04話 “逆鱗“
「調子はどうだいメギドラ君」
メギドラが竜人領に来て数日、ユニコーンの巨像につけられた傷はみるみるうちに回復していった。
明らかに人間だった頃と比べて回復速度が早く、ここでも竜人となった恩恵を受けられていた。
「大分回復してきました」
「そいつはよかった、じゃあ飯ここに置いとくからちゃんと食べるんだよ」
そう言ってヅィギィアはパンとスープを置いて出ていき、メギドラは差し出されたパンを一口食べて考えていた。
(ここ数日はずっとベッドの上・・・もう歩けるくらいには身体も治った。今のところは問題ないけどいつ人間だったってばれて大変な目に遭うかも分からない。そろそろここから逃げる準備を進めないと・・・情報が足らなさすぎる、ひとまずここの情報を集めねぇと)
メギドラはパンとスープを食い終えて立ち上がった。鱗が生え、鋭い爪が伸びた強靭な脚ならば靴なんて履かずとも問題なかった。
リハビリするようにゆっくりのそのそと壁を伝い歩いた先にあった扉を押して開いた。
「さて・・・一体ここはどんなところなんだ?」
扉をゆっくりと開き、広がっていた光景は・・・壁だった。20メートルを超える巨大な壁、それは何かを囲んでいるように円を描くような曲線形となっており、その先は見えないほど大きかった。
「何なんだ・・・ここは!?」
「───これが竜帝国だ」
腕を組み、突然背後から歩いてきた紫色の竜人。ヅィギィアがヴィドルという名だと教えてくれた竜人が音も気配も消してそこに立っていた。
「正確に言うとこの壁に囲まれた部分とある特別な場所を竜帝国と呼ぶ。今俺たちがいるのは竜帝国の外の駐屯地だ。お前みたいな敵か味方かも分かんねえ、正体不明な危険因子を竜帝国内に入れるわけにはいかねぇからな」
正体不明な危険因子やら、色々と言われているがメギドラにはちっとも理解できていなかった。ただ言葉や口調、顔の表情からメギドラのことを良く思っていないことが簡単に見て取れる。
「───さぁ、俺はお前の質問に答えたんだ。お前も俺の質問に答えろ」
(一切質問した気はないし、答えてもらった気もしない)
「・・・お前は一体何者だ?」
「・・・は?」
「分かってるよ。お前の見た目は完全に俺たちと同じだ。ヅィギィアさんに聞いたさ、ちゃんと逆鱗も使ってたってな。だがな・・・お前ほど人間の臭いが染みついた竜はいねぇんだよ!」
「人間の・・・臭い!?」
「あぁ、竜はお前ら人間と比べて五感がスゲー優秀だからな。お前じゃあ感じなくとも俺たちは感じるんだよ、臭うんだよ、人間の悪臭が漂ってんだよ」
そんなことを言われてもメギドラにはどうすることもできない上に自分のことを竜人になった元人間だなんて言えない。
ただヴィドルにはその人間の臭いのせいで目の敵にされているようだった。
「人間どもはこれまで何度も竜人に扮して刺客を送ってきた。そいつらも今のお前と似たような臭いを発してた。ヅィギィアさんはお前がそいつらとは僅かに違う臭いを発してたから生かしてんだ───さぁ、そろそろ答えろ。お前は何者だ?」
ヴィドルに急かされるが、当然メギドラには何も答えることができない。キナンカに言われた通り、元人間だってことをばれるわけにはいかない。言えば恐らく殺される。
だからと言って何か噓をついてもこいつらには絶対にばれる。根拠はないが、そんな気がした。
「・・・・・」
「・・・そうやってまた黙るのか・・・分かったよメギドラ、お前がそうするなら俺にだって考えがある」
そう言ってヴィドルは左手を突き出して唱えた。
「“逆鱗解放”“霊魂の灯火”」
唱えた瞬間、突き出したヴィドルの左手に纏うように炎が上がった。それは禍々しい紫色の炎であり、人魂のようにゆらゆらと揺らめいていた。
「なんだそれ・・・人魂みてぇだ・・・」
「みたいじゃない、これは人魂だ。俺の逆鱗“霊魂の灯火”は死んだ者たちの魂を炎として顕現させる能力。俺の炎、霊炎は死者の魂から作られた特別な炎だ。さぁ、10秒待ってやる。お前も呼べよ逆鱗、無抵抗の奴を燃やすのは気分が悪いんだ」
そう言って待ってくれているが、メギドラの逆鱗には名前なんて無い。竜人たちは普通どんな逆鱗の名前なのかも分かっていないから、どんな名前を言えば人間だとバレないのか分からない。
結果、メギドラは無言で立ちすくすしかなかった。
「ちっ、また無口かよ、つまんねえなぁ・・・防ぐ気がねえなら、また床に臥せることになっても知らんぞ!“霊炎”!」
ヴィドルが叫ぶと突き出した左手の掌から紫色の炎の塊が飛び出し、メギドラを飲み込んだ。肌が焼け焦げる痛み、高温の息苦しさが襲うが、不思議と想像した以上の痛みを感じず、巨像と戦ったときのように膝をつくことも無かった。
「考えりゃぁそうか・・・巨像に比べれば、こんな炎・・・大したことない」
メギドラは邪魔者を払いのけるように左手の一振りでヴィドルの霊炎を払いのけた。腕が少し焼けたが、痛みは感じない。
「・・・そんなもんか?」
「はっ、俺の持つ中で一番弱い霊炎を払いのけたくらいで調子乗ってんじゃねえぞメギドラぁ。今の一撃で吐いときゃいいものを・・・もっと苦しい道を選んじまったなぁ!次は───」
そう、ヴィドルが何かを放とうとした瞬間。
「はい~そこまで」
上空から2体の男の竜人が降ってきてヴィドルを羽交い締めにした。ヴィドルはそれを振りほどけずそのまま地面に叩きつけられた。
「ダメじゃないか~ヴィドル~~怪我人に向けて逆鱗ぶっぱなしちゃさ~」
そう言った男はヴィドルやメギドラよりも小さい170にも満たない身長であり、派手な金髪と黄色い鱗が目立ったが、最も注目すべきは翼だ。他のみんなよりも小さく、お世辞にも空を飛び回れるような翼には見えなかった。軽い口調でおちゃらけているが、実力は恐らくヴィドルよりも上だと思った。
「そうだぞヴィドル、今ヅィギィアさんもラーノルドさんも明日まで帰ってこないから良かったものを・・・ばれたら僕らも連帯責任でちょっと怒られるんだからな。ちゃんと言われたことくらい守りなさい」
もう片方の竜人はメギドラたちと同じく大きな翼を持っている紺色の竜人だった。この竜人も感覚でヴィドルよりも強いと予想できた。
「全く、ただでさえ怪我人のメギドラ君を燃やして・・・あんまり悪化はしてないみたいだけど念のため診てもらおうか・・・おーいベスティア!」
紺色の竜人が呼ぶとメギドラが眠っていた住居と別の住居から黒髪にピンク色の鱗を纏った女の竜人が出てきた。ベスティアと呼ばれたその竜人は金色のペンダントを首から下げ、睨んでいるような目つきにいかにも機嫌が悪そうな雰囲気を漂わせていた。
「・・・何ですか?」
「ヴィドルとメギドラ君が喧嘩したみたいでな、念のため診てやってくれないか?」
「・・・何言ってるんですか。確かに少し焼けてますが・・・もう治ってるじゃないですか」
「え?」
見ると、メギドラの焼け焦げたはずの腕は元から何もなかったかのように綺麗に治っていた。
「あれ、本当だ。おかしいなぁ、怪我してたように見えたんだが」
「用がないならもう帰ります」
「あぁ・・・分かった・・・」
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「ま~ま~ヤト、そう考えたって答えは出ないよ~。ほら、早くヴィドルどっかに連れていって」
そう言って黄色の竜人は人形を手渡すようにヴィドルを紺色の竜人に渡し、何処かへ連れていくように促した。
紺色の竜人がヴィドルのことを連れていくと黄色の竜人は笑顔を消してメギドラの方に向き合った。
