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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第八章 混濁転移世界

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第百十九話 隠せない夜


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/体育館・深夜】


夜が深くなるほど、体育館の空気は静かになる――はずだった。


けれど今夜は違う。


毛布にくるまっていた女子生徒のひとりが、急にしゃくり上げた。

最初は小さな音だったのに、こらえきれなくなったみたいに、声が大きくなる。


「やだ……帰りたい……お母さんに会いたい……」


その声に引っぱられるように、別の場所でも泣き声が上がる。

我慢していた子たちの不安が、一気に表に出た。


先生たちが慌てて動く。


「大丈夫、大丈夫だから」

「水持ってきて」

「こっち、少しスペース空けて!」


教頭も担任たちも必死だ。

でも、何をどう説明すればいいのか分からない顔をしている。

それでも、生徒の前では崩れないように踏ん張っていた。


体育館の入口近くでは、窓の外の警戒灯みたいな魔術光が、時々白く揺れる。

外で兵士や術師が動いている証拠だ。

それが逆に、生徒たちの好奇心と恐怖を刺激していた。


「外の人たち、何者なの……?」

「映画じゃないよね、これ……」

「さっき剣持ってたよな……」


ハレルは体育館の壁際から、その様子を見ていた。

サキが隣で小さく言う。


「……もう、限界かも」

「うん」


“隠しておく”ことで守れる段階は、もう過ぎている。

そう思わせる夜だった。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/職員室前・廊下】


廊下の灯りは弱い。

非常灯代わりに置かれた魔術灯が、白い床に淡くにじんでいる。


職員室前には、アデル、リオ、ヴェルニ、それからハレルとサキが集まっていた。

セラは姿を薄く保てないのか、今は声だけだ。

耳の奥とスマホのスピーカー、その両方にかすかに触れる。


ヴェルニが腕を組んで、低く言う。

「体育館の空気、やばいな。戦う前の空気じゃなくて、折れる前の空気だ」


「分かってる」

アデルは短く返した。

「でも、何をどこまで話すかを間違えると、今度は別の形で崩れる」


リオはマスクの奥で息を吐く。

視線は体育館のほうへ向いたままだ。


ハレルは迷ったあと、はっきり言った。

「もう隠しておく意味、ないと思う」


みんなの視線が集まる。


ハレルは言葉を選びながら、でも止めずに続けた。

「異世界のこと。ゲームアプリのこと。クロスゲートテクノロジーのこと。

 俺たちが前から巻き込まれてたこと。

 ……リオのことも」


サキが、兄の横で小さく頷く。

「先生たちも、生徒も、何も分からないまま我慢してる。

 分からないから、余計に怖くなってる」


リオの肩がわずかに動いた。

“涼”として知られる可能性の話だ。

ずっと避けてきた部分でもある。


「……俺の顔、見せたら混乱するのは分かってる」

リオは低く言う。

「でも、今のままでも混乱してる」


ヴェルニがちらっとリオを見る。

からかう感じではなく、珍しく真面目な顔だった。

「隠し札ってのは、使う前に場が壊れたら意味ねえしな」


アデルは剣の柄から手を離し、ハレルを見た。

「全部を一度に言うのは危険」

その上で、少し間を置いて続ける。

「でも、“何も言わない”のも、もう危険」


サキのスマホに、白い線みたいな通知が走る。

セラの声が入る。


《……ハレルの判断は、間違っていません》

《ただし、順番が必要です》


「順番?」

ハレルが問う。


《最初に話すのは“今どうすれば助かるか”です》

《次に“ここがどこか”》

《最後に、“なぜあなたたちが知っているのか”》


セラの声は静かだった。

でも、橋渡し役の言葉だった。


《真実は、人を救うこともあります》

《でも、投げ方を間違えると、人を動けなくします》


ハレルは唇を噛む。

分かる。

分かるけど、しんどい。


「……俺たちのことを話したら、先生に怒られるかもしれない」

「そりゃ怒られるだろ」

ヴェルニが即答した。

「今まで黙ってたんだからな」


サキが思わず少し笑いそうになって、でもすぐ顔を戻す。

こんな状況で、少しだけ空気が緩んだ。


アデルが結論を出すように言った。

「まずは先生たちの中枢だけに話す」

「教頭、担任、保健の先生、各学年で落ち着いて動ける人を選ぶ」

「生徒全員への説明は、そのあと。言葉をそろえてから」


リオが頷く。

「その時は、俺も出る」

ハレルがリオを見る。

リオはマスクに手をかけはしない。

でも、逃げない顔をしていた。


「涼のこと、どこまで言うかは相談させてくれ」

「でも、もう“知らない兵士”のままは無理だ」


ハレルは、やっと息を吐いた。

「……分かった」

