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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第百五話 白いコアの部屋

◆ ◆ ◆


【異世界・王都/警備局医療棟・廊下】


戻り損ねの破片――。

門のほうに残った気配が、背中に刺さったまま消えない。


アデルは足を止めず、医療棟の廊下を駆けた。

「病室へ。先に確認する」


リオも走る。マスクの奥の息が熱い。

さっきまで門前の結界を張って、捕縛を押し返して、

破片の行方を気にして――それでも結局、ここへ戻ってきてしまう。


(姉さん……)


扉の前に残した“守り役”の隊員が、振り返って頷いた。

「中、無事です。……でも、空気が少し変わってます」


ハレルとサキも病室の中にいる。

二人の顔が見えた瞬間、リオの胸の奥が少しだけほどけた。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都/警備局医療棟・病室】


ユナは、ベッドの上で変わらず眠っている。

けれど“変わらず”の中に、ほんのわずかな違いがあった。


呼吸が、さっきよりも深い。

胸が上下するたび、空気が生き返っていくみたいに見える。


リオはベッドの横に近づき、ためらってから手を伸ばした。

指先が、ユナの手の甲に触れる。


冷たい――はずなのに。

触れた瞬間、熱が返ってきた。小さな熱。


「……っ」


ユナの指が、ほんの少しだけ動いた。

握り返す、まではいかない。けれど、確かに“反応”だった。


次の瞬間。

ユナのまぶたが、かすかに開く。


ほんの隙間。

そこから覗いた瞳は、まだ焦点が合っていない。遠い。

でも――そこに“戻ろうとしている意思”がある。


ユナの唇が動いた。

音になりかけて、息に混ざる。


「……り……」


リオの喉が鳴った。

呼吸が詰まって、視界が一瞬だけ滲む。


「……姉さん」


言った途端、涙が落ちた。

止めようとしても止まらない。頬を伝って、マスクの端へ吸われていく。


ハレルが息を吐く。

「……よかった」


サキが両手で口を押さえた。目が赤い。

「ほんとに……ほんとに、戻ってきてる……」


アデルは言葉を探して、短く頷いた。

「……今は、それで十分」


束の間。

病室の空気が、急に“硬く”なった。


床の白いタイルの上に、青白い光がにじむ。

細い線。円。重なる記号。

プログラムの文字列みたいな光が、規則正しく走り始めた。


ハレルが反射で一歩前に出る。

「……これ、あの時の――」


サロゲートとレアを飲み込んだ、あの魔法陣。

“全員下がれ”の直後に出た、あの輪。


アデルがすぐに剣を持ち上げる。

リオも涙のまま顔を上げ、構え直す。

サキはユナから手を離さずに、でも身を引いた。


「敵……?」

ハレルの声が掠れる。


違う。

この魔法陣は、敵の匂いじゃない。

でも、安心できる匂いでもない。

橋の匂い。境界の匂い。――“つなぐ”匂い。


光が濃くなり、円の中心が膨らんだ。

水面から何かが浮くみたいに、輪郭がせり上がる。


最初は、髪。

銀灰色の髪が、白い光の中で揺れた。


次に、肩。腕。衣装の裾。

薄い白の衣装に、細い刺繍が走っている。祈りみたいな文様。

けれど宗教の“印”だけは、どこにもない。意図して外した空白。


そして――顔。


青い瞳が開いた瞬間、病室の空気が少しだけ“現実に寄った”。

遠近感が戻り、音が戻る。

息が、ちゃんと肺に入る。


「……セラ」


ハレルが名を落とした。

声が震えたのは、恐怖じゃない。

“戻ってきた”という事実に、身体が追いついていない。


セラはゆっくりと視線を動かし、リオの涙と、ユナの指先の動きを見た。

それから、ハレルの主鍵と、サキのスマホを見て――静かに息を吐く。


「……間に合いましたね」


その言い方は、いつものセラだった。

橋渡しの声。案内役の声。

怖がってる人を前へ運ぶ声。


アデルが低く言う。

「今、何が起きてる?」


セラは答えようとして――

その前に、床の文字列が一瞬だけ乱れた。


まるで“別の場所”でも同じ文字列が走っているみたいに。

遠くのどこかの、白い床。白い扉。

そんな映像が頭の端に刺さる。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/石造建物・内部/深部通路】


