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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第八章 混濁転移世界

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第百十四話 煤をほどく光



【異世界・転移した学園/外周・正門前】


門の“こちら”は学園の敷地。

門の“向こう”は、湿った土と濃い緑――異世界の森。


その森が、押してくる。


グレイウルフの群れ。

ただ大きいだけじゃない。毛並みの間から、黒い煤みたいな影が滲んでいる。

吠えるたび、口の奥で“別の声”が混ざった。人間の言葉のような、意味のない雑音。


さらに、森の影から――人の形が出た。

背広の肩。細い腕。女性のシルエット。

顔はあるようで、ない。全身が黒い“覆い”でできていて、端々に細い文字列が走る。


「……来たな」

リオが息を吐く。マスクの奥で、喉が乾く。


隣で、アデルが剣を下げたまま門前に立つ。

門を守る兵士たちが、槍と盾を構えて背後に並ぶ。


『聞こえる?』

イヤーカフから、ノノの声。いつもの早さ。必要な情報だけが落ちてくる。


『光系――治癒の系統、影に刺さる。たぶん“燃える”みたいに。』

『攻撃に転用できる。……普通の斬撃だと、影だけ残って、また張り付く』


「治癒、か」

アデルの眉がわずかに動く。得意分野じゃない、と顔に出る。


ヴェルニが肩をすくめた。紺の髪が森の緑に映えて、やけに目立つ。

「治癒? そんな地味なの、俺の担当じゃないだろ。俺は燃やす。吹き飛ばす。終わりだ」

自信満々に言い切って、前に出る。


黒い影の“背広”が、やけに普通の口調で言った。

「今日は寒いですね。――助けを呼びましたか?」


その直後、影の足元が“膨らんだ”。

獣の影と繋がっているみたいに、黒い煤が地面を這い、門へ向けて押し寄せる。


グレイウルフが跳んだ。

結界の膜にぶつかって鈍い音を立て、それでも爪で引っ掻いて裂こうとする。


リオが掌を前へ出す。


「〈捕縛・第三級〉――『鎖よ、絡め』!」


細い光が走り、鎖になって獣の前脚へ巻きつく。

勢いが削がれ、土が跳ねる。だが――黒い影が鎖の上を“滑って”くる。


「……くそ、影だけ動く」


ヴェルニが口角を上げた。嬉しそうに。

「なら、影ごと壊せばいい」


「〈第四階位・風圧〉――『押し返せ』!」


突風が門前を薙いだ。

獣の群れが一斉に体勢を崩し、黒い影の“背広”もよろける。

その隙に、ヴェルニの手のひらが赤く光る。


「〈爆裂・第三級〉――『燃えて、砕けろ』!」


風と炎が重なり、門前の地面が一瞬“昼”になる。

爆ぜる熱。焼けた草の匂い。

獣が悲鳴を上げて転がり、影の一部が千切れた。


――だが、千切れた黒い煤が、また寄る。

文字列が絡み合い、元に戻ろうとする。


「しつこいねえ……!」

ヴェルニが舌打ちする。攻撃は効いている。でも“決め手”じゃない。


アデルが短く息を吐いた。

「……ノノの言うとおりだ。影を“焼く”必要がある」


「アデル、治癒なんて――」

ヴェルニが言いかけて、止まる。アデルの目が真剣だった。


アデルは剣を地面へ向ける。

門前の結界を維持しながら、もう一つの系統に手を伸ばす。


「〈治癒光・第一級〉――『光よ、痛みをほどけ』」


本来なら、傷を塞ぐための光。

それが今は、刃のように鋭い筋になって、黒い影へ落ちた。


ジュッ――と、音がした。

煤が焼ける音。文字列が弾ける音。


影の“背広”が、初めて表情らしきものを歪めた。

「……え? 熱い、って……あれ?」


人間みたいに戸惑った声。

そのギャップが、逆に不気味だった。


門を守っていた兵士が、思わず息を呑む。

「治癒の光で……焼けてる?」


リオも目を見開く。

(治す光が、影を削る……?)


アデルは結界を維持したまま言う。

「相手が“生き物”じゃないなら、治すのは“ほどく”になる」


人影が、もう一度笑うふりをした。

「今日は……寒……」


後方から、治療班の術師たちが駆けてくる。

鎧の隙間から白い光が漏れ、彼らは恐る恐る、でも確信を得た顔で詠唱を重ねた。


「〈治癒光・第二級〉――『灯れ』!」

「〈浄化・第一級〉――『煤を剥がせ』!」


光が重なると、黒い影は“耐えられない”みたいに縮む。

獣の背から煤が剥がれ落ち、グレイウルフの目が一瞬だけ“普通の獣”の色に戻った。


「ギャウッ――!」


獣は反転し、森へ逃げようとする。

だが、ヴェルニの風が逃げ道を塞ぐ。


「逃がさない。――俺の舞台で、勝手に退場するなよ」


爆裂がもう一度走り、獣の群れが散った。

最後に残った黒い“女性の影”が、くぐもった声で世間話を続ける。


「今日、寒くないですか……」

「みんな、帰ったら、何食べます……?」


言葉が途中で途切れる。

治癒光が触れた瞬間、煤がほどけ、文字列が空中でほどけて消えた。


門前に、ようやく“静けさ”が戻る。


兵士たちが盾を下ろし、深く息を吐いた。

先生や生徒が窓から見ていたせいで、ざわめきが門の内側から伝わってくる。


「……勝てた、のか」

誰かの声が震える。


アデルは剣を納め、門へ視線を向けた。

「門を開ける。中の人間を落ち着かせる。――ここで終わりじゃない」


リオが頷く。

マスクの奥で短く言った。

「……中に、ハレルがいる」


◆ ◆ ◆


【現実世界・臨時指揮車両/車内】


車内のモニターには、国内各地の速報が並んでいた。

転移現象。黒い影の目撃。市街地の混乱。

数字の列と地名が、まるで“同じ病気”が世界中に広がっているみたいに点滅している。


日下部のノートパソコンが、また勝手に鳴った。

薄い金属音。


《共有せよ》

《カシウス》

《首謀者》

《現在はこの世界に紛れている》


画像が数枚、続けて表示される。

銀髪。長身。整った顔。人間の輪郭をしているのに、視線だけが冷たい。


日下部が息を呑んだ。

「……これが、カシウス……」


城ヶ峰は一拍だけ画面を見て、次に日下部の手元へ目を落とした。

「……地図ソフト。お前のやつ、あれも来てたな」


言われた瞬間、ノートパソコンの別ウィンドウが勝手に立ち上がる。

白地の地図。座標。薄い光点。

そして――いくつかの点だけが、妙に“濃い”。


城ヶ峰が舌打ちする。

「木崎に聞く。……雲賀匠だろ、これ」


無線じゃない。スマホを取り出し、通話を繋いだ。

呼び出し音。短く切れる。


『……城ヶ峰? どうした』


「木崎。今、お前の同業者の雲賀匠が動いてる可能性が高い。

 お前にも同じメッセージと画像、来てるか」


一拍の間。向こうで風の音と、人のざわめき。

それから木崎が、低く返す。


『来てる。……同じやつだ。画像も。』


「地図ソフトもか?」


『それは分かんねぇ。俺のほうは画像だけだ。

 ……でも、間違いなく匠だろ。こういう“嫌な手癖”、あいつしかいねぇ』


城ヶ峰は短く息を吐く。

「一度会う。地図の件も含めて情報を突き合わせる。場所を送る」


『了解。俺も、そっちに寄る。』


通話が切れる。


日下部の地図画面で、ふいに一つの点が強く明滅した。

その点の上に、薄い“円”が重なる。

狙いを付けたみたいな、丸いマーク。


日下部が思わず声を漏らす。

「……今、円がついた」


城ヶ峰の目が鋭くなる。

「……“近い”ってことか」


【現実世界・都内/繁華街】


木崎は人波の端に立ち、カメラを構えたまま息を整えていた。

さっきの電話の余韻が、まだ耳の奥に残っている。


(匠……お前、どこまで掘ってんだよ)


