19話 “葬死竜 ヅィギィア”
少し時を遡り、中央聖騎士団襲撃前、ヅィギィアの部屋にて。
ジャバとの会談を終えて戻ってきてすぐのこと。
「・・・アルマ、お前は少し残れ」
部屋で年長組四名が話し合った後、ヅィギィアはアルマのことを呼び止めた。
アルマは軽い感じでその言葉を受け取ったが、ヅィギィアの真剣な表情からすぐに考えを改め、訝しげな表情に変えた。
その他二名も、その表情から重大な話であると感じ取り、さっさと部屋を出て行ってしまった。
「何ですヅィギィアさん?大事な話があるご様子ですが」
「引き締まらなくていい。お前が懸念するほど大事な話でもない。命令が一つだ」
「選択肢一つならその言い方止めてください・・・それと、そう言うならもっと表情崩してくれませんか?ただでさえ他のみんなに比べて心が視えずらいんですから」
ヅィギィアは僅かに口角を上げ、話を続けた。
「次の戦いの話だ。もうそろそろで人間軍か巨像。あるいはその両方が攻めてくるだろう。そのときお前の“強欲な瑠璃”を私に使うな」
「・・・はぁ?」
予想外のことすぎて素っ頓狂な声を出してしまった。
あの表情ではもっと別のことを言われるのだろうと予想していたのだが、全く予想外のことを言われてしまった。
「ボクの?“強欲な瑠璃”を?ヅィギィアさんに?使うなって?えぇ?」
「ちゃんと分かってるじゃないか、それじゃあ頼んだよ」
「いや待って待って!待ってください!」
アルマの理解を待たないまま話を終えてどこかへ行ってしまいそうなヅィギィアを呼び止めて椅子に座らせた。
ヅィギィア自身は「アルマなら何も言わなくても分かってくれるから大丈夫だ」みたいな顔をしていたため、呼び止められたことに少し困惑していた。
「“アルマなら何も言わなくても分かってくれるから大丈夫だ”じゃないですよ!やっと見せたのがそんな顔は止めてくださいよ。ちゃんと理由を説明してください。ボクの読心術は師匠の逆鱗みたいに完全じゃないんですよ」
「会長・・・いや、お前の師匠はアルマのことを随分と褒めていたぞ。“僕の逆鱗が必要ないくらい奴の読心術は正確なんだ”って。逆鱗も、性格も、武器術のことについても褒めていたぞ」
「今や師匠は“万道総円会”の会長ですよ、ヅィギィアさんの心を読んで喜ぶようなことを言っただけでしょう」
「まぁ、一度会いに行けば分かる話だ」
『万道総円会』は竜帝国内に存在する会社のこと。竜帝国内の物流と連絡網を管理している会社だ。アルマの師匠はその会社の会長なのだ。
この話はあまり関係ない。数分脱線した後、気を取り直して話を続けた。
「お前の逆鱗は『幸運を瑠璃に貯め込む能力』だ。この能力さえなければお前は生きてるだけで無限に幸運が舞い込んでくるような竜だ。羨ましいことにな。だがお前はそれを瑠璃に貯め込むことで並の竜と同じ程度の運に落ち着いている。お前の逆鱗は他者にも己の運を分けてあげられる優しい能力だ。だが、その能力の都合上運が十分に貯められていなかったらほぼ効果がない。あっても薄い。分け与える数が多ければ尚更ね」
「だから他の皆に効果を出させるためにヅィギィアさんには逆鱗を使うなってことですね?」
「分かってるじゃないか、じゃあ頼んだよ」
「待て、ボクの理解を待たないまま話を切り上げようとするんじゃないです」
アルマはまたまたヅィギィアを呼び止め、再び椅子に座らせた。ヅィギィアはやはり説明や話し合いが足りない。
「───というより、何でいきなりそんな話になるんですか。ボクの逆鱗は時間さえあればどうにでもなりますし、そもそも頭数を少なくすれば済む話でしょうって!」
「頭数を少なくって、誰をだい?」
「あ・・ぇと・・・」
「アルマなら分かるだろう。外すなら最候補はセシリアだって思ったはずだ。だが彼女の様子を見てるお前なら分かるはずだ。今あの子とメギドラを離すようなことはできない、彼女がどうなるかは想像に難くないだろう。当のメギドラは自ら繋がりを作ったといえども竜帝国内で保護してくれる者がいるやも分からない。その上奴には他の何かがあるかのように思える。そんな奴を保護しようなんて相当な物好きしかいないだろう。私たち以外に信用信頼は全くないしな。つまり彼ら二名は我々がどうにかしないといけない」
「・・・確かに、ジャバさんはメギドラを信用していません。ヅィギィアさんのことを信用しているだけです。今の状況で竜帝国内に預けることは危険すぎるでしょう。“天影竜”様や“破壊竜”様。“海竜”様に“輪月竜”様などの古豪世代の方々に認められればどうにかなるかもしれませんが、ジャバさんに認められない限り竜帝国内に留めることは無理でしょうね。だからって他の者を抜くってのは・・・」
「───論外だな」
「ですよねぇ~分かってますよそのくらい」
アルマは段々といつもの飄々とした態度に戻ってきた。最初の硬いムードから段々といつもの軽い雰囲気に変わっていく。
次第に肩の力が抜けていき、少しふざけたような仕草を浮かