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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第百六話 戻った青


◆ ◆ ◆


【異世界・王都/警備局医療棟・病室】


ユナの指先が、もう一度だけ動いた。

今度は“偶然”じゃない。何かを探すみたいに、空を掴む。


リオはその手を両手で包み込んだ。

震える手が、やっと落ち着く場所を見つけたみたいに。


「姉さん。……ここ。俺、いる」


ユナのまぶたがゆっくり持ち上がる。

薄く開いた視線は最初、天井の白へ吸い込まれて――

それから、少しずつ焦点が降りてきた。


リオの顔。

ハレルの肩。

サキの赤い目。

アデルの剣の柄。


ひとつずつ、“世界の輪郭”をなぞるみたいに。


ユナの唇がかすかに動く。

声は、まだ小さい。


「……りょう……?」


リオが息を吸って、笑って、同時に泣いた。

「うん。……うん。そう。涼」


ユナは眉を寄せた。

まるで、名前は分かるのに、そこへ辿り着く道が欠けているみたいに。


「……ここ、どこ……」


ハレルが一歩近づき、声を低くした。中学生でも分かる言葉に、噛み砕いて。

「王都の医療棟だ。君はずっと、眠ってた。……でも、戻った」


“戻った”の意味がユナに届くまで、一拍遅れた。

ユナは自分の胸元へ視線を落とし、呼吸のリズムを確かめる。

それから、何か思い出そうとして、顔をしかめた。


「……暗いところ……」

「ずっと……水の底みたいで……」

「声が……いっぱ……」


言いかけて、咳き込む。

リオがすぐ背を支え、看護担当の隊員が水を用意する。


サキが泣き笑いのまま言った。

「無理しないで……! いまは、戻ってきたってだけで、十分だから」


ユナは小さく頷いた。

頷き方が、どこかぎこちない。けれど――“生きている”頷きだ。


その足元。

白い床の上で、青白い円がまだ薄く光っていた。

文字列みたいな光が、ゆっくりと走り続けている。


そこから立ち上がったセラが、静かに言う。

「記憶は、欠けているほうが自然です。急に全部戻ると、心が割れてしまう」

「……でも、戻ります。時間と、会話と、触れることで」


アデルがユナを見て、短く頷いた。

「……生存は確定だね」


セラは視線を床へ落とす。

「問題は、こちらです」


ハレルも目を落とす。

あの魔法陣。あの文字列。

サロゲートとレアを飲み込んだ“あれ”と同じ匂い。


「これ、俺たちの味方……なのか?」

ハレルの声が掠れる。


セラは即答しなかった。

一歩だけ距離を取る。触れない。近づきすぎない。――橋渡しの癖。


「“味方”というより……仕組みです」

「誰かが作った仕組み。境界を縫って、必要なものだけを引き抜く」

「そして、同じ文字列が――別の場所でも走っています」


その言葉に、病室の空気が少し冷えた。


サキがスマホを握り直す。

画面は暗いのに、掌だけがじんわり熱い。


「……ねえ」

サキが小さく言う。

「また、来るの?」


セラは答える代わりに、イヤーカフへ視線を向けた。

まるで、その向こうのノノに“聞いて”と言っているみたいに。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都/王都・解析室】


白い紙の上に、細い線が何本も引かれている。

学園の座標。医療棟の座標。門前の結界の範囲。

全部が、わずかに揺れている。


ノノは目の下を指で擦って、イヤーカフへ息を吐いた。

『……増えてる』

『同調の“波”が。王都だけじゃない。もっと外側も、薄くなってる』

『たぶん、カシウス側が……一回で終わらせる気がない』


リオの声が返る。病室側から。

「姉ちゃんは、戻った。……でも、外がうるさい」


ノノは少し間を置いて、言い方を選んだ。

『うん。戻ったの、すごく大きい』

『だから次は、“戻したこと”そのものを狙ってくる可能性がある』

『学園も、医療棟も、今は目立つ』


アデルが低く言う。

「守り方を変える。病室は最小。学園側の混乱もまだ続く」


セラが、病室の円を見たまま小さく言った。

「……世界が、同じ呼吸を始めています」


その言葉が、嫌なほど自然に胸へ落ちる。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/石造建物・白い研究施設】


