08話 “飛行”
「・・・やっと来たかいメギドラ。その服は・・・よく似合っているじゃないか」
メギドラがヤトに連れられて外に向かい、しばらく歩いて数メートルの尖塔状の岩石が無数に立ち並ぶ谷のような場所に到着した。そこにはすでに準備を終えたヅィギィアが仁王立ちして待っていた。
ヤトは連れてきたと同時にどこかに飛び立って行った。
「さてメギドラ。今から君に飛び方を教える。覚悟はいいかい?」
理論的には教えてもらったが、まだできるイメージが湧かない。
それでもメギドラは真っ直ぐにヅィギィアの方を見つめて言った。
「もちろんです」
「よろしい。じゃあ教えよう。空の飛び方を」
ヅィギィアは高速でメギドラの背中側へと回り、大きな翼の付け根を触る。
「空を飛ぶことは慣れてしまえば簡単だ。人間で言うところの肩甲骨を動かす感覚に似ている。さっきの座学で言ったことは覚えているね?」
「もちろん」
竜人の翼は鳥などの羽翼ではなく、コウモリやムササビなどと同じ翼膜でできている。鳥類ではなく、爬虫類に近い身体をしているため、当たり前のことだ。
翼は背中から伸びており、竜人は生まれつき付いている。成長するにつれて動かす感覚が分かるようになるらしいが、実質生後数日のメギドラはそんなこと分からない。
ヅィギィアが言うには動かす感覚と少しのコツさえ掴めば簡単らしい。
「さて・・・目を閉じて。集中して背中から伸びる神経を探るんだ。手足を動かすのと同じように・・・鳥のように・・・自由に動く翼をイメージするんだ」
「自由に動く翼・・・」
イメージするには鳥のように自由に空を飛ぶ姿。
村にいたときも、竜帝国に来たときも何度も見た、舞うように羽ばたき、自由に空を漂う姿。
「イメージ・・・イメージ・・・」
深く、ゆっくりと呼吸し、己の中を探る。
周りの音、現象、全てが無になったと思えるほどの集中に沈むと、己の中に光が視えた。
その光を辿っていき、道が視えた瞬間、竜の血が応えた。
「今だ」
翼が僅かに羽ばたいた瞬間、ヅィギィアがそう言って背中を上に向けて強く押すと、身体が浮いた感覚がした。目を開けば、いつもより地面が遠くに見えた。
ヅィギィアの見上げる姿が見え、地面を踏みしめる足の感覚がなく、代わりにフラフラと浮く感覚がした。
風が身体を通り過ぎ、涼しい温度を感じていた。
「こ・・これは!?」
浮いていた。
手足を動かすのと同じように翼を動かすことができ、空中に静止できる。
ゆっくりと上下に動き、地面を踏みしめる。
「どうだったかな、初めて空に浮く感覚は」
「・・・すごいですね・・・身軽で、風に流される雲みたいな感じでした」
「そうだろうそうだろう」
メギドラは冷静を装っているが、その声は新しい玩具にはしゃぐ子どもの声のようだった。
その様子を見たヅィギィアは満足そうな笑みを浮かべていた。
「だがメギドラのはまだまだ序の口だよ。風船のようにプカプカ浮いているだけだからね・・・このくらいはできるようになってもらわないと───」
ヅィギィアはただの軽いジャンプの動きで数十メートル跳び、その瞬間を目で追えることができなかった。
そのまま空中を鳥のように舞い、回転や急停止など。地面で動いているよりも自由に空を泳いでいた。
その動きはメギドラの動くよりも圧倒的に速く、メギドラの動く翼よりもヌルヌルと正確に動いていた。
ヅィギィアは急降下でメギドラの元に着地し、パタパタと翼を羽ばたかせて言った。
「───まぁこのくらいだ。この動きがコツのいる動きだね、翼を自由に曲げたり折りたたんだりして自由に空を飛ぶことができる。慣れれば私くらい高速移動が可能だ。ただし、このくらいの高速移動ができなければ戦闘で役に立たないから。頑張ってね」
「頑張ってねって・・・」
随分と軽い感じで言っているが、それが簡単ではないことくらいは分かっている。諦める気はさらさらないが、できる自信は湧いてこなかった。
