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異世界殺人―クロスゲート・サスペンス―  作者: 橘靖竜
第七章 学園異世界転移編

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第百二話 帰還の脈

◆ ◆ ◆


【異世界・王都/警備局医療棟・病室】


青白い光は、まだ半分。

ユナの胸の奥へ流れ込む“帰り道”は太くなったのに、終点が見えない。


ハレルとリオは、両手でカプセルを支えたまま動けない。

指先が熱い。火傷じゃない熱。胸の奥が焼けるみたいな熱。


サキはユナの腕に両手を添え、唇を噛んでいる。

アデルは肩に掌を置き、床に広げた膜――

〈護持〉の重さを保ち続けていた。


イヤーカフからノノの声。

『青、ちゃんと入ってる。今、器側の“脈”が立った』

『……でも、ここから揺れが来るかも。来たら、戻すのを止めないで』


その直後だった。


医療棟のどこかが――揺れた。


地震みたいに床が跳ねたわけじゃない。

“空気”がずれる。

病室の輪郭が、ほんの一拍だけ歪む。


窓の外から、遠くで金属が鳴る音。門のほうだ。


サキが息を呑む。

「……来た、の……?」


リオの目が窓へ向きかけて、ぎり、と止まる。

見ない。今は見ない。

見た瞬間、ここが切れる。


ハレルも同じだ。

外が気になる。サロゲートか、レアか。戻ってきたのかもしれない。

でも――今ここで手を緩めたら、ユナは戻らない。


アデルが低く言った。

「集中。……外はあと」


言葉は短いのに、背中を支えるみたいな重さがあった。


ノノの声が早くなる。

『揺れ、外周から来てる。門のほう。……でも、病室はまだ持つ』

『みんな、そのまま。青の終点、もうすぐ』


ハレルの胸元で主鍵が、限界みたいに熱を増した。

リオの腕輪が同じ拍で震え、掌の中のカプセルが光を吐く。


サキのスマホが勝手に点き、青白い文字列が走る。

《LOCK》

《PATH:KEEP》

《――手を離すな》


「離さない」


サキが小さく言って、ユナの腕をさらに強く握る。

指先は震えているのに、逃げない。


ハレルは息を吸い直す。

声を出す。言葉にする。ここで“戻す”と確定させる。


「〈接続・第一級〉――『帰還を完遂』」


リオも同時に、短く重ねた。

「〈同調・第二級〉――『名を返せ』」


青白い光が、跳ねる。


カプセルの中の青が最後の濃さになって、いっきに吸い込まれていく。

ユナの胸の紋が強く光り、病室の影が一瞬だけ薄くなる。


医療機器が、ピッ、ピッ、と一拍だけ早く鳴って――

次の瞬間、落ち着いた。

眠りの波形じゃない。生きている波形に近い。


ユナの指が、確かに動いた。

今度は偶然じゃない。握り返す動きだ。


リオの喉から声が漏れた。

「……ユナ……」


青の流れが止まる。

カプセルは、ただの透明な殻みたいに暗くなっていた。


静けさが落ちる。

一瞬だけ、全員が息をするのを忘れる。


そして――ユナのまぶたが、ほんのわずかに震えた。


「戻った……」

サキが言って、涙がこぼれそうになるのを必死に飲み込む。


ハレルは膝が笑いそうになるのを堪えながら、主鍵を胸に押さえた。

熱はまだ残っている。けれど“暴れる熱”じゃない。

落ち着いた脈だ。


アデルが、短く息を吐いた。

「……成功」


ノノの声が、珍しく間を置いてから言う。

『……やった。器の値、安定した。青、完全に戻った』


――一瞬、一安心。

本当に“一瞬”だけだった。



リオが立ち上がった。

視線が窓へ行く。今度は止めない。止められない。


「……門のほう」


アデルも、窓の外へ歩いた。

隊員二人が本能的に扉側を固める。


窓の外。医療棟の門の向こう――森の縁。

そこに、青白い円が見えた。


あのとき、レアとサロゲートを飲み込んだ魔法陣の残り火みたいな円。

地面に焼き付いた輪郭の上を、

プログラムの文字列が虫みたいに走っている。


そして――


円の中心から、何かが“戻ろう”としていた。


片腕。

肘から先が、黒い影に覆われ、ところどころに青白い文字列が走っている。

その指が地面を掻いて、円の縁を掴もうとする。


さらに、その奥から――頭が覗く。


瞳は、白目のない真っ黒。

顔はカイトの肉体のはずなのに、“中身”が合っていない。

