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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第八章 混濁転移世界

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第百十五話 欠けた1人



【異世界・転移した学園/正門内・校庭】


門を開けて学園内へ踏み込んだ直後――その空気が、まだ落ち着く前だった。

生徒のざわめきも、先生の指示も、ようやく“形”になり始めたばかり。


兵士のひとりが、アデルの背後から近づいた。

鎧の擦れる音が、やけに大きい。


「隊長。――報告が」

声は低い。慌ててはいない。だが、硬い。


アデルが振り返る。

兵士は息を整え、短く言った。


「門の守りに出していた者が一人、所在が分かりません」

「……いない?」

「はい。交代の確認をした時に数が合いませんでした。さっきまで、ここに」


校庭の空気が、一段冷えた。

獣の唸り声でも、黒い影でもない。

“人が消える”怖さは、別の種類だ。


ヴェルニが眉を上げる。

「勝った直後にそれ? 嫌な話だな」

「余計なこと言わない」

アデルは即座に切る。声は荒くない。それが逆に強い。


リオはマスクの奥で息を吐き、校庭の端――門の近くの地面を見た。

靴跡が乱れている。

兵士のブーツ、先生の靴、生徒の上履き。

どれも同じ“生きた跡”で、消えた者だけが、跡を残さない。


(……影の破片)

昨日から続く嫌な感覚が、喉の奥に引っかかる。


アデルが短く言った。

「……嫌な予感がする」

それ以上は言わない。今ここで“確定”させる言葉は、いらない。


「分かった。捜索を続けろ。二人一組。単独は禁止」

兵士が頷き、すぐに動く。

二人一組の捜索班が、校舎の影と体育館周り、門の内側の通路を押さえに走る。

“探しに行く”というより、“守りの輪を広げる”動きだ。


イヤーカフがちり、と鳴った。


『学園内の兵の点、ひとつ消えた』

ノノの声は速い。落ち着いている。

『消えた場所は門の内側、今いた位置。

 ……周辺の温度が少し落ちてる。薄い感じ』


「薄い?」

リオが小さく返す。


『うん。数字の揺れが一瞬だけ跳ねた。今は戻った。でも、戻ったのが嫌』

『“消えた”のか、“隠れた”のか、判別できない。動きの跡も、途中で切れてる』


アデルが頷く。

「分かった。――捜索は続ける。だが、生徒の避難線は崩さない」


ヴェルニが肩を回す。

「つまり、戻ってくる可能性もあるってことだな」

「……ある」

アデルは短く返した。


戻ってきた時、こちらが乱れていたら。

“次に消える”のが生徒だったら。

その想像を、アデルは飲み込んだまま、表に出さない。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/校庭・体育館前】


体育館の入口は先生たちが固め、生徒の列を崩さないよう必死に誘導している。

泣き声はまだ残っているが、叫び声は少し減った。

“助けが来た”という事実が、ほんのわずかに人を落ち着かせる。


ハレルとサキは、リオの姿を確認した位置から動いていない。

近づけば説明が必要になる。

遠すぎれば守れない。

その中間で、二人は踏ん張っていた。


サキはスマホを握りしめ、画面を見下ろす。

残量は目に見えて減っている。

さっきの円――強制退出。

あれが“切り札”であるほど、簡単に使えないことも分かってしまった。


ハレルが小声で言う。

「……あれ、また使うことになったら」

サキは唇を噛む。

「その時は……使う。けど、残りが……」


怖い、と言わない。

代わりに数字を見る。

中学生らしい現実の握り方だ。


その近くで、先生がアデルに頭を下げ続けている。

「本当に、助けていただいて……」

「今は礼はいらない」

アデルは淡々と言う。

「生徒を集める。窓は開けない。

 扉は勝手に開けない。――守る順番を守って」


先生たちが、ようやく“指示”をもらえた顔になる。

怖さは消えない。

でも、動ける。


そこへ、ヴェルニが割って入る。

生徒の視線が一斉に集まる。

鎧、剣、術――目立つ。目立ちすぎる。


「おいおい、見過ぎ。目が乾くぞ」

軽口だ。けれど、声の出し方が上手い。

泣いていた子が、ほんの少しだけ息を止めるのをやめる。


「……あの人、かっこいい」

小さな声が漏れ、周りが「やめろって」と言いながら、同じ顔をしている。


ヴェルニは聞こえたのか聞こえないふりか、肩をすくめる。

「英雄扱いは慣れてないんだよ。俺は俺で忙しい」


アデルが横から刺す。

「喋る暇があるなら、周囲を見て」

「見てる見てる」

ヴェルニは笑ったまま、空気の匂いを嗅ぐように視線を動かす。

軽い顔の下で、意外とちゃんと“仕事”をしている。


リオは少し離れた場所で、マスクを触り、視線を落としたまま周囲を観察していた。

生徒の目が自分へ向くたび、微妙に位置を変える。

顔を見られたくない。

それ以上に、名前を呼ばれたくない。


(……今は、余計な線を増やしたくない)


ノノの声が、またイヤーカフから落ちる。

『アデル。イルダ側は一旦落ち着いてる。けど、夜が怖い。影の出方が変わってる』

「変わってる?」

『うん。“人のふり”が上手い。……だから、守る側が疲れる』


アデルは短く息を吐いた。

「分かった。今は学園の安定。イルダの報告は続けて」


ノノが「了解」と言う前に、通信の向こうで誰かが走る音がした。

班が増えて、現場も増える。

ノノの声の速度が、それを物語っている。


◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/正門内・捜索線】


捜索班が戻ってくる。

見つからない。

足跡も、途中で薄くなって、消えている。

黒い煤の粒も、見つけたと思ったら、次の瞬間には“そこに無い”。


「……気のせい、か?」

若い兵士が呟き、先輩が低く言う。

「気のせいで片付けるな。だが騒ぐな。守りが崩れる」


アデルは捜索班の報告を聞き、表情を変えない。

変えないまま、剣の柄に指を置く。


「引き続き捜索。だが優先は生徒の隔離。

門の守りは二重。夜間も交代を細かくする」


兵士たちが「はい」と揃えて返す。

声を揃えることで、自分たちの心を揃える。


校舎の影が長く伸び、風が冷たくなっていく。

この世界の“夕方”が近い。


生徒の中には、もう「家に帰る」ことを口にしない子が出始めていた。

言えば崩れるから、言えない。

代わりに、窓の外を見てしまう。

森の暗さを見てしまう。


アデルは一度だけ、門の外の森へ目を向けた。

獣はいない。影も見えない。

それが怖い。


――消えた兵士は、どこへ行ったのか。

分からない。

分からないまま、夜が来る。


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