09話 “襲来する巨像”
「みんな集まったね」
警鐘が鳴り響いて数分後、メギドラとアルマは集落の方へ戻ってきた。
その場にはすでにヅィギィア、ラーノルド、ヤト、ベスティア、ヴィドルの全員が集合しており、既に武器を携えて戦いの準備を終えていた。
「アルマ、お前のナイフだ」
「ありがと~ございます」
「そしてメギドラ、君の武器もだ」
ヅィギィアが差し出してきたのは全長が一メートルにも満たない、打刀ほどの長さの剣だった。それは竜星村でメギドラが扱った剣とほぼ同じ長さの剣だった。
「何の武器が合うのか分からないから君が血で作った剣とほぼ同じ長さの剣を持ってきた。消耗品だから壊れたらとか考えなくていい」
「・・・俺は自分で剣を作れますよ?」
自分なんかにこんなものを渡さなくていいと言うように返そうとするが、ヅィギィアはそれを拒否して言った。
「君の逆鱗は血を使う能力だろう。竜は人間よりも出血の致死量が多いが血はなるべく流さない方がいい。少しでも血を節約するために使えるものは使っておきなさい」
「・・・はい」
「出撃前に最終確認だ。巨像の数は一体。大きさは中型。位置はここから三キロ弱だ。メンバーは私ヅィギィア、ラーノルド、アルマ、ヤト、ベスティア、ヴィドル、メギドラの七体。一番の目標は救出、だが誰かが死ぬことは許されない。命の危機になればすぐさま撤退すること。いいね?」
「「「「「はい!!」」」」」
「・・・・・はい」
ヅィギィアのその言葉に少し動揺し、言いよどんだが、他の皆と同じように返事した。
「よし、それじゃあ行こう・・・みんな、死ぬなよ」
ヅィギィアは最後の言葉を僅かに聞こえるほどの小さな声で言った。
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メギドラたち七体は荒野を駆け抜け巨像の下に向かう。
人間のころでは考えられないほどの速さで走ったが、一切息切れすることなくヅィギィアたちに着いてこられていた。
数分走ると竜星村の時と同じようにズシン、ズシンと地響きの音が耳に届いた。
メギドラはその音に聞き覚えがあった。ただの地響きじゃない。今までの戦いで何度も聞いた、何度も感じた、同じ音だ。
「あぁ・・・これは・・・」
走っている内に、だんだんとその音を出している主の姿が見えてきた。
予想はしていたが、その予想は的中した。まるで動く城かとも思う巨体。なぜか生きている命なき存在。
そしてメギドラが二度も敗れた存在。額から鋭いツノの生えた馬の形。ユニコーンの巨像だ。
「あの野郎・・・来やがったか・・・」
メギドラは急激に速度を上げ、一目散に駆けていく。何の作戦も策も無く、ただ湧き上がってきた怒りのまま真っ直ぐ突っこんでいく。
後ろから「待て!」という声が聞こえてくるが、そんなのお構いなしだ。
拳を握りしめて全力で殴り掛かりに行く。
「“竜拳殴牙”ォォォォ!!!!」
だが、その拳は届かない。
巨像の力である見えない壁に阻まれ、攻撃を防がれた。
巨像はすぐさまメギドラを踏み潰そうと脚を上げた瞬間、視界が動き、フワリと身体が宙に浮く感覚があった。
すぐさまそれは誰かに掴まれて空を飛んでいるのだと気が付いた。
「馬鹿野郎!何勝手に突っ込んでんだ!」
「ヴィドル・・・離せ、俺だけで飛べる」
「・・・分かったよ、離してやるから一旦落ち着け」
ヴィドルは訝しみながらも大人しく離し、メギドラは巨像に襲い掛からず空中に留まり様子を見る。
「さっきの様子を見るとお前が戦った巨像はあのユニコーンのやつでかなりの怨み辛みがあるんだろうが、今その感情を暴走させるな。お前があいつの能力やら何やらを知っていようが巨像との戦闘経験が少ないのは確かだろ?今はあの方たちの戦い方を見てろ」