「・・・さてと、初めましてだねメギドラ君。ボクの名前はアルマ。階級は上戦士級だ。と言っても、君に言っても分かんないだろうけどね」
また出てきた。階級の話だ。アルマの言う通り、メギドラには何言ってるのか分からない。
「そんで、さっきいた紺色の竜人がヤト。桃色の竜人がベスティアだ。ま、名前くらいは覚えておいてよ」
「・・・雑談はいい。あんたが残ったのは、俺に何か話すことがあるからでしょう」
「そうだねぇ、幸運なことに君の逆鱗も知れたし、戦いの様子も見れたからね。じゃ、単刀直入に聞くよ。君・・・記憶喪失でも何でもないでしょ」
「・・・記憶喪失?」
先日ヅィギィアとラーノルドがメギドラのことを記憶喪失だと断定したが、そのことをメギドラ自身は知らない。
「今まで人間どもは何度も刺客を送ってきた。その度、簡単に人間だと分かったよ、臭いは人間だし、姿も人間が真似ただけ、簡単に分かる。でも君の身体は竜人そのものだ。これだと君が人間か竜人か簡単に分からない。人間の技術が進んだだけか・・・それとも本当の竜人か」
アルマは続けるが、メギドラには分からない単語が多すぎて頭に入ってこない。
「・・・それでボクは思いついたんだよ、滅茶苦茶な理論だけどね。人間の臭いが強い竜人・・・竜人のこと、竜帝国のことを何も知らないその知識。君は・・・元々人間だったんじゃないかい?」
「・・・っ!」
「あはははっ、なーんてことあるわけないよねぇ。言ったでしょ、滅茶苦茶な理論だってさ、ただそれだと辻褄が合うなって思っただけだからさ。今のは気にしなくていいよ」
アルマはそう言うが、メギドラにそんなことできるわけがない。腕が震え、表情がこわばりそうになる。動揺を隠すだけでも精一杯だ。
「ま、しばらくの間だろうけど仲良くしようよ、メギドラ君」
そうして背を向けて歩いて行く。姿が見えなくなった後も腕の震えが治まることはなかった。
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その日の夜、メギドラはベットに座り込んで思考を巡らせていた。
「君は・・・元々人間だったんじゃないかい?」
アルマのその言葉を忘れようとしても頭から離れない。
まだ本当に元人間の竜人だということはばれていないが、この調子ならもうすぐにでもばれても不思議ではない。
「すぐにここから逃げなくては」
ふとその言葉が浮かんだ。誰だって危険が身に近づいたら逃げるだろう。それと同じだ。
今メギドラの身には危険が迫っている。すぐにでも逃げた方がいいだろう。じゃあどこへ?
メギドラには帰るべき場所も受け入れてくれる場所もない。そんな者が一体どこへ逃げればよいのだろうか。
答えてくれる者はいない、メギドラはひとりだ。
じゃあメギドラには他に何が残っているか、それを考えた。
そのとき思い浮かんだのは巨像の姿だ。両親を、村長を、村のみんなを殺した憎き相手。あのユニコーンの巨像だ。
居場所は失ったが、まだ果たすべき目的が残っている。
一度、否、二度殺されかけた。次戦えば確実に死ぬだろう、奇跡はそう何度も起こるものじゃない。
だとしても戦わなくてはならない、仇討ちだ、必ず果たさなくてはならない。今生きる理由はそれだけなのだから。
ここから逃げ出してあの巨像と戦う。それ以外に道はない。ここにとどまっていれば待っているのは死だ。ならば動いて戦って死んだ方がいいと、そう結論付けた。
「今日の夜にここから逃げる」
そう呟き、決意を固めた。
ヤトという竜人が言うにはヅィギィアさんもラーノルドとかいう竜人も夜まで帰ってこないらしい。逃げるのに絶好のチャンスだ。
「・・・申し訳ない」
無意識のうちに発したその言葉は誰の耳にも届かなかった。