「どうすれば?」
「・・・・あの・・あれだよ・・・ピョンってして、スッとやって、クルンだよ」
「・・・・・あ?」
「私はこれを感覚でやってたからね、あまり文章化できたものではないんだよ。つまりは見て学んでってやつだよ」
ヅィギィアは説明を完全に諦めたようだった。
身体の仕組みは懇切丁寧に教えてくれたのに実践になると適当だ。
「私が君にできることはここまでだ。すまないが教えることは苦手でね、他の者たちを呼んでくるから彼らに教えてもらえばいい」
「はぁ・・・」
そうしてヅィギィアは逃げるかのようにどこかへ飛んで行った。
メギドラは他の竜人が来るまで飛行の練習を続けることにした。
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数分するとけだるそうな表情を浮かべたラーノルドが飛んできた。
「ふぅ・・・ヅィギィアさんに仕事の合間にメギドラの飛行練習の手助けをしてやれって言われてきたけど・・・何してるの?」
ラーノルドは首から上が地面に突き刺さった、見るも無残な姿になったメギドラの方を見て言った。
「・・・いや、ヅィギィアさんに“ピョンってして、スッとやって、クルンだよ”って言われから・・・ピョンって跳んで、スッと羽ばたいて、クルンと空中で回転したら・・・地面に急降下して止まれなくて地面に突き刺さりました」
「うん、分かったからひとまず頭抜けよ。どういう仕組みで喋ってるんだ?」
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「確かにヅィギィアさんは教えるのが下手ではあるが、だからといって俺に丸投げすることないだろうになぁ・・・メギドラはどんな風に教えてほしい?」
「擬音以外で教えてくれるのだったら何でもいいです」
「うん、そういう意味では言ってないんだけどなぁ。とりあえずはどう翼を動かせばどう動くのか、それとその翼を動かす感覚を覚えてもらう所からやろうか。ひとまず背中をこっちに向けて座りな」
「はい」
ラーノルドに背中を向けて座ると両手で翼を縦横無尽に動かし、空中での曲がり方、回転、上昇と下降の仕方、加速と停止などを丁寧に一つ一つ教えていく。
ヅィギィアのような擬音の分かりにくい説明ではなく、己が手本となりながら動き方をレクチャーする。
「───このくらいだ。後はひたすら練習あるのみ。手足を動かすのと同じようにその翼を動かせるようになりなさい」
最初の風船のようにプカプカと浮かんでいるのとは違い、空中を泳ぐように移動できるようになった。
しかし、ヅィギィアやラーノルドの自由で俊敏な動きと比べると程遠く、まだまだ鈍い。
「俺はそろそろ仕事に戻らなくてはならない。また別の奴を呼んでくるから・・・そいつに見てもらうといい」
「えぇ・・・」
「あぁそれと最後にメギドラ。もう一つだけ俺からのアドバイスだ───」
仕事に戻ろうと飛び立たんとしたラーノルドは振り返り、優しい口調で言った。
「───そんなに焦るんじゃない。時間はまだまだある。ゆっくりと肩の力を抜いて、時間をかけて丁寧に慣らしていけばいい」
そう言い残し、ラーノルドは飛び立って行った。
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「お~お~やってるねぇ~」
また数分後、今度はアルマが歩いてやって来た。
「アルマさん」
「まだ浮いて移動するくらいだと思ったけど、十分自由に飛べてるじゃん。そんなに必死に練習しすぎたら身体壊すよ」
「いえ、俺はまだまだ弱いので、早くヅィギィアさんやラーノルドさんみたいに飛べるようにならないと」
「努力家だねぇ~まぁいいさ、お前が無理しないくらいに監督しておくから、勝手にやりなよ~」
