05話 “死を司りし竜“
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・」
夜の帳が落ち切った深夜、メギドラは竜帝国に背を向け荒野を走っていた。
荒野には強風が吹き荒れるが、強靭な竜の肉体ではそよ風のように感じた。そして夜の暗闇も竜の眼でははっきりと見えた。
全力で走っているとあっという間に竜帝国の壁は見えなくなったが、流石に竜の強靭な身体でも全力疾走で数十分走っていると息切れを起こし、そこら辺にあった岩陰に身を潜めた。
念のため辺りを見渡すが人影一つ見えず、大きく息を吐いて全身の力を抜いた。
「・・・今頃向こうにばれた頃だろうか・・・」
竜帝国側のことも少し心配しながらこれからの予定を指折り数えて考えた。
「ひとまず前回ユニコーンの巨像と戦った場所へ向かう。そこから巨像を探して戦う・・・そんでもう一度巨像と戦ったら多分俺は・・・」
僅かに腕が震える。何度考えてもあの巨像と戦って勝てるビジョンが浮かばない。勝てないなら待っているのは死だ。
戦いが始まればワクワクした。あの高揚感は忘れてはいない。それでも巨像の見えない壁、見えない斬撃と打撃の痛み。壊しても再生したときの絶望感。それも簡単に忘れられるわけじゃない。
そして僅かに聞こえた「助けて」という声。
今のメギドラの実力では逆立ちしても勝てないだろう。
「だとしても、竜帝国に留まったままじゃあ───」
メギドラが言葉を発しようとした瞬間、ガキン!と大きな音が耳に届いた。その音の正体は何なのか、すぐに理解できた。
メギドラの腰掛けた場所のすぐ横の視界が大きく開けていた。正確には、メギドラのすぐ横にあった岩が綺麗さっぱり斬れていた。
「あれ?外した?」
声が聞こえた。その声はメギドラが元人間の竜人であることを見抜いた黄色の竜人の声。
「ア・・・アルマ・・さん」
「やぁメギドラ、昼ぶりだねぇ。散歩はどうだった?楽しかった?」
アルマは包丁かと思えるほど小さなナイフをメギドラの方へ向けて、ヴィドルと会話していたときと同じ飄々とした口調で話し始めた。
「大分行動が遅かったね、昼にボクと話し終わった後に逃げると思ってたんだけどさ、こんな夜に逃げるなんて、人間ならいいけど、竜は本来夜行性ってことも知らないみたいだね。やっぱり君、元々人間だったのは合ってたみたいだねぇ」
「・・・・・」
「そうやって無口貫いてるけど、もう君が元人間の竜人ってことはわかってるんだよ。昼間君にカマかけた時点でもう答えは割れてるんだ。こうしているのは最終確認だしね」
「・・・最終確認?」
「そう、まず君にヅィギィアさんもラーノルドさんもいないことを伝える。そして君に元人間の竜人じゃないかと問う。君がそうであることをばれたくないなら逃げの一手を取ると分かっている。ヅィギィアさんもラーノルドさんもいないチャンスはそう多くないだろうからね。そして君が逃げる所を捕まえれば終わりさ。これで君の正体が何かも分かるし、君の身柄も確保できる」
「・・・身柄を確保して何をする気です?」
「さぁ、元人間の竜人なんて前例ないし、ボクは立場的に低いからね。君の処遇を決めるのは高位の方々だ。どうなるかは全然分かんない」
話している隙にメギドラは掌に爪を突き刺して血を流す。すぐに逆鱗の力を使って戦う準備はできている。
「血の匂いだ。逆鱗で抵抗するみたいだね・・・でも止めた方がいいよ、巨像と戦ったことがあるんだろうけど・・・同じ竜でこの人数相手に逃げ切れると思う?」
バサバサと羽ばたく音が聞こえ、上空からメギドラを囲うように四体の竜人が降りてきた。
紫色の竜人ヴィドル、桃色の竜人ベスティア、紺色の竜人ヤト、緑色の竜人ラーノルドの四体。全員が怪訝な面持ちでメギドラのことを見つめていた。
「・・・っ!」
「メギドラ君、できれば抵抗せずについてきて欲しい。俺たちは君と戦いたくない」
ラーノルドがそう言うが、大人しくついていく気はない。元人間の竜人ということがばれて無事で居られるはずがない。
流れた血を固めて剣を創り出す。
「・・・抵抗の意思あり、少し乱暴になるが・・・力づくで連れていく」
「「「「「“逆鱗解放”」」」」」
