06話 “竜か?人間か?“
「“逆鱗解放”“四の死”・・・私の司る力は“死”。死に直結する力だから基本的には竜相手には使わないようにしていたんだけど。君はまだどちらか分からないから使わしてもらうよ。それと、人間どもから“葬死竜”と呼ばれ恐れられた力、とことん味わってもらうよ」
ヅィギィアが逆鱗の名を唱えた瞬間、異様なオーラが見えた。それはヤトやラーノルドのオーラよりも凶悪な雰囲気がある。
明るいのに辺りが少し暗くなったように感じ、変わっていないのに気温が下がったように感じる。
悪寒がして震える腕を掴んで無理やり止める。
(寒い・・・ヤトさんやラーノルドさんの逆鱗よりも恐ろしい。多分少しでも気を緩めたら・・・死ぬ)
メギドラはそんなことを考えながら先ほど飛ばした“竜血針”の血を回収して手のひらに集める。
ヅィギィアはぽきぽきと指や首の関節を鳴らし、トーンを低くして言った。
「さぁメギドラ君・・・死ぬなよ」
ヅィギィアは中心に4つの穴が空いた片手剣を構え、メギドラを見つめる。それに呼応するようにメギドラの方も血で創り出した剣を構え、ヅィギィアを見つめる。
しかし数刻が経っても互いに動かない。出方を伺っているのだろう。
ヅィギィアが動かないのならメギドラの方から動くしかない。
メギドラはヅィギィアの胴体めがけて斬りかかる。しかしその攻撃はジャンプで避けられ、頭を土台に乗り上げて後ろに回られる。
「よし、簡単に触れられたね」
何か追撃が来るのかと身構えていたがヅィギィアは立ち止まってメギドラに触れた右手をまじまじと見つめていた。
「後ろに回ったのに追撃もせずとは・・・吞気ですね」
虚勢でそんなことを言う。
そんなことを言われてもヅィギィアは表情を一切変えることはなく、ゆっくりと言った。
「言っただろう。私の逆鱗は死に直結する力。今、私は君に触れたんだ。君は今、今際の際にいるんだよ」
「今際の際?」
メギドラはふと頭によぎった。“死に直結する力”ヅィギィアの言うその力はもしかしたら“触れただけで相手を殺す力”なのではないか・・・と。
もしそうならば、本当にメギドラは死ぬ寸前、ヅィギィアの言う、今際の際だ。
「っ───!!」
明らかに動揺を顔に出した。それを察知したヅィギィアはにんまりと口角を上げて言った。
「そう、私の能力は『触れた相手の命を奪う能力』───」
ヅィギィアが言い終わる前にメギドラは斬りかかる。それはせめてもの抵抗の意思だ。
しかし、ヅィギィアには効かない。片手剣によって阻まれる。
死を覚悟したそのとき───
「───なわけ無いでしょう」
「え?」
「『触れた相手の命を奪う能力』?そんなチートのような能力が逆鱗にはありませんよ」
ヅィギィアは片手剣を振ってメギドラと距離を離す。
そうして語り始めた。
「竜の逆鱗ってのは本来竜同士で決闘するときに使われるんだよ。敵を殺すためじゃなくて同族に勝つために得た力だからね。竜ってのはある場合を除き、同種族間で争っても絶対に命を取らない。それは何千年何万年前から続く鉄の掟、今では本能的に殺傷を避けるように進化している。竜全体が家族という考えを持っているんだ。だから相手を一瞬で簡単に殺せる逆鱗なんて存在しないんだ。ましてや『触れた相手の命を奪う能力』なんて、手に入れた瞬間にすぐ捨てるよ」
「・・・だったら、本当の能力は何なんですか?」
「そうだね、それじゃあ“四の死”の能力をお見せしよう」
そう言うとヅィギィアはパチンと指を鳴らす。するとメギドラの胸に酷い痛みが走った。
体内の何かが4つに分かれていく感覚がし、胸部と両肩、背中の4ヶ所に腫れ物のように茶色い半球状のコアが浮かび上がった。
「“四死点”これこそが“四の死”の能力の真骨頂。『触れた相手に“死点”と呼ばれる4つのコアを生成し、それを全て割ると対象者は死亡する能力』つまり君の胸部、両肩、背中にできたそのコアを私が全て破壊できれば君は死ぬ」
