22話 “来訪者”
「ところでメギドラ、竜帝を目指すって言ったって具体的に何から始めるんだ?」
ヴィドルがそんなことを聞いてきたのは共に桜の霊園から集落へ戻って歩いてきている最中であった。
「そんなもん考えてないぞ」
メギドラはあっけらかんとそう答える。
「まず元人間の竜ってのがここでは前例のないことで、俺がこれからどういう扱いをされるのかすら分かってない。ここでの扱いは超特別待遇だってことも分かってるからな。ただどういう扱いであるにしろ、竜であると認められたなら、竜帝国の規則を受けられることは変わらないだろう。試練をこなし、階級を上げ、死嵐桜山に挑戦し、それを攻略できたなら竜帝になれる。それは変わらない。だから一先ずは最低限竜として認められることが直近の目標だな。具体的にどうすればいいのか全く分からんが」
結構ちゃんと考えてるじゃねえか。とそう心の中で考えながらもヴィドルは「へぇ」と言葉を返すだけであり、足並みを揃えるようにゆっくりと隣を歩いていった。
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「メギドラ、ヴィドル、戻ってきたか!」
集落へ戻ってくるとそこには慌てた様子のラーノルドが立っていた。その震える手には少し乱雑な折り目がついて傷ついた手紙を持ち、顔は強張り、目は見開き、額にはじんわりと汗が滲んでいた。
青い蛇も落ち着かない様子でラーノルドの肉体を締め付けるように動き回っていた。
「急いで着替えて準備しろ、念のため武器の準備もしておけ、いつでも戦えるように臨戦態勢でいろ」
「何があったんです?」
そう聞くとラーノルドはゆっくりと持っていた手紙をみせびらかしてきた。それと同時にその手紙が入っていたであろう洋封筒を差し出してきた。
その手紙は大きな紙に大きく「今から向かう 準備しておけ」と僅か12文字の文字が書かれているだけだった。
そして洋封筒の封蝋にはまるで鏡のようなマークが刻まれていた。
「このシンボルは鏡界竜の印。鏡界竜は竜帝国の南西部を治めているジャバさんの二つ名。つまり、今からジャバさんかその関係者が来るわけだ」
(なるほど、ヅィギィアさんが亡くなって、次のリーダーやら後々の方針について話し合ったりするんだろう。そのときに何かがあって、もし俺が元人間だとばれてもどうにか抵抗できるように武装しておけってところか)
と、メギドラがその正誤を確かめようと口を開こうとした瞬間────
「恐らくあちら側の狙いは・・・メギドラ、お前だ」
「・・・はい?」
全く予想ができなかったことを言われ、素っ頓狂な声を返してしまう。
「いやっ・・・いやいやいや、何で?」
「当たり前だろう。というか、賢いお前なら分かるだろう。お前が自分のことを竜だと言おうが、ヅィギィアさんが認めようが、竜帝国に対して危害を加える可能性が消えることはない。もしお前が竜帝国に対して何らかの害を加えようとした場合、お前のことを隠していた結果被害が拡大した。なんてことにならないための措置だ。こればっかりはどうしようもない」
(・・・まぁ、そうだよな。俺が竜にとって危険生物扱いされるのは当然のことで、リスクヘッジは絶対に必要。即拘留や死刑にならないこの状況の方がおかしいまである。認識が甘かった。そうだ、むしろこれは好機、竜帝国の統治者と直接交渉できるチャンスだ。どうにかして俺が竜だと認められるように上手く交渉出来れば直近の問題は解決できるかもしれない)
と、メギドラはそう自分に言い聞かせ、あの着替えの部屋へと向かう。
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それからまもなくだった。2分で着替え、武器を携え、ラーノルドの元へ戻ると、これから不吉なことが起きるとでも言うかのように少し強めの冷たい風が吹き始め、砂埃が舞う。
視界が少し遮られつつも何が来ても見逃さまいと目を凝らし、砂埃の中から攻撃が飛んできても対応できるように腰に携えた剣の柄に手を添えた。
セシリアは泣き疲れて眠ってしまい、ベスティアが傍に居てくれている。今はラーノルド、メギドラ、ヴィドルの三名で来訪者を待っているところだった。
数秒後、砂埃の中から人影・・・竜影が見えた。数は二体、パッと見て片方は190に近い背丈の男、もう片方はそれに比べて小さく、150少し程度の背丈の女だろう。
影が近づいてくるとその全貌が見えてきた。
両方黒いタキシードに身を包んだ礼儀正しい服装は共通し、男の方は水色、女の方は赤色の装飾を身に着けていた。
また、男は何も持たないのに対し、女の方は昼間の環境に似つかわしくない青い光を放つランタンを持っていた。
彼らの姿が見えるとラーノルドが口を開き始めた。
「お忙しいところ、来ていただいてありがとうございます」
(相貌、執事だと一目で分かる服装、ラーノルドさんの反応、“鏡界竜”ジャバさんではないな。多分こいつらは前ベスティアが言っていた、ジャバさんお抱えの執事───)
「トーヴァさん、ヴォロコーブさん」
(───“炎仕竜”トーヴァ、“氷仕竜”ヴォロコーブ・・・さぁ、何言われるかねぇ、面倒事無しでジャバさんの元へ連れていってくれるとありがたいのだが・・・)
そんな不安や心配を顔に出さないようにポーカーフェイスを保ちながら、腰に携えた剣の柄にそっと手を添え、彼らの一挙手一投足を警戒する。
「こちらこそ、ご傷心の中、急に押しかけてきて申し訳ない。しかしヅィギィア様亡き今、彼の意向と権力によって編成されていたこの遊撃隊の今後を早急に決めなくてはなりません。例の契約の内容もそうですし、貴方方のこれからも考えなくてはなりません」
そう静かに語るヴォロコーブはヴィドルやラーノルドなどの遊撃隊を心配するような表情を浮かべていたが、その視線は僅かにメギドラの方へと寄っており、その目は冷ややかで軽蔑の目を浮かべていた。
まだ一言も発していないその横のトーヴァも同じような軽蔑の視線でメギドラの方を見ていた。
そういう視線で見られているということを、彼らの目を見なくても分かっている。
「そして・・・そこの彼、元人間の竜、メギドラの処遇についても考えなくてはなりません」
ヴォロコーブはさっきとは違い、明らかに嫌悪や軽蔑の表情を浮かべメギドラの方を見つめていた。
(・・・やっぱりきついな、軽蔑の視線。竜がどれだけ人間を嫌っているのか、俺はまだ実情を知らない、経験も浅い。でも竜帝国内なら多分これが普通で、遊撃隊が異常。嫌でも慣れないと竜帝国内でやっていけない。まぁ、今はそれをやっていけるかどうかすら分からない状況ではあるわけだが・・・想像だけでもうんざりだな)
「まぁ、遊撃隊に関しては後々決めようという形になりました。今は、そこの元人間の処遇について考える方が先です。とりあえず彼をジャバ様の元へ連行します。私はその仕事を課されてここに来ました」
(・・・いい流れだ。これなら争いもなく平和的に直接交渉できる)
そう、良い流れだと感じて僅かにポーカーフェイスが緩んだ。僅かに口元が緩み、口角が自然に上がる。メギドラ自身にはそうなっている自覚はなく、ただ無意識のうちにそうなってしまっていた。
次の瞬間───殺気
鋭く冷たい殺気の視線が首に向いているのを感じ、反射的に体を仰け反らした。
それと同時に速く重く空を切る物体が眼前を通り抜け、一瞬だけ逆立った前髪を切り裂いた。
