25話 “大恩”
ウガが部屋に入ってくると、ほのかな酒の匂いが香ってきた。
酒臭いと言われるような鼻を衝く嫌な臭いというわけではなく、花や草木のようと表現されるような華やかな香りだった。
「ウガさん、何の用です?というより、何で今来たんです?」
ジャバは今までの余裕がある表情とは打って変わって苦虫を嚙み潰したような顔をしながらウガに話しかけた。
「なぁに、楽しそうな気配を感じてなぁ!!ただ参加したくなったから来ただけだ!」
ウガの言葉に、ジャバは呆れたような表情を浮かべ、言葉を失っていた。
そんなジャバなど意に介さぬようにメギドラの方に目を向けた。
「メギドラの坊は随分と辛気臭い顔をしてるな。眼も怪我してるな、どうした?」
「・・・ウガさん・・・俺は────」
ウガに元人間であることを話そうとするが、どうにも声が出ない。
どうせすぐにバレることであるというのに、自分の口から真実を告げることに謎の抵抗感があり、喉の奥で詰まったかのように声が出なかった。
「いや、言いたくねぇなら皆まで言わんでいいわ。お主のことはヅィギィアの坊から色々聞いとる。元人間のことも、戦いのこともな」
そんな様子のメギドラを案じてか、ウガはメギドラにそう言った。
「・・・ウガさん、貴方は・・・一体何なんです?」
その質問にウガが答える前に、彼用に紅茶を注いでいるジャバが口を開いた。
「およそ九百年前、竜と人間の大規模な戦争が勃発した。その戦争は若者や中高年、一般級から元帥級まで関係なくほとんどの竜が戦った。それほどまでの兵力が要求されるような大規模な戦い。その戦いで獅子奮迅の活躍をしたある世代に属する四名の竜がいたんだ」
ジャバが続ける。
「現在その世代は全員が千歳を超えていて、その四名しか生き残ってはいないため、その世代を言うことは彼ら英雄四名を指す名になっている。世代の名は古豪世代、その一角を担うのがこちらの・・・“破壊竜”ウガさんだ」
「・・・それはそれは・・・」
「まぁ、実感なんざ湧かねぇよな。気にしなくていいさ、どうせ過去の栄光だ。話したところでどうせうぜぇジジイの自慢話にしかならねぇよ」
いくら凄いということを言われてもあまり実感が湧かずに言葉を詰まらせるメギドラを案じて、ウガはそう言ってその場を流した。
「今話すべきは儂じゃのうて、お前さんのことじゃろうて、なぁメギドラ?今どこまで話した?」
そう言ってウガはメギドラの方を見る。顔は笑っていたが、目の奥には相手を訝しみ、まじまじと観察するような暗闇が広がっていた。
メギドラは現在試練に参加できるか否かで揉めていることを話した。ジャバは一般級程度の待遇までならば保証してくれていること、それでもメギドラは試練を受け、高い階級へと進むチャンスが欲しいことを話した。
「で、互いが譲らずに膠着しているというわけです・・・」
「なるほどのぅ・・・」
ウガは長く白い顎髭をワサワサと触りながら、何かを考えている。
「ジャバの坊、一つ本音を聞かせよ。何故ヅィギィアの坊の約束を破ってまでメギドラの坊に試練を受けさせたくないのだ?」
「・・・決まっているでしょう。メギドラは元人間です、人間側のスパイである可能性や私たち竜に不利益に働く可能性があることを考えると────」
「それは建前だ」
ジャバが話しているのを遮って、ウガはそう言った。
「お前さんとは長い付き合いだ、本音を言え。大体分かってはいるが、お前さんの口から聞きたい」
ウガが真っ直ぐに目を見据えて話している姿を見て、ジャバはそっと一息つき、重々しい口を開いた。
「・・・戦わせたくないんです。メギドラは、ヅィギィアが残した意志だ。試練に参加させる場合、身元を判明させるために大々的に元人間であると公表しなくてはならない。そんなことをすれば、彼はこれからずっと石を投げられることになる。今の強さでそんなことになれば、僕やヅィギィアの庇護があったとしても彼は掟を無視して殺されるかもしれない。そんなことになれば、僕はヅィギィアに顔向けできない」
・・・衝撃だった。ジャバがそんな風に思ってくれていたのだと。
掟は相手が竜だと認められた場合に適応されるものあり、竜だと認める前の遊撃隊のように殺される可能性がある。竜帝国内にはそんな者たちがわらわらと居るだろう。それから護ろうとしてくれていたのだと。