五体の竜は各々剣を構えたり手を突き出したりして叫んだ。
「“霊魂の灯火”」
「“静寂の猛獣”」
「“呪い祟り”」
「“顕現する太古”」
「“強欲な瑠璃”」
上からヴィドル、ベスティア、ヤト、ラーノルド、アルマの順に唱えていく。
それぞれの身体の周辺に紫や緑のオーラが纏われ、不穏な空気が漂う。
「“剣歯牙”」
一瞬でラーノルドが視界から消えた。
次の瞬間、胴体に刺すような痛みが襲い、血が噴きだして、片膝をついた。
「ぐ・・・ぅ・・・」
「遅い。俺の剣にすら反応できないのなら、このまま人間領に向かっても無駄に命を散らすだけだ。大人しく竜帝国に戻れ」
「ぅ・・・“竜血針”!!」
ラーノルドの言葉を無視し、流れた血を使って針を飛ばす。もっとも、そんな攻撃が効くわけがない、持っていた緑色で迷彩柄の錆びた見た目の剣を使って防がれる。
「ちっ・・ベスティア!」
「はい・・・“猛獣『獅子』”」
ラーノルドに指示され、ベスティアも地面に手を置き唱えた。言葉を唱えた瞬間に地面にサークルが発生し、中から赤い鬣と鋭い牙が特徴的な獅子が現れた。
それは2メートル程の大きさしかなかったが、奇しくも竜星村を滅ぼした巨像の一角であるあのライオンの巨像と姿形が重なった。
村を滅ぼされた恨みや怒りが沸き上がり、他の竜人からの攻撃を無視してその獅子に突撃していく。
「っ!“竜拳殴牙”!!」
メギドラの全力の竜拳殴牙は強固な巨像の脚を砕き、穿つことのできる力を持つ。その力をただの肉体の獅子が受けきれるほど強くない。
肉を引き裂くような音と共に獅子の身体が大きく吹き飛んだ。
メギドラに対して恐怖の表情を浮かべながらぴくぴくと震え、獅子に似使わず弱々しく鳴いていた。
「うっおぉ、マジか」
「獅子を一撃で・・・」
周りは驚嘆し、驚愕の表情を浮かべると同時に警戒の色を強めた。
竜人たち側は少しも戦闘経験が無いメギドラを舐めていたり同じ竜人としての温情があったのだろう。だがメギドラが一撃で獅子を倒したことでその気持ちは完全に消え去った。
「やっぱりやめだ・・・元人間だとしても俺たちと同じ竜、なるべく傷つけないようにと思ったがやめにしよう。ここからはお前のことを人間・・・俺たちの敵とみなす」
ラーノルドが剣を構え、メギドラに斬りかかる。それと同時にメギドラは血で創り出した剣で応戦しようとした瞬間───
「はい、そこまで」
メギドラとラーノルドの剣がぶつかることはなく、間に入った茶色の竜人の指一本によっていとも簡単に止められた。
相手は指一本、だのに強固な壁でも押しているかのように一切前に進まなかった。
「ヅ・・・ヅィギィアさん!?」
「ダメじゃないかみんな、傷つけずに連れて帰るって約束だったじゃないか。まぁ、想定外の出来事もあったみたいだけど」
ヅィギィアは傷ついた獅子とそれを治療しているベスティアの方をまじまじと眺めながら言った。
そうしてメギドラの方に向き合い、相手を慈しむような視線を向けていた。
「さて・・・メギドラ君、多分再三言ってることになるんだろうが言っておくよ。大人しく竜帝国に戻る気はないかい?」
「・・・何度も聞かれるからこっちも言っておきます。戻る気は一切ありません、そっちもこれ以上俺の邪魔をしないでください」
「・・・・分かったよ・・・みんな先に竜帝国の方に戻っておきなさい」
ヅィギィアは二人を取り囲んでいる他の竜人五名に指示を出した。
「ヅィギィアさん、それは・・・」
「聞こえなかったかい?」
たじろぐラーノルドに向けてヅィギィアはもう一度問うた。その表情はいつもの穏やかな表情とは打って変わって恐怖すら感じる冷たい視線だった。
ラーノルドは何か言おうとしていたが、その表情のヅィギィアに何も言うことができず、自身は獅子を担ぎ、他の四名を連れて竜帝国の方に飛んで戻っていった。
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ラーノルドたちの姿が見えなくなった頃、ヅィギィアの方から口を開いた。
「・・・君がどうして人間領へ行きたいのか、その理由は大体分かるよ。また巨像と戦おうとしているんだろう?」
「そうだとしたら何なんです」