その時。

横断歩道の向こうを、ふらふら歩く影が見えた。


スーツでも制服でもない。

コートの形だけ、OLっぽい。

なのに輪郭は煤で、表面に細い文字列が走っている。

顔は“それっぽい笑顔”を貼り付けているのに、目が空っぽだ。


「……寒くないですか?」


普通の世間話が、妙に綺麗な声で落ちる。

近くの人がビクッとして、逃げる。

逃げ遅れた誰かに、煤が指みたいに伸びる。


木崎がシャッターを切ろうとした、その瞬間――

城ヶ峰から送られてきた位置共有の通知が、画面の端に出た。


同時に、別の通知。

見慣れない地図のスクリーンショットが一枚。


《円がついた。そこにいるか》


木崎は一瞬だけ目を細め、前を見る。

OL風の黒い影。

そして、スマホ画面の地図。

その座標に、同じように“円”が重なっていた。


「……なるほどな」


木崎はカメラを構え直す。

逃げる人の流れと逆に、半歩だけ前へ出た。


(匠。お前、これを“撃てる”形にする気か)


黒い影が、また笑う。

「今日は、寒いですよね」


その言葉のまま、煤がじわりと濃くなった。



◆ ◆ ◆


【異世界・転移した学園/正門内・校庭】


鉄の門が、ゆっくり開いた。


外の森を見ないようにしていた生徒たちが、逆に“見てしまう”。

門前に立つ鎧の兵士。

光る術式。

地面の焦げ跡。

そして、さっきまで外で吠えていた獣がいないこと。


「……助かった、の?」

「え、あの人たち……本物の兵士……?」

「魔法……いま、光った……」


ざわめきは恐怖だけじゃない。

好奇心が混じる。英雄を見る目が混じる。


先生たちが前に出る。

声は震えているのに、必死に大人の顔を作っていた。


「あなた方は……どちらの、部隊ですか」

「生徒は中に避難させています。負傷者が――」


アデルはきちんと一礼した。

「王都イルダ警備局の部隊です。……説明できない部分が多い。

 ですが、ここは“安全な場所ではない”。今は、生徒の安全を優先します」


その横で、ヴェルニが得意げに手を振った。

「安心しろ。俺はヴェルニ=シュナイダー。――まあ、英雄だと思ってくれていい」


「え、英雄……!」

生徒の数人が目を輝かせる。

先生が「静かに!」と叱るが、抑え切れない。


リオは、少し離れた場所へ下がっていた。

マスクのまま。視線を落とし気味に。

“見られる”ことを避けている。


その視線の先に、走ってくる二人がいた。


ハレルとサキ。

体育館側から、息を切らして――でも無事な顔で。


ハレルが、門前の兵士たちの中にリオを見つける。

一瞬で、顔が変わった。怒りでも恐怖でもない、ほどけるような安堵。


「……来たんだな」


リオは、うなずくしかなかった。

言葉にすると、喉が詰まる。


サキが、スマホを握りしめたままアデルを見上げる。

「……さっき、黒い影を“消す”みたいなことが……私のスマホで……」


アデルの眉がわずかに上がる。

「スマホ?」


ハレルが短く補足する。

「地図みたいなアプリです。黒い影にマークがついてて……押すと、円が出て――」


アデルは一瞬だけ、理解できない顔をした。

でもすぐに切り替える。今は“現象”を握るほうが先だ。


「……分かった。後で詳しく聞く。今は、全員を落ち着かせる」


校庭の空気が、ほんの少しだけ明るくなる。

門の外の恐怖が、一旦退いたからだ。


その時。


兵士のひとりが、アデルの背後から近づいた。

鎧の擦れる音が、妙に大きく聞こえる。


「隊長。――報告が」


アデルが振り返る。

兵士の顔は硬い。さっき勝った直後の顔じゃない。



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