「いや・・・とりあえず俺を連行するんじゃなかったのか?狂犬かよ───」
地面を蹴って距離を取ると、その攻撃したものの全貌が見えた。
彼女はその小柄な体躯に似つかない厳つい戦斧を持ち、逆の手で持つランタンからは青い炎が流れ出てベールのように彼女の周りを飛んでいた。
きっとそれが彼女の逆鱗の能力なのだろう。
「───トーヴァさん・・・でいいのか?・・・流石にいきなり攻撃ってのはいかがなものかと思うんだが・・・」
「名前を呼ぶな、元人間」
「・・・氷仕竜!あんたらの仕事は俺を連行することじゃないのか?」
トーヴァの方に話しても全く話が通じなさそうだったので比較的話が通じそうなヴォロコーブの方に話しかける。
ラーノルドやヴィドルも抗議してくれているがヴォロコーブは全く表情を歪ませることなく淡々と答えた。
「私にに課された仕事は元人間の竜をジャバ様の元へ連れて行くこと。これは私たちに課された仕事ではなく私単体に課された仕事です。トーヴァに課された仕事は違います。彼女に課された仕事は見極めです。ジャバ様と面会するに値する力があるかどうかの見極め。もしもジャバ様と面会できると認められるだけの力が無いのならば・・・即刻殺処分せよと指令を受けています」
淡々言葉を紡ぐヴォロコーブの言葉を聞きながらトーヴァの攻撃を紙一重で躱し続ける。
ヴィドルだけは「無茶苦茶だ!」と吠えて抵抗の意思を示すが。そんな姿にすら軽蔑の視線を向けてヴォロコーブは続ける。
「無茶苦茶?異なことを言いますねヴィドル様。我々としては即刻殺処分したいところなのに譲歩しているのです。本当に竜かも分からない元人間の竜なんて言う者、竜帝国に危害を加えるやもしれない可能性がある危険生物の可能性が高い者を生かしたいというヅィギィア様の意思を尊重してこういった手を取っているのです。滅茶苦茶なのはあなた方の方です」
「ぐぅ・・・」
「これ以上の問答は無駄なようですね───トーヴァ、殺す気でやりなさい」
「言われなくても最初からそのつもり」
そう言うと流れる炎は一気に流量が増し、波のように押し寄せてくる。
それはメギドラが離れるよりも速く、波に吞まれてしまう。しかしその青い炎に熱はなく、まるでそよ風が当たるように小さな力で押されるだけであった。
「この炎に熱は無い。けど───」
そう言った瞬間、僅かに視線が右を向いた。メギドラはそれを見逃さずその視線の先のそれを見た。
青い炎を纏った斧が、空中を旋回するように飛び、炎の川の流れに乗って襲い掛かってくる姿を。それはまさに意思を持った魔物のような、生きた凶器であった。
「“炎斧”」
メギドラは反射的に剣を抜き取り、自身と“炎斧”の間に挟み込んだ。
ガァァン!!という轟音を鳴らして衝突し、それとともに火花が炸裂する。反動が腕に伝わり、足元の地面すら抉れる。
だが、斧はギリギリで弾き返すことができた。
弾いた斧はそのまま炎の流れに乗って彼女の持つランタンの中に小さくなって収納されていく。
(危ない。ただ炎に乗った斧を受けただけなのに中心の樋まで刃毀れしちゃってる。見えない左側から来たら大怪我ものだったな。多分彼女の能力はあのランタンから出る流れる炎に物とかを乗せて運ぶ能力。物を炎に巻き込んであのランタンに入れることであれより大きな物を収納することもできる・・・とかか)
「“逆鱗解放”“流角灯”」
(さて、どうするか。ちゃんと考えろ俺、トーヴァは正面からだと今の俺の力じゃ暴走でもしないと倒せない。だが今の俺の勝利条件はトーヴァを倒すことじゃない。俺がジャバさんに面会できるだけの力があると認めさせること・・・まぁ卑怯な手を使って彼女を倒せる程度の力があると示せればそれが一番楽ではあるんだが、今は考えないようにしよう)
