鍵”がいる場所が、中心になる」


城ヶ峰は視線を前へ固定した。

夜の道路。赤色灯。サイレン。

それでも人は動く。


「クロスゲートの残りを洗う」

「そして、この輪の意味を突き止める」

「……偶然ならいいが、偶然じゃないなら――止める対象がいる」


日下部が、地図ソフトの円を見つめた。

画面の輪が、まるで“狙い”みたいに見える。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/職員室】


説明が終わっても、先生たちはすぐには動けなかった。

怖さが消えたわけじゃない。

ただ、“怖さの形”が変わった。


教頭がハレルを見る。

「……明日の朝、生徒にはどこまで話す」


ハレルは一瞬だけ迷った。

でも答えは決まっている。


「最初は、行動の指示だけ」

「ここが異世界で、外は危険で、守ってくれる人がいること。

それを、先生たちの言葉で伝えてほしい」


アデルが頷く。

「それでいい。生徒は“理解”より“安心”が先」


リオはマスクの奥で小さく息を吐いた。

言葉にした分、次の責任が増える。

それでも、逃げない顔をしている。


職員室の外から、体育館の泣き声がまた聞こえた。

夜は、まだ長い。


――そして、学園のどこかで、行方不明の兵士はまだ見つかっていない。

それだけが、言葉にならない棘みたいに残っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