ヴィドルが言ったあの方たちとはヅィギィアとラーノルドの二体。将軍級、精鋭級という七体の内の上位二体の竜たちだった。
「さっきのメギドラの攻撃を防いだもの、見えない防壁、言わばバリアか何かだろうね。メギドラの“竜拳殴牙”でも全く動かないところを見ると相当硬いだろうね。まずは様子見と位置の炙り出しだ。行くよラーノルド」
「ええ」
ヅィギィアとラーノルドは左右に展開し、ユニコーンの巨像を囲って剣を構える。
巨像も一番強いヅィギィアのことを警戒して目線を外そうとしなかった。
「よし、一発様子見だ。頼むから運が良くあってくれよ?“命刈死刀”」
ヅィギィアの“命刈死刀”は表面だけを削るかのように巨像の脚全体に無数の切り傷を作りだした。ラーノルドも同じように、剣で表面だけを削るように攻撃していった。
メギドラはその様子を見て疑問を覚えた。あの二体の攻撃力ならば巨像を両断することなど容易いはずなのに、それをしない。
何かを探すかのような攻撃、倒す気が無いような攻撃、決定打になり得ない攻撃の数々のせいで巨像の再生能力を超えられない。
「なぁヴィドル・・・何でヅィギィアさんとラーノルドさんはあんな風に戦ってるんだ?あんな戦い方だったら倒せないだろ・・・今あれは何をやっている?いや・・・何を探している?」
メギドラは聞きたかった。巨像の正体を。
ヅィギィアの“救出”や“炙り出し”という言葉。極めつけはユニコーンの巨像と二回目に戦ったときに聞こえた助けを呼ぶ声。
その時点で巨像の正体が何なのかはある程度検討はついていたが、竜たちの口から答えを聞きたかった。
「・・・お前は・・・巨像の正体を教えてなかったよな・・・竜は体内に莫大なエネルギーを貯められる。人間の比じゃないほどにな。そのエネルギーを使って“逆鱗”という自然現象や魔法とも言える力を使える。そう、竜は“逆鱗”という力が使えるほど莫大なエネルギーを持っているんだ」
「・・・やっぱり・・・巨像の正体は・・・」
「あぁ、巨像は竜だ。正確に言うと巨像の動くエネルギー源にされているのが竜だ。あの巨像の中には竜が、俺たちの同胞が一体・・・捕らえられている。俺たちはそいつを傷つけないように・・・殺さないように救出しなければならない。でも位置はそう簡単に探れない、だからあんな風に攻撃して探さなくちゃならないんだ。位置さえ分かれば、あとは俺たちで動きを封じてヅィギィアさんが救出してくれるんだが・・・」
「じゃあ、あの声は・・・巨像のエネルギー源にされた奴の、助けを求める声・・・だったら───」
メギドラはホバリングした状態からゆっくりと前に進み始めながら、ヅィギィアに貰った剣を鞘から引き抜いた。
鏡のような銀色の刀身に自身の顔が映り、その表情は自分とは思えないほど落ち着き払っていた。
「おい、何する気だ?」
「・・・俺が位置を炙り出す」
「やめろ、ヅィギィアさんとラーノルドさんの邪魔になるだけだぞ」
「分かってるよ、あの時と同じやり方をすればな」
「は?」
「まぁ見てろ・・・俺の仮設が正しければ・・・これで助けられる」
メギドラはゆっくりと深呼吸し、剣を振りかざして覚悟を決めた。剣を離さぬように柄をもう一度強く握りしめ、振り下ろす。
降り降ろされた剣は対象を切り裂き、その刀身を赤く染める。
「っ!?メギドラァ!お前何やってんだ!?」
ヴィドルが驚愕の目をして駆け寄り肩に手を置くが、メギドラはそれを振り払う。
ここで話を変えるが、巨像はロボットのように無機物の塊だ。生物のように血液を介して全身にエネルギーを送る必要がない。そう、巨像には血がない。血の通っていない巨像を切り裂いても刀身は赤く染まらない。では切り裂いたものは何か?