「そんな言い方するな、君が巨像と戦って負けて傷ついたところを竜帝国に連れて来たのは私だ。君があのユニコーンの巨像と戦っていたことも、あれを恨んでいることも分かっている。君が元人間の竜人だと見抜いたのも私だ。それをアルマに教えてこの作戦を考えたのも全て私がやった」
「・・・一体どこまで・・・」
「全ては知らない。今話したことが私の知るすべてだ。君はどうしてもあの巨像にリベンジしに行くんだろう。今の君の実力じゃあ負けて死ぬのがオチだ」
「何でそんなことがわかるんです?」
「何でって───」
次の瞬間、首筋に冷たいものが当たっている感覚に襲われた。
それはヅィギィアの持つ片手剣の刃であることに気付くのに時間はかからなかった。
「───私でも巨像と一対一じゃきついからだよ」
「っ!?」
「でも君の意思を尊重しないわけにはいかない。だから・・・私を倒して行きなさい。そうだね、私の頭か胴体に一撃でも当てられたら君が私を倒したことにしていい」
「・・・正気ですか?」
「正気だよ、私と君の間にはそれだけの差があるからね」
「舐めてます?」
「舐めてないさ、ただ君の今の実力を痛感してほしいだけだ」
「・・・分かりました、じゃあさっさと一撃入れて進ましてもらいます」
そう言ってメギドラは血で創り出した剣を振りかざす。その攻撃は簡単にヅィギィアの持つ片手剣によって防がれる。
「ちっ・・・“竜拳殴牙”!」
「ほい」
全力の“竜拳殴牙”もヅィギィアの片手で簡単に掴み防がれ、逆に腕を掴んで投げ飛ばされる。
「ほら、早く攻撃してきなよ、それじゃあ巨像に勝てないよ」
「舐めるなぁ!!」
勢いよく剣を振り回すが、それは避けられ、かすりもしない。
「型がなってないね、ただ力尽くで振り回しているだけだ。それじゃあ当たらない」
「っ───!!」
「逆鱗も弱い。近頃目覚めたせいで使い慣れていない。その上名前すらない。名前は竜にとって重要な役割を持つんだよ、私に勝ちたいのなら・・・呼べよ、逆鱗の名を」
「・・・俺の逆鱗に名前はない」
「つけるんだよ、今!ここで!」
威圧。今まで優しい言葉しかかけてこなかったヅィギィアの初めての命令口調。
その言葉を聞き、逆鱗の名を思い浮かべた。
あの祭壇の中の洞窟、その奥で見つけたあの赤色の液体。人間が竜人に姿を変えた赤い液体。それが置かれたあの台座に刻まれた文字、その言葉を気がついたら口に出していた。
「“逆鱗解放”“竜の血”」
ただの真似事だが、その言葉を言った瞬間、身体に電撃が走ったような感覚に襲われた。
それが収まると今までと違う感覚になった。
「逆鱗が・・・視える!?」
「そうだ、それが逆鱗に名前を呼んだときに得られる恩恵だ。今まで上手く動かせなかった逆鱗を視覚的視ることができる。そうすれば逆鱗の力を使いこなすことができるようになる。だから逆鱗を使って戦う者は全員“逆鱗発動”と言うんだ。さぁ、存分に使いな」
「そうですか・・・ならこの力、存分に試させてもらいます」
メギドラは大量に血を出し、無数の“竜血針”を創り出す。今まで一本ずつしか出せなかった竜血針を簡単に、無数に出せるようになった。
無数の“竜血針”を飛ばすが、ヅィギィアには当たらない。全て片手剣で叩き折られる。
メギドラは構わず飛ばし続けるが、小さな針を全て的確に折っていきながら、ヅィギィアは口を開いた。
「いい感じだ。逆鱗とは何かを司る力。例えばヴィドルの“霊魂の灯火”は『死者の魂を炎として顕現させる能力』つまり“霊魂”を司る力。ベスティアの“静寂の猛獣”は『自身が手なずけた獣を呼び出す能力』つまり“猛獣”を司る力。そしてメギドラ君の“竜の血”は・・・多分『血を操る能力』つまり“血”を司る力だ」
「だから何なんです?」
「君は忘れていないかい?私にも逆鱗の力があることを。そして司るものが何かということも」
ヅィギィアは残っていた全ての“竜血針”を全て薙ぎ払い唱えた。
「“逆鱗解放”“四の死”・・・私の司る力は“死”。死に直結する力だから基本的には竜相手には使わないようにしていたんだけど。君はまだどちらか分からないから使わしてもらうよ。それと、人間どもから“葬死竜”と呼ばれ恐れられた力、とことん味わってもらうよ」