「いやいやいやいや、勝手にやりなよって・・・何かアドバイス貰えないんですか?」
「できないよ。ボクはみんなから見とけって言われただけだからだし~指導の方は受け持っていないんだよ。それにボクは・・・君らと違って地竜だからね」
「地竜?」
「あぁそうか、メギドラは地竜って言われても分からないか。教えてないからね」
アルマのそのときの表情は、どこか寂しそうで、何かが羨ましそうな眼差しを浮かべていた。
「そうだね、いい機会だから教えておいてあげるよ。ボクたちは原則上、三つの種類に分けられる。それが天竜と地竜、そしてその二つに該当しない変異竜というイレギュラーな存在だ」
「ふむふむ」
「天竜はヅィギィアさんやラーノルドさんのように背中に巨大な翼を持ち、大空を自由に翔けることのできる竜のことだ。次に地竜、地竜はボクみたいに天竜のような大きな翼持たず、自由に空を飛ぶことができず、滑空するくらいの能力しかない竜のこと。その代わりに身体能力などが天竜よりも優れており、走行や水泳に特化した竜のこと。いくら天竜よりも身体能力が優れているからと言って、飛行能力がないという欠点はそう簡単に埋まるものじゃない」
「・・・人間と同じなんですね・・・空を飛べない生物は誰だって空に憧れるもの。自由に空を飛べたらどんなに素敵なものだろうって考えるものですし」
アルマの気持ちを今のメギドラはよく分かる。つい先ほどまで飛べなかった状態、そして自由に空を飛ぶ姿を見れば、憧れないわけがない。
「まぁ、天竜の中には地竜の身体能力に憧れる奴はいるけどね。自身にどんな特別な力があっても、自分の持っていない力を持っている奴は羨ましいんだよ」
そのときのアルマの表情は寂しそうな表情から、少し嬉しそうな表情に変わった。
「そう、それで最後に変異竜。変異竜は非常に稀有な存在で、現在竜帝国に二体しかいない。翼や鱗の形が常軌を逸して異常だったり、性質が異常だったりするもの。つまりどこかに異常を持っている存在が変異竜だ」
「・・・現在竜帝国にいる変異竜は誰なんですか?」
「そうだね・・・一体目はヅィギィアさんと同じくジャバさんに仕える将軍級の竜、名前はズールさん。彼は翼が無い代わりに六本の黒い触手のような物体が生えているんだ。先から空気を噴出することで飛ぶという特殊な飛び方をしているんだ」
「異常ですね・・・そんな飛び方」
「そして二人目の変異竜。それは───」
アルマはそうしてメギドラの方を指差して言った。
「───君だよ、メギドラ」
「え?俺?」
「メギドラは元人間、元人間の竜人なんて問答無用で変異竜扱いだよ。そして人間の性質を持つという異常を持っている。名義上は天竜ってことになってるけど、君は変異竜だよ」
「・・・特別ってことですか?」
「元より特別だけどね。ただ君だけが変だっていうわけじゃないってことを心に留めておいてほしい。そして変異竜じゃなくても変異竜みたいな性質を持ってる奴らもいるから特に気にしなくていいよ」
アルマはメギドラが元人間の竜人であることを気にしているのを察してそう言ったのだろう。
まだまだ竜人として馴染めていないことをよく見ているのだ。
「でも・・・俺は───」
メギドラが言いかけた瞬間、遠くからカランカランと乾いた鈴の音が響いてきた。
人間の頃ならば何も感じなかった音だろうが、竜人となったメギドラには正体不明の不快感を感じる音だった。
「何の音だ!?」
「・・・警報だよ」
アルマのそのときの表情は暗く、真剣な状態であることが見て分かった。
「・・・急ぐよメギドラ。まだまだ弱くても数が少ないボクたちにとって君も十分な戦力だ」
「急ぐって・・・どこに?」
「・・・この音は襲撃を知らせる警報。巨像が襲撃してきたことを知らせる警報だ。急いで前線に向かうよ。巨像と戦いに行くんだ」