無邪気な笑みの形だけが貼り付いている。


「……ボク、帰れるかな?」


声が混じる。男、女、子ども、老人。

一人なのに、複数が同時に喋っている。


リオの背中が冷えた。

「サロゲート……」


アデルの目が細くなる。

「消えたんじゃない。……引っ張られてるだけ」


門のほうで、空気がまた揺れた。

円周の文字列が強く光り、腕が一段、こちらへ伸びる。


ハレルは窓の外を見ながらも、

さっき戻したばかりの“現実”を思い出して歯を食いしばる。

ユナは戻った。

でも、ここで終わりじゃない。


ノノの声が飛ぶ。

『門周辺、座標がまだ不安定。

 戻ろうとしてるの、破片じゃない……“根”が残ってる』

『……医療棟の結界、今は守ってる。でも外、長くは持たないかも』


サキがスマホを握りしめた。

画面は静かだ。けれど、さっきの文字列がまだ指先に残っている気がする。


リオはユナのほうを一度だけ振り返る。

眠る顔は変わらない。

でも、戻った。確かに。


「……守る」


小さく言って、リオは窓から目を離さなかった。


◆ ◆ ◆


【現実世界・学園跡地/石造建物・内部】


暗闇の奥にいた“サラリーマン風”の男は、近づいてきても普通に喋った。


「いやぁ、ほんとに。最近は物騒で。……こういう場所、怖いですよね」


声の調子だけ聞けば、会社帰りに雑談する人間だ。

でも全身を覆う黒い影は、煤みたいに厚い。

その煤の縁から、青白いプログラム文字列が滲み出している。


――これは、人間じゃない。

“観測亡霊の破片”。

この現実側に溶け込もうとしている、思念体の残り滓。

自分を人間だと思い込み、人間の形を借りているだけ。


だから、欲しがる。

人間の体を。


城ヶ峰が銃口を上げたまま、低く言った。

「……狙いは俺たちか」


返事の代わりに、黒い影が中心から迫ってきた。

文字列が絡まり合って、分厚い膜になって、距離を消す。


「撃て!」


銃声。

当たる音がしない。火花もない。

弾は、吸われるみたいに消えていく。


木崎は喉が鳴った。

「効かねぇ……!」


日下部がノートパソコンを抱え、青い顔で言う。

「これ……残留物だ。ここに残ってた“ずれ”の煤……人間になろうとしてる」


黒い影の男は、まだ世間話の口調を崩さない。

「働くって、大変ですよね。……責任とか、家族とか」


その“普通さ”が、背骨を凍らせる。

人間の言葉をなぞっているだけ。意味じゃなく、形だけ。


城ヶ峰は指を立てた。

撃つな、じゃない。

“息を止めろ”という合図。


日下部の言葉が続く。小声で、急ぐ。

「……探してる。体を。動いてる人間を。気配を拾ってる」

「だから……動くな。息も、できるだけ」


特殊部隊員たちが、壁際に身体を寄せる。

木崎も反射で呼吸を殺した。カメラのストラップが揺れないように押さえる。


静かになると、黒い影の男は一拍だけ足を止めた。

首を傾げる。


「……あれ? 誰か、いました?」


声だけが明るい。

けれど影は、こちらを“見ていない”。

見ているのは体温でも顔でもない。動きと呼吸の揺れだけ。


城ヶ峰の額に汗が浮く。

(通り過ぎろ)


黒い影が、ゆっくりと横へずれた。

文字列の膜が床を舐めるように動き、壁際の隊員のすぐ前を通る。


――息を止める。

動かない。


数秒が、やけに長い。


黒い影の男は、雑談の続きを独り言みたいに言いながら、少し先へ進んだ。

「いやぁ、ほんと。……みんな、疲れてますよね」


遠ざかる。


木崎は、肺が限界になる寸前で、やっと微かに息を吸った。

音を立てないように。


城ヶ峰が小さく指を動かす。

“今だ”。

通り過ぎた。追うな。背中を向けるな。中心へ進む。


日下部が唇を噛み、ノートパソコンを抱え直した。

「あれ……戻ってくる。探し続ける。だから急ぐ」


城ヶ峰は頷く。

「……中心を押さえる。残留物ごと、元を断つ」


暗闇の奥で、もう一度だけ、黒い影の文字列が青白く瞬いた。

まるで「また会おう」と言うみたいに。


◆ ◆ ◆


ユナは戻った。

けれど外では、戻りきれないものが“強引に戻ろうとしている”。


そして現実側でも、同じ種類の“煤”が、人間の形で歩き回っていた。


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