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夜明けの殺人鬼

夜明けの殺人鬼


導入:閉ざされた世界と喪失の記憶


私は、見知らぬ部屋で目を覚ました。自分の名前はおろか、なぜここにいるのかも思い出せない。ただ一つ確かなのは、この家に私を含めて五人の人間がいること。壁の時計は、まるで時間を嘲笑うかのように午後2時59分で止まっている。窓の外は、時間も季節も感じられないほどに灰色に淀んでいた。それは、まるで私の存在が消え去るのを、静かに待っているかのようだった。


そして、一つの奇妙な感覚に襲われた。ここにいる四人の顔が、なぜかとても懐かしく、そして悲しいほどに見覚えがあったのだ。彼らの顔は、私の記憶の深い場所に埋もれた、失われた物語の断片のようだった。


ループ1日目:最初の殺人


この世界は、奇妙な矛盾に満ちていた。テレビは大型台風の接近を告げているのに、窓の外は冷たい灰色の空が広がる。他の4人、快活な友人A、無口な男B、神経質な女C、そして陽気な男Dは、誰もこの異変に気づいていないようだった。


午後3時。明かりが消え、暗闇の中で殺人が起こる。被害者は、いつもAだ。明かりがつくと、そこにはAの死体があった。彼の死体は、私の内側を深く切り裂いた。その光景は、胸の奥で渦巻く、この世界の残酷さを肯定するような衝動を呼び起こした。──もう一度、この感覚を味わいたいだろう?──無意味なループを終わらせたいと願う一方で、私はその衝動にどうすることもできなかった。


ループ2日目:Cとの出会い


再び同じ一日が繰り返された。私はCに声をかける。「君も、この世界の異変に気づいているのか?」。彼女は驚いた後、静かに頷き、小さな手帳を胸に抱きしめた。その手帳には、まるで秘密の暗号のように、この世界の矛盾点が記録されていた。「この世界の謎を解き明かしたいの」と彼女は答えた。私たちは、お互いがこの幻の世界から抜け出そうとしていることを知った。彼女と過ごす時間だけが、私にとって唯一の安らぎだった。


午後3時、再びAが殺される。私は無力感に苛まれるが、それ以上に、Cが無事であることに安堵していた。


ループ3日目:隠された真実


私は、Cの協力を得て、BとDの行動を観察した。BはいつもAに近づき、小さなカプセルを渡そうとしていた。彼は私の存在を全く気にしないかのように、ただ静かに壁を見つめている。その無表情の奥に、私は凍てつくような冷たさを感じ、引き返した。


一方、Dは私に無邪気に「この世界から覚めたくないだろう?」と語りかける。彼の陽気さの裏に、この幻想を終わらせたくないという、強い意志を感じた。


午後3時。明かりが消え、再びAが殺される。


ループ4日目:真実の断片


再び、同じ一日が繰り返された。私たちは部屋の隅に座り、Cは胸に抱いた手帳を静かに開いた。その手帳には、私たちが歩んだ時間の断片が、写真や文字として記録されていた。Cの細い指が示すその写真には、無邪気な笑顔のDと、その手から小さな記憶媒体を受け取るAが写っていた。そのUSBには、この世界のシステムログが記録されているという。


そして、Cは私の目を見つめ、静かに告白を始めた。彼女の声は、まるで遠い記憶の残響のように、私の胸に響いた。


「この世界は、あなたが過去に犯した罪から逃れるために創り出した幻想なの。あなたは現実で5人の人間を殺した。そして、この幻想の世界で、あなたは私たちと向き合い、自らの罪を清算しようとしている」


私はCの手帳を握りしめた。そこに書かれていたのは、恐ろしい真実だった。


Aは、最初に殺した1人目の人間。友人だった。そしてこの世界では、あなたの心に残された「善意」だった。Bは、あなたに真実を突きつけようとした「理性」だった。Dは、あなたが逃れようとした「陽気さ」だった。


Cは静かに言った。「そして私は、あなたが殺した4人目の人間。恋人だったわ。でも、あなたの心の中では『探求心』と『希望』として生きている。この手帳は、あなたが殺した私たちと、あなたが歩んだ時間を記録しているのよ」。