銃声が止んでも、黒ローブは揺れない。

弾の当たる音が存在しないまま、白い部屋だけが静かに軋む。


城ヶ峰は銃口を下げず、声を抑えて言った。

「……こちらの世界に干渉してるのか」


黒ローブは淡々と返す。

「干渉ではない。“準備”だ」


木崎はカメラを回しながら、唇を噛んだ。

「準備って……さっきからそればっかだな。何を、どこまでやる気だよ」


黒ローブはドーム型カプセル――白いコアへ視線を落とす。

「鍵が増えれば、扉は増える」

「扉が増えれば、人は慣れる」

「慣れれば、抵抗は弱くなる」


日下部が、ノートパソコンを抱えたまま一歩前へ出かけて、止まった。

目が白い床の文字列を追っている。

“引っ張られる”感覚が、また戻ってきている顔だ。


城ヶ峰が肩を押して制した。

「前に出るな」


日下部は悔しそうに唇を噛み、頷いた。

「……分かってる。でも……ここ、同じだ」

「白い廊下と、同じ匂いがする」


その瞬間。

白い床の文字列が、一拍だけ強く光った。


部屋の外、通路側から無線が飛び込む。

『外! 外縁で異常! 森の“濃さ”が増してる!』

『……別地点でも、似た報告が入ってます! 駅前で、路地で、港で――』


城ヶ峰の眉が、ほんの僅かに動く。

“ここだけじゃない”と言われた直後に、現実が追いついてきた。


木崎が、笑いとも息ともつかない音を漏らす。

「……はは。世界規模かよ」


黒ローブは、初めて“嬉しそうでも怒ってもない”声で言った。

「そうだ。もう始まっている」


城ヶ峰は決めるのが早かった。

「撤退する。情報を持ち帰る。外の状況を優先する」

「この部屋は封鎖。監視を付ける。――今は、勝ち負けじゃない」


特殊部隊が隊形を組み直し、後退を始める。

黒ローブは追ってこない。追う必要がないみたいに、ただ立っている。


最後に、木崎がレンズ越しに白いコアを映す。

その白が、妙に“静かすぎる”のが怖かった。


日下部が振り返りざま、床の文字列をもう一度見る。

「……これ、増える。きっと、もっと」


◆ ◆ ◆


【異世界・王都/警備局医療棟・病室】


ユナが、リオの手を弱く握った。

握力は弱い。けれど意志はある。


「……こわい……」

「でも……涼、いる……」


リオは頷いて、涙を拭こうとして、結局拭けないまま笑った。

「いる。ずっといる」


ハレルは主鍵を握り、サキのスマホを見る。

画面は静かなまま。

けれど胸の奥が、落ち着かない。


セラが、病室の扉のほうを見た。

「……次は、ここだけの話ではありません」


アデルが短く言う。

「世界が広がるってことだね」


ノノの声がイヤーカフから飛ぶ。

『うん。……広がってる。もう、止めにくい形で』

『でも、今はひとつだけ言える。ユナが戻ったのは、希望だよ』

『希望があると、戦い方が変わる』


希望。

その言葉が、病室の白い空気に少しだけ色を足した。


けれど同時に――

病室の床の円が、ほんの少しだけ脈打つ。


遠い場所で、白い床が光る。

遠い場所で、森が増える。

遠い場所で、誰かが“扉”を数えている。


ハレルは息を吸った。

胸の奥に、嫌な確信が生まれる。


(これは終わりじゃない)

(始まり方が、変わっただけだ)


ユナがもう一度、かすれた声で言う。

「……あとで……教えて……」

「わたし……暗いところで……何を……」


リオが頷く。

「うん。ゆっくり。少しずつでいい」


セラが、最後に静かに告げた。

「次は――“世界そのもの”が、戦場になります」


その言葉と一緒に、病室の窓の外で、遠い鐘の音が鳴った。

王都の音。

なのに、どこか“別の場所”の音にも聞こえた。


そして、世界は――同時に、ずれ続けた。



第七章 学園異世界転移編―――了


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