これがヅィギィアの言う“死に直結する力”
彼の能力を聞けばその名の意味がよく分かる。
「よし・・・行くよ」
ヅィギィアは先ほどの出方を伺う戦い方とは打って変わって一気に加速して距離を詰めてくる。
メギドラはそれを振り払うように近づくヅィギィアに向かって一文字斬りをするが手ごたえはない。気づけば視界からはヅィギィアの姿はなくなっていた。
次の瞬間、左肩にチクりと針で刺されたような痛みが走った。
「・・・一つ目」
ヅィギィアのその声が聞こえると左肩にあったコアが潰れていた。
あの針で刺されたような痛みが潰されたサインであるようだ。肉体的には大した痛みはないが、精神の何かが抉られるような・・・そんな痛みだった。
「っ!くそっ!」
いくら剣を振り回してもヅィギィアには当たらない。メギドラの動きが大振りで完全に読まれているのもあるのだろうが、一番はヅィギィアの動きが速すぎる。
少しでも遅れたら姿を見失う。見失えばコアを破壊されて死が近づく。
ヅィギィアには、全く当てられる気がしなかった。
「“命刈死刀”」
ヅィギィアは片手剣で連続で斬りつける。
その動きは目で追えず、剣筋の線が無数に見えるだけだった。
メギドラは胸部と右肩のコアの部分を手で覆って守るが、右肩に針で刺されるような痛みが走り、再び精神の何かが抉られるような痛みが走った。
「二つ目」
「ぐ・・ぅ・・・」
瞬きする瞬間もなく、背中にも針で刺されるような痛みが走った。
「三つ目」
いとも簡単に三つ目の死点が破壊される。
最初ですらきつかったのに三つ目が破壊されたときは心臓が握り潰されたと錯覚するような痛みが走った。
メギドラはもう崖っぷち、しかし未だにヅィギィアには一撃も当てられる気がしなかった。
「あと一つだ。その胸部に残っているそのコアを破壊すれば君は死ぬ。どうだい?そろそろ降参しないかい?大人しく竜帝国に戻る気はないかい?」
こんな戦いの状況なのにそんなことを聞いてくる。それに対するメギドラの答えは変わらない。
「断る!」
ヅィギィアは失望したような表情を浮かべ、「そうか・・・」と短く吐き捨てて片手剣を再び構えた。
そのオーラは今まで以上に冷たく、さらに悪寒がした。
「なら・・・もう・・・終わりにしよう」
「ちっ・・・」
残る一つのコアを守るようにコアの前に剣を構える。だがそれが気休めにすらならないことも感じていた。
「・・・・・“冥送死突”」
ヅィギィアの攻撃はただの刺突攻撃。その軌道は真っ直ぐに胸部のコアを狙っている。その位置は剣で防げる場所であったはずだった。
しかし、ヅィギィアの刺突を受けきるには剣が弱すぎた。
瞬間、ここまでの人生がフラッシュバックのように断片的に流れ込んできた。幼き日に見た絶景。村で成長したときに見た光景。竜人になったときに見た風景。それが幻燈画のような風景で次々とよみがえってくる。それが走馬灯であることに気付くのに時間はかからなかった。
(あぁ・・・死ぬ)
血が流れるように剣先が離れて飛んでいく瞬間を見て本能的にそう感じた。
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メギドラは死への恐怖からもう指一本も動かせないでいた。冷や汗が滴り落ちて地面を濡らす。
刺されたような痛みが走るが、それはヅィギィアのあまりもの威圧から攻撃を食らったと錯覚したのだと気が付いた。
ヅィギィアの切先は胸部のコアに当たる寸前で止まっていた。
「・・・この状況が欲しかった。この状況じゃないと君の本心を聞き出せないと思ったから」
「───っ!」
「動くなよ・・いや、動けないんだろうけどさ、もし動けばこのままこれを刺して君を殺す」
「・・・・・本心?」
「そうだ・・・一言で答えろ。君は・・・竜か?人間か?」
「・・・はい?」