「“逆鱗解放”“竜の血”」
メギドラは掌に爪を突き刺して血を流した。
少しだけ捻った蛇口のように細く流れる糸のような血液は意思を持った蛇のように唸り、前方の空中で編まれていく。
三日月の形に編まれた血液の刃、剣のように鋭く尖った血刃が三本。赤黒い光沢を帯びたその月は青い炎を反射して妖しく輝いた。
それはまさしく───巨大な竜の爪
「“竜血刃”」
腕を振り下ろすと竜血刃は放たれた。大砲が火を噴くくような衝撃音が響き、炎の奔流を押し返すように、竜血刃は三方向から一直線にトーヴァの方へと向かっていく。
トーヴァは斧を横に構えて真っ向から迎え撃つ。
一文字に薙ぐように斧を振り、真ん中の竜血刃を真っ向から破壊しようとする。
ただその一撃が竜血刃を軋ませる。鱗のように表面が細かく割れて剥がれ落ち、その音が耳を打つ。
耐えきれない。
そうメギドラは感じた瞬間、即座に剣による第二撃を放とうと距離を詰めた。
しかしそんなメギドラの予想とは裏腹に、竜血刃は砕けない。むしろトーヴァを、斧を押し返し、彼女の肉体を傷つけ、弾き飛ばした。
「はっ!?」
つい、そう声を出してしまった。
自身の血液の力はメギドラ自身が一番分かっている。耐えきれない。砕けると確信していたのに、それが外れた。自分の力が自分の把握している以上に強かった。
嬉しい誤算、それが悪いことではないのだが、それよりも確信が外れた動揺の方が大きかった。
「・・・トーヴァ、油断するんじゃありません。彼はまだまだ戦士級ですが、先の戦いで中央聖騎士団の第7騎士と第11騎士を戦闘不能に追い込んだ実力者です。また、彼の逆鱗“竜の血”はヅィギィア様の逆鱗“四の死と融合しています。強さは情報以上と考えなさい───と、言ったはずなのですがね」
ヴォロコーブは呆れるようにそう言う。トーヴァは攻撃されてからずっと不快な表情をしていて話を聞いているのか分からないが、メギドラの耳にはそれははっきりと聞こえた。
逆鱗の融合。
ヅィギィアに習った。さらっと言っただけであまり詳しくは聞いていないが、言っていた。
「───逆鱗は鍛えればいくらでも成長できる。愚直に使い続けないといけないからそう楽に簡単に成長できるわけじゃないけどね──でも例外はある。一つだけ簡単に成長する方法があるんだ。それは逆鱗の融合、自分の逆鱗を剥がして他者の逆鱗に重ねることで逆鱗同士が融合する、そして融合した逆鱗は単純に成長したり、それら二つが合わさったような能力になったりする。これは予測が不可能だけど、融合すれば強くなることは間違いない。でも、この方法は本心から譲渡するっていう意思がないとできなかったり、譲渡した側の逆鱗が無くなったり、二度と分離することができなかったり色々と面倒なんだけどね。まぁ、基本的にそんな状況になることは少ないし、デメリットも多いから進んでやる者もいない。だからあんまり覚えてなくていいよ。頭の隅の端っこにでも置いといて───」
「───大分端だな」
そんな会話をした思い出があった。
そして思い出した。戦場でヅィギィアが死ぬ寸前、自身の逆鱗を剥がして譲渡する姿を。
(だからか・・・だから俺が把握している以上に強いのか・・・)
メギドラはそんなことを思いながら一回り大きくなった逆鱗に触れ、譲渡してくれた彼の顔を思い出しながら考えていた。
(俺の逆鱗は強くなってる、ならできるか?これができるなら・・・多分勝てる。だけど本当にできるか?いや・・・折角こんな機会だ、イメージならできてる、何事も挑戦だ。やってみよう)
そう、メギドラは覚悟を決め、一歩踏み出した。