そして、アデルとリオ、サキ、見えないセラの気配を順に見て言う。

「先生たちに話そう。今夜のうちに」


◆ ◆ ◆


【異世界・王都イルダ/解析室】


ノノ=シュタインは、術式盤の上に散った光点を睨んでいた。

机の端では、増員された分析員が記録結晶を整理している。


イヤーカフ越しの回線に、学園側の相談内容が断片的に流れてきていた。


『……話すなら、先に行動の指示を』

『……順番、大事……』


ノノは小さく呟く。

「うん、それがいい」


隣の分析員が振り向く。

「ノノ隊長、学園周辺の“穴”の残留値、更新できました」

ノノはすぐ画面を覗き込む。

「ありがと。これ、アデルに回して」

「強制退出のあとに残る膜の削れ、やっぱり自然には閉じない」


別の分析員が不安そうに言う。

「ダミエ隊長が塞ぎに回ってる場所、増えてます」

ノノの顔が曇る。

「……足りない」


それでも、声は止めない。

「学園側には“穴を増やしすぎない”って伝える」

「スマホの充電も削れるし、今後の逃げ道にも関わる」


ノノは一瞬だけ目を閉じ、すぐに開く。

「情報、整理する。朝までに説明用の簡易版つくる」

「中学生でも分かる言い方で」


それは自分自身への確認でもあった。


◆ ◆ ◆


【現実世界・都内/駅前跡地・規制線外】


木崎は、人の流れから半歩外れた場所でカメラを構えていた。


駅前だったはずの場所には、巨大な木が立っている。

駅ビルのガラス壁があった高さに、今は崖みたいな岩肌が走っている。

赤色灯、拡声器の声、泣き声、靴音。

現実の街の音に、異物みたいな風の音が混ざる。


その中を、黒い“OL”が歩いていた。


スーツ姿の輪郭。

でも表面は煤みたいにざらつき、肩や髪の端から細かな文字列がこぼれている。

顔は“人の顔をしているつもり”なのに、目の置き方が少しだけずれて見える。


ふらふら歩きながら、近くの避難誘導員に向かって、

やけに普通の声で言った。


「今日、寒くないですか?」


次の瞬間、同じ口で、別の声が混ざる。


「たすけて」

「寒くないですか」

「やめて」

「終電、もうないですよね」


聞いた人間が凍る。

意味の通る世間話と、壊れた救難が交互に出る。


「下がって! 近づくな!」

警官が叫ぶ。

別の警官がテイザー銃を構え、震える手で狙いをつける。


木崎はシャッターを切った。

連写。

黒い影の表面に走る文字列が、写真の中でだけ少し濃く見える気がした。


その場でスマホを取り出し、城ヶ峰へ画像を送る。

短くメッセージも添える。


――「駅前跡地。OL型。会話と救難が混線。人に近づこうとする」


送信後、木崎は小さく歯を食いしばる。

(ハレルたち、向こうでこれ以上のもん見てんのか)


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地周辺/臨時指揮車両内】


車内のモニターに、木崎からの画像が表示された。

城ヶ峰は無言で見つめ、日下部はノートパソコンの画面を操作している。


日下部の地図ソフトには、周辺の黒い影反応と、転移地点の歪みが点で並んでいた。

点は増えている。ゆっくりじゃない。


「……広がってる」

日下部が掠れた声で言う。

「局所じゃない。もう“現象”じゃなくて、運用されてる」


城ヶ峰が眉を寄せる。

「運用、か」


日下部は頷く。

「誰かが意図して流してる。試してる」

その言葉のあと、少しだけ息を詰める。

「学園だけじゃない」


城ヶ峰は木崎への返信を打ちながら言った。

「分かってる」

それから、日下部の画面を見る。

「そっちの地図、更新を続けろ。避難線の組み替えに使う」


一拍置いて、低く付け足す。


「……隠せる段階は、もう過ぎたかもしれんな」


車外では、サイレンがまた鳴った。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/職員室】


職員室には、最低限の先生だけが集められていた。


教頭、担任数名、保健室の先生、体育教師、学年主任。

全員疲れている。

でも目は起きている。

生徒を預かる顔だ。


アデルは入口側に立ち、リオは少し後ろ、ハレルとサキは先生たちの前に立った。

ヴェルニは窓際で警戒しながら、黙って聞いている。

セラの姿はない。声だけが、ハレルたちの側にある。


教頭が先に口を開く。

「……雲賀くん。話があるんだな」

「はい」


ハレルは喉を鳴らす。

怖い。

でも、ここで逃げたら、もう次はない。


「これから話すこと、信じにくいと思います」

「でも、今の状況を考えると、もう隠しておく方が危ないです」


サキが隣に立つ。

震えているのに、目は前を向いている。


リオはマスクの奥で静かに息を吸った。


体育館の遠い泣き声が、かすかにここまで届く。

夜はまだ終わらない。

でも、この夜の中で、隠していたものをひとつずつ言葉にするしかない。


ハレルは、先生たちをまっすぐ見て言った。


「……まず、ここはもう“日本の学校の中”だけじゃありません」


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