進むほどに、施設の匂いが強くなる。

古い石の湿気じゃない。機械の熱。コードの焦げ。薬品の残り香。


太いケーブルが床を這い、壁に刺さり、天井に絡む。

端末の残骸が転がり、樹脂の塊が溶けて固まったまま、何かの形を保っている。


城ヶ峰は銃口を下げない。

木崎はカメラを回しながらも、口が乾いて何度も唾を飲む。

日下部はノートパソコンを抱え、目だけで周囲を追っていた。


そして、通路の先に――異様に綺麗な扉が現れた。


他が崩れているのに、その扉だけは新品みたいに白い。

汚れがない。埃もない。

まるで、ここだけ“今も使われている”みたいだった。


城ヶ峰が合図を出す。

特殊部隊が扉の左右へ付き、無音で頷く。


――開く。


白い光が、ふわりと漏れた。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/石造建物・白い研究施設】


床が白い。

壁も白い。天井も白い。

汚れも影も薄くて、距離感が狂う。


その白の上に、うっすらと文字列が走っている。

プログラムのコードみたいで、魔術の紋みたいでもある。

読めないのに、“意味だけ”が目に刺さる。


部屋の壁際に、円柱の大きなカプセルが並んでいた。

中には成人の遺体が二体。別々のカプセルに、静かに浮いている。


腐っていない。

腐敗臭もない。

でも死んでいるのは分かる。肌の色、胸の動かなさ、目の閉じ方。


木崎が顔を引きつらせる。

「……洒落になんねえ」


日下部は固まったまま、息だけを吐いた。

「……保存。維持。……器の在庫」


声がかすれる。


そして、そのカプセル群の真ん中。

ひとつだけ形の違う、小さなドーム型のカプセルがあった。


中にあるのは――白いコア。


小さくて、硬質な白。

光っているわけじゃない。

でも、目を離すと頭の奥が“引っ張られる”。


「……あれは」

木崎が呟く。

「あの時、レアに奪われたはずの」



城ヶ峰が一歩踏み出しかけた、その時。


部屋の隅。影の溜まる場所から、ずずず……と布が擦れる音。

黒いローブが一体、滑るように現れた。


顔は見えない。

見えないのに、“こちらを見ている”感じだけがはっきりある。


黒ローブが口を開いた。

声は落ち着いている。感情が薄い。人の声に似ているのに、温度がない。


「カシウス様は今、非常に忙しい」


銃口が一斉に向く。

発砲。乾いた音が白い部屋に響く。


だが――弾は効かない。

当たった音すらしない。

黒ローブの布が揺れるだけで、何も起きない。


黒ローブは続ける。

「この世界でここだけではない。至る所で、準備が進んでいる」


城ヶ峰の声が低く落ちる。

「……何の準備だ」


黒ローブは、白い床の文字列の上に立ったまま答えた。


「異世界転移の準備だ。世界は、もう“単独”ではいられない」


日下部の指がノートパソコンを強く握る。

木崎はカメラを向けたまま、震える声で言った。

「……冗談だろ」


黒ローブは、冗談を笑わない。

ただ淡々と、“事実”みたいに言った。


「そして――鍵は、集まっている」


その視線が、ドーム型カプセルの白いコアへ落ちた。

次に、こちらへ。

まるで“奪い返す前提”の目だった。


◆ ◆ ◆


【異世界・王都/警備局医療棟・病室】


セラが、床の魔法陣から完全に立ち上がった。

足が床に触れ、光が少しだけ薄くなる。


「……二つの場所で、同じ文字列が走っています」

セラが言う。

「そして、その文字列は……“呼び戻す”ためのものです」


リオは涙を拭う暇もなく、ユナの手を握ったまま、声を絞った。

「呼び戻すって、何を」


セラの青い瞳が、静かに揺れた。

「消えたもの。欠けたもの。……そして、まだ“こちら”に馴染んでいないもの」


サキがスマホを見下ろす。

画面は静かだ。けれど掌が熱い。


ハレルは主鍵を握った。

胸の奥で、嫌な予感が形になる。


(来る)

(また、次が来る)


ユナの指が、もう一度だけ動いた。

小さな声が、今度は少しだけはっきりする。


「……りょう……」


リオが泣き笑いみたいな顔になって、頷いた。

「いる。ここにいる」


その優しい瞬間の上に、セラの声が重なる。


「――急ぎましょう。まだ、終わっていません」


白い魔法陣の光が、病室の床で、ゆっくりと脈を打った。


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