「いいから答えろ、君は竜か?人間か?」
メギドラには質問の意図が分からなかったが、本気の目をしたヅィギィアに気圧されて黙りこくった。
否、ヅィギィアはずっと本気だった。
ずっと本気で戦っていた。メギドラのことを本気で殺そうとしていたし、本気で助けようとしていた。
本気じゃなかったのはメギドラの方、覚悟が足りていなかった。
メギドラが竜人か人間かという問いに対してはとっくの前に決まっていた。
精神世界でキナンカと話し、メギトの名を捨ててメギドラの名前を貰ったときから決まっていた。
「メギトはあんたが人間だった頃の名前だ。だが人間だったメギトはあの日死んだんだよ。お前は竜だ、竜に生まれ変わったんだよ。名前は竜の世界では重要な役割を持つんだ、だからお前は人間のメギトの名は捨てろ、お前は───」
キナンカのそんな言葉を思い出し、冷静な目を見開き、自信を持って答えた。
「───俺は・・・竜人のメギドラですよ」
それを聞いたヅィギィアは「そうかい」と優しい口調で答えた。
そうして、胸部のコアの寸前で止めていた片手剣を引き、ゆっくりと鞘に戻した。
「“逆鱗解除”」
ヅィギィアがそう言うとすうっと抉れれるような痛みが引いていき、4つのコアは何もなかったかのように綺麗に消え去っていた。
身体に他の異常がないか確かめるように身体中を触ると、どこにも異常がみられなかった。
「君は自分のことを竜だと言った。先ほども言ったように竜はある場合を除き、同種族間で争っても絶対に命を取らない。それは何千年何万年前から続く鉄の掟。君が元人間だろうと竜だと言うのならば私たちは君を殺さない」
「そんなこと・・・認められるんですか?」
「認められる。結局のところ、私は元人間のことはどうだっていいんだ。君が今、どう思っているかが大切なんだ」
「・・・・・」
「その見た目でその考え方をしているのなら私たちと同じだ。違いがあるとすればそれが先天的か後天的かということだけだ。そんなの大した問題じゃない」
「大した問題じゃないって・・・」
完全に負けた気がした。肉体的にも精神的にも完全に負けた。「この方には勝てない」と本気で考えさせられる方だった。
それと同時に、ヅィギィアの器の大きさを感じた。そうやって断言できるヅィギィアの度量に。
「ここからは君の意思を聞かせてほしい。君は今から巨像と戦いに人間領へと戻るつもりだ。そうだろう?」
「そのつもりでしたが」
「少し提案がある。君はまだ弱い。私たちと戦ってよく分かったはずだ」
ヅィギィアの言う通りだ。元々勝機は見えなかったが、手も足も出なかった竜人たちですら苦戦するという巨像。
あの竜人たち6名で戦っても苦戦する相手なのだとすればそれより弱いメギドラ単体で勝つことなど万に一つも有り得ない。ヅィギィアと戦うことで元々あった淡い希望も打ち砕かれた。
「残念なことに君はまだ弱い。だがそれは裏を返せば伸びしろがたっぷりとあるということだ。成長というのは一朝一夕でできるものではないが、元々何も入っていない君はすぐに成長できるはずだ」
(元々何も入っていない・・・)
「君のその伸びしろを伸ばすのに私たちは良き師になるはずだ。私たちから力を盗み、私たちから教えることができるはずだ。例えばそう・・・今ただの飾りになっているその大きな翼で空を飛べるようにしたりね」
「───っ!」
「そうやって強くなれば巨像にも勝てるようになる。仇討ちができない最悪にはならないはずだ。勝って生き残れば・・・何か・・・生きる意味も見つけられる・・・かもしれない」
おそらく励ますのが苦手なのだろう。言葉が続くにつれタジタジになっていく。
そんな様子のヅィギィアにメギドラはふっと笑ってしまった。
「分かりました・・・少しの間ですが、良き師として、よろしくお願いします」
こうして、元人間の竜人、メギドラの竜帝国での暮らしが始まる。