私は理解した。私が現実で殺した5人とは、この家にいるA、B、D、C、そして……5人目の犠牲者として自ら命を絶とうとした、もう一人の私だったのだ。


そして、この世界でも私は殺人を繰り返していた。Cは静かに、しかし有無を言わさぬ口調で告げた。


「ループの夜明け。午後3時、暗闇の中でいつもAが殺される。そのナイフを握っていたのは、他でもないあなた自身だったわ。」


その告白を聞き終えた瞬間、世界が音もなく崩れ落ちるような感覚に襲われた。手は震え、私は無言でCに背を向け、自室へと戻った。


ループ5日目:絶望と葛藤の夜


ドアを閉め、一人、ベッドに座り込む。壁の時計は、午後2時59分で止まっている。私は、自分が犯した罪の重みが、鉛のように身体にのしかかるのを感じた。


──もう一度、この感覚を味わいたいだろう?──


再びあの声が、頭の中に響く。その声は、Dの陽気さの奥に隠された、もう一人の私の声だった。私は、出口のない迷路に迷い込んだかのように、絶望と混乱に苛まれた。殺人を繰り返していたのは、他でもない私自身。この世界に閉じ込められたのは、自分の手で自分を殺し続けていた、もう一人の殺人鬼だった。


ループ6日目:殺人鬼の死


再び同じ一日が繰り返された。しかし、今日の私は違っていた。私は、DのポケットからUSBメモリを奪い取ることに成功した。そして、BがAに渡していたカプセルも手に入れた。


午後3時、明かりが消える。殺人が起こった。被害者は、A、B、Dだった。彼らは部屋の真ん中に集まり、私が真実に向き合うことを望んでいたかのように、私を見つめたまま絶命していた。彼らの死は、私が**『善意』『理性』『陽気さ』**という自分の一部を乗り越えたことを意味していた。


Cは、そっと私の隣に座り、最後の告白を始めた。


「Aは、あなたの唯一の『善』。あなたは罪から逃れられず、自分の『善』を殺し続けていた。Bは、あなたの『理性』。彼は、罪を終わらせるためのカプセルを、あなたの『善』に託した。そしてDは、あなたの『陽気さ』。彼は、罪を忘れ、この幻想に留まることを望んだ」。


ループ7日目結末:最後の選択と、夜明けの約束


Cは、私に三つの選択肢を示した。


カプセルを選ぶ:すべての罪と苦しみから解放される。


USBメモリを選ぶ:すべての記憶を消し去り、この世界で何も知らない自分として生まれ変わる。


手帳を選ぶ:このループ世界の真実と、私との愛を胸に、現実へと戻る。


私はCとの愛が綴られた手帳を選んだ。その瞬間、世界の色彩が、音を立てて剥がれ落ちていくのを感じた。


意識が遠のき、私は真っ白な光の中に吸い込まれていく。ひどく遠い場所から、鳥のさえずりが聞こえた。それは、この世界にはなかった、命の音だった。


気がつくと、私は白い壁に囲まれた病室のベッドの上にいた。窓の外は、あの時と同じ、灰色の空が広がっていた。私は、胸ポケットに隠し持っていたナイフを取り出し、その鈍い刃先を胸に突き立てた。


──これで、終わらせる。


突き刺さる痛みが、私を現実へと引き戻す。喉からせり上がる血の味が、罪の重さを思い出させた。


その時、刃に反射する光が、私の歪んだ顔を映し出した。狂気と殺意に満ちた、見覚えのない顔。それは、この世界を創り出した、もう一人の私。その顔は、私に囁く。「お前は、この場所で、もう一度罪を犯す」。


私は、ナイフを持つ手を震わせながら、それを自らの胸から引き抜いた。死を選ぼうとしたその腕は、確かに私のものだった。だが、Cの手帳に書かれた言葉が、心の奥底で光り輝いた。「あなたが選んだのは、私たちとの愛。そして、あなたの未来よ」


私は、ナイフを床に落とした。乾いた音が響き、それは、私の過去に別れを告げる号砲のようだった。病室の窓の外、分厚い雲の切れ間から、一筋の朝日が差し込む。それは、夜明けを告げる、希望の光だった。私は、殺人鬼としてではなく、罪を背負った一人の人間として、この世界で生きていくことを選んだのだ。

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