「ジャバさん・・・俺のことを・・・」
「勘違いするな。これは君のためじゃなく、ヅィギィアのためだ」
そう言って、メギドラの言葉を遮った。
「ヅィギィアの坊の意思・・・ねぇ」
ウガはそんな言葉を聞きながらも、表情を変えることなく、次にメギドラの方を向きなおして問うた。
「じゃあ次にメギドラの坊、お前さんに聞こうか。一般級でも、十分すぎる待遇だとわかっとるだろう?だのにお前さんはそれを受けることなく、試練を受けることを望んでいる。それは何故だ?」
メギドラはウガからのその質問が来ると、一切裏がないことを示すかのように真っ直ぐ正面を見据えて答えた。
「竜帝になりたいからです」
「・・・は?」
その言葉が出たのは、他でもないジャバの口からだった。
思考が追いつかず、口だけが先に動き、声が勝手に漏れていたような感じであった。
「ちょっと待ってくれメギドラ。冗談にしては笑えない。今竜帝になりたいと言ったのか?僕の聞き間違えじゃなく?」
「聞き間違えじゃないです。俺は竜帝になりたいと言いました」
明らか動揺を抑えられていないジャバの低い声に臆することなく、メギドラは答えた。
「君は分かっているのか!?竜帝という言葉が持つ意味を!!その重みを!!竜帝国を創った“七星竜帝”様を最後に、八千年間数多の竜が挑戦し、誰も成しえることの出来なかった偉業だ!!元人間の君が、それを本気で成し遂げられるとでも思っているのか!?」
冷静を保っていたジャバの表情が、怒りに引きつって崩れた。震えた、荒げた声を発した。
メギドラはそんなことを言われても一切動じず、真っ直ぐにジャバを見据えた。
「確かに俺は、竜帝という言葉が持つ重みを実感しているわけじゃない。どういうものであるかをヅィギィアさん達から教えてもらっただけに過ぎませんし、何か深い意味があるのならそこまでは知らない」
「なら────」とジャバが話そうとするのを遮ってメギドラは続けた。
「でもそんなことは関係ない────大恩があるんです。突如現れた巨像に村を滅ぼされ、こんな身体を手に入れて、無謀にも正面から戦った挙句瀕死になって・・・そこを助けてもらった。元人間だとばれた後も、俺を受け入れてくれた。人間軍との戦いも、命を賭して、救ってもらった。ヅィギィアさんだけじゃない。ラーノルドさんにも、アルマさんにも、ヤトさんにも、ヴィドルにも、ベスティアにも・・・セシリアにも、返しきれない大恩がある」
感傷に浸っていくように、メギドラは自然と言葉が柔らかくなり、思い出の輪郭をなぞるように言葉が零れた。
「ヅィギィアさんは亡くなった。でも、アルマさんとヤトさんは生きてる。残念ながら屠竜監獄に連れて行かれた。俺はそれを助けたい。少しでも恩を返したいんだ。再び軍を作って攻め込むためには・・・竜帝にならないといけない。竜帝になって、竜帝軍を編成して、皆を救う。そのために!!」
バンッ!!と机を叩いて立ち上がり、机にめり込むかのごとく深々と頭を下げた。
「試練を受けさせてください。お願いします!!」
机を叩いた衝撃がまだ天板の奥に残っている。頭を下げた姿勢のまま、メギドラは息を殺す。
しかし、返事は返ってこない。
空気が重さを増し、部屋の隅々まで静寂が染み込んでいく。
沈黙は拒絶ではない。
ただ試されているような、覚悟の深さを測られているような、そんな圧力だけがじんわりと背中に圧し掛かる。
メギドラの頭が机に触れるほど深く下げられたまま、時間だけが、ゆっくりと、残酷なほど静かに流れていく。
「・・・君が────」
体感で数刻流れたかと思うような時間が流れたあと、ジャバの声が静寂を切り裂いた。
「君が試練を受けたい理由は分かった。だけど、君に試練を受けさせることはできない」
「ッ!!」
「メギドラ、君の理想は素晴らしい。だが、実力が伴わない理想はただの幻想でしかない。今の君では実力が───」
そう言いかけた瞬間、ジャバの言葉は止まった。
「いや、違うな。このままじゃ話は平行線だ。それに、こんな問答を続けてたらウガさんみたいに頭の固いジジィになってしまう」
「しれっと刺してくるなお前さんは!それに頭も固くないわ!!せいぜい250年ぽっち経てばお前さんもそうなるってのに」
(・・・せいぜい250年ぽっち?)
コホンと咳払いしてジャバは続けた。
「分かったよメギドラ。君のその意思に免じて、一回だけチャンスをあげよう」
そう言ってジャバは静かに目を見開いた。張り詰めていた空気が揺らぐ。だが、緩んだ訳ではない。嵐の前の静けさに似たようなものであった。
メギドラは息を呑み、僅かに拳を握りしめる。これが最初で最後のチャンス。胸の奥で恐怖と決意が混ざり合っていた。だが逃げ場があろうとなかろうと、退くことはない。
「僕に“君の強さを示してくれ”“例え元人間であることの理不尽に遭っても決して折れることのない強さ”を」
曖昧だ。それが最初に思った言葉だった。
強さ、と一口に言ってもその形は無数にある。力か、意思か、覚悟か、勇気か。
ジャバの言葉は確かに熱を帯びていたが、輪郭がぼやけていて、掴もうとすると指の間をすり抜ける。
(それだけじゃわからない)
そう言いたかったが、ふと言葉が詰まる。
ジャバが望んでいるのはそういうことではないのだろうと。
そう考えるとメギドラは心とは別のことを聞いていた。
「方法は?ジャバさんと戦えばいいんです?」
そう、未来のことを。
「・・・いや、僕はやらない。メギドラが誰かと戦うのを観たいからね。だとすると誰に頼むかな、ウガさんは論外だし、トーヴァとはさっき戦ったし、戦いを見ていたであろうヴォロに頼むわけにはいかないな。だったらズールやステカノスに頼んでみるのも───」
「そんなことせんでも、もっと簡単なやり方があるじゃろうに」
次々と案を出していくジャバの声を遮り、ウガの低くしゃがれた声が割り込んできた。
「もっと簡単な方法?一体なんです?」
「お前さんは元帥級じゃろ、日程くらい頭に入れとけ」
そう一言恨み節のような前置きを置き、ニヤリと口角を上げて続けた。
「約二週間後に開催される覇竜饗宴、その中の一大イベント饗宴乱闘。そこにメギドラをぶち込む!!」
メギドラは、覇竜饗宴のことをヅィギィアから少しだけ聞いていた。一年に一度だけ行われる竜帝国全体を使った巨大な祭り。様々な地区の者たちと交流して飯食って酒飲んで楽しむ祭りであると聞かされていた。
その話の中では、ただの巨大な祭りであり、戦い合いをすることなどないと思っていた。
(そんなことはなかったようだ)
饗宴乱闘、どんなものか知らないがその名の通りメギドラにとって禄でもないことであるは分かる。
だと言ってもメギドラに決定権は無いのだが。
「饗宴乱闘とは何ですか?」
「饗宴乱闘。それはウガさんが言ったように覇竜饗宴の一大イベントだよ。簡単に言ってしまえばバトルロイヤル、精鋭級以下の階級の竜たちが参加するんだ。優勝賞品が豪華だから、たくさんの竜が来ることになる」
「饗宴乱闘は色んな奴が観に来る。そこにメギドラの坊が出ればジャバの坊や皆が力を見ることができる。メギドラの坊は自身の価値を示すチャンスになる。一石二鳥じゃろ!」
ウガがそう言うとジャバは顎に手を置いて考え出した。
「それが一石二鳥であるかはさておき、結構いい考えかもしれない・・・分かりました、ではこうしましょう。メギドラは覇竜饗宴の饗宴乱闘に参加してもらう。君がそこで強さを示すことができれば、試練に参加することを認めよう。ただし、できなければ僕の要求を呑んでもらう。それでいいね?」
ジャバの問いかけは、今まで以上にメギドラの覚悟を確かめるような威圧感があった。
「・・・俺に選択権は無い。だったら迷う必要も何も無いか」
そう一言前置きを置いて、メギドラは真っ直ぐに目を見据えて答えた。
「いいでしょう。参加します、饗宴乱闘。そこで俺の力を示します」
メギドラはもう振り返らない。ただ前だけを見据え、己が立つべき戦場を心に描いていた。