「・・・“逆鱗解放”“竜の血”」
メギドラが切り裂いたもの、それは───己の腕。
おろされた魚のようにパックリと開かれ、まるで滝のように血が溢れていく。腕から滴り落ちていく力を用いて、氷柱のように無数の“竜血針”を生成していく。
「あの大きさにこの量じゃ心もとないが・・・上出来だろ・・・」
「何の話だ?」
「ヴィドル、今から俺があの巨像に囚われた奴の位置を探し出す。俺の逆鱗は、まだまだ分からないことだらけ、前回戦ったときに偶然見つけたことだ。だからうまくいくかどうかはわからないし、賭けにもなる。でも俺の仮設が正しければほぼ確実に中のやつを傷つけずに救出できる・・・どうだ?」
ヴィドルはまだ疑いの目を向けているが、メギドラの本気の覚悟の目を、腕を切り裂く行動を見て目を閉じて聞き返してきた。
「・・・本当に出来るのか?」
「さっき言った通り、これは賭けだ。伸るか反るかはお前に任せる」
「・・・馬鹿言うな、ほぼ確実に位置が分かって、それで助けられるんなら・・・俺はその策に乗るぞ。さっさと教えろ。端的に、作戦の内容じゃなくて、俺が何をすればいいのかを」
ヴィドルは時間が無いことを分かっていた。メギドラの血が止血出来ずに流れていること、ヅィギィアたちがしんどくなってくること。少しでも時間を縮めるために、作戦の内容じゃなくてどう動けばいいのかを聞いたこと。
「俺のガードを頼む」
「分かった、暫くは攻撃に専念してろ」
「あぁ、行くぜ巨像」
その声とともにメギドラは無数の“竜血針”を一斉に放つ。針は空を切り裂き巨像に向かって一直線に飛んでいく。その狙いは巨像の頭部、助けを呼ぶ声が聞こえた巨像の頭部。
ぐるりと巨像は首を動かし、メギドラの方を向き、狙いを変える。
針は見えない壁によって防がれる、しかし無数の針は壁では防ぎきれず、運よく通り抜けた数本の針が巨像の頭に突き刺さる。
「ちッ・・・全然足りない」
メギドラ、ヴィドル以外の五名は急に動き出したメギドラに一瞬驚きはしたが、すぐに援護に回ろうと行動に移した。
ヅィギィア、ラーノルド、アルマ、ヤトがそれぞれ脚を攻撃して砕く。脚を奪われた巨像はよろけるが、倒れるまではいかない。
そんな状態で巨像のツノが光りだし、首ごと振り上げる。見えない斬撃だ。その攻撃は空中のメギドラへと一直線に進んでいく。だがメギドラはそれを避ける余裕はない、というより避ける気が無いという方が正しい。真っ直ぐと巨像の方へと羽ばたいた。
防御は、ヴィドルの仕事だ。
「“霊炎蓋”」
その声が響くと同時にメギドラの目の前に揺らめく霊炎が一気に広がり、丸い炎の壁を形成する。霊炎蓋は透き通るような紫色の綺麗な光を放ち、メギドラが食らった時とは違う、静かで不思議な安心感を感じた。
しかし流体である炎で作りだした霊炎蓋は大した防御力を持たない、本来の見えない斬撃を防げるような防御力は無く、真っ二つに切り裂かれるはずだった。ところがよろけて本来の力ではない斬撃は、霊炎蓋を突破するが、進む方向を僅かに逸らされ、メギドラのすぐ横に外れた。
「ナイスだヴィドル。これで・・・届く!」
剣を巨像の頭に突き刺し、血を流した右手で巨像の頭に触れ、鋭い爪を立てて石肌を掴む。頭は脚以上に硬く、まるで鋼鉄の壁のように感じた。
爪が石に食い込み、双方にヒビが入り、血が滲み出す。痛みは関係ない、腕全体から流れる血を固めて伸ばし、更に奥へと進んでいく。
巨像が苦しみに悶えるかのように頭を大きく激しく左右に振られ、メギドラの体が揺さぶられる。それでも離さない、決して振りほどされてなるものかという決意を持ってしがみつく。
まだ声は聞こえない。
「俺の声が聞こえてるなら・・・呼べ!声を聞かせろ!俺たちが助けてやる」
更に握りしめる力を強め、血を流す。まだ声は聞こえない。
「クソが・・・血を・・・呼べ!!」
まだ声は聞こえない。
見えない壁の攻撃がまるで鈍器かのように殴り、蛇の尾のように締め上げていく。
「うっ・・・」
戦いの中、かなりの量の血が流れた。自身が切り裂いた腕の血、割れた爪から流れた血。次第に視界がぼやけていく。体が重くなり、意識が遠のいていく。
まだ声は聞こえない。
「まだ・・・終わるわけには・・・」
耳鳴りが聞こえ、体が鈍く、動かなくなっていく。
「まだ・・・」
力が抜けて、石肌から手が離れていく。動こうと、手を伸ばそうと、翼を動かそうとしても、どんどんと離れていく。
声は───
「助けて───私はここにいる」
───やっと聞こえた。微かで弱々しい助けを呼ぶ声が。
それでも体は離れていく。
体全体が離れ、落ちそうになる瞬間、誰かに背を押され、巨像の頭部に押し付けられる。
すぐ横には、茶色の天竜が一緒に張り付いていた。
「メギドラ!」
ヅィギィアの声、朦朧とした意識の中でもはっきりと聞こえた。
首を激しく振るう巨像から振り落とされまいと、力強く支えてくれるのが感覚で分かった。
「ヅィギィアさん・・・ここだ!ここにいる!ここで助けを呼んでいる!」
歯を食いしばり、重く震える手で指差し、力強く叫んだ。
「分かった。よくやった。あとは任せろ」
ヅィギィアは己の片手剣を突き立て、もう片方の手でメギドラの突き刺した剣を握りしめる。
「場所が割れたら、手加減する必要はない。そろそろ終わりにさせてもらう。“冥送死突・双亡幽玄”」
その声とともに双方の剣を突き立てる。
剣が巨像の表面を貫き、深く突き刺さると表面に亀裂が走り、まるで蜘蛛の巣のように複雑な模様を描きながら覆っていく。
亀裂からは冷たい風が吹き出し、生物の息吹を感じさせた。
ヅィギィアがゆっくりと深く押し込むと、大きな音を立てて崩れ始めた。
石片が四方に散らばり、中から手が見えた。
「───ッ!!」
朦朧とした意識の中、意識はあったのか無意識か。体が勝手に動いたかのようにメギドラはその手を掴んだ。その手は冷たくも、確かな命を感じた。
メギドラはヅィギィアに支えられながらもその手を引き抜く。ガリガリと音を立てて石が割れ、少しづつ自由になっていく。
濃い青緑色のツノと長髪が見えた瞬間、ヅィギィアがメギドラの体ごと引っ張り、一気に手を引き抜いた。その瞬間、石の破片が飛び散り、巨像の身体からその竜の姿が露わとなる。
メギドラはその竜を決して離さぬように強く抱きしめ、地面に降りる。立つこともままならない体は重力に従い、地面に倒れこむ。
「あぁ・・・」
ユニコーンの巨像はゆっくりと倒れ始めた。その動きはまるでスローモーションのようで、空気が静まり返った。
ゴゴゴゴ…と巨像が地面に倒れこむと、地面が揺れ、大きな衝撃音が響き渡った。風圧とともに砂埃が舞い上がり、視界が一瞬遮られたが、やがて静寂が戻った。
巨像の残骸が地面に横たわり、硬い石の身体は砂と化していく。
「これで・・・」
メギドラは視点を落とし、己の金色の腕輪と父親の形見の金色の腕輪を見つめた。優しい風が吹き抜け、家族の、村人たちの声が乗って聞こえてきたような気がした。
立ち上がろうとしたが、体が重く、指一本動かせない。視界がぼやけ、暗闇に染まっていく。
誰かが名前を呼ぶ声が聞こえたが、誰が発した声か分からず、意識が闇に包まれ、深い眠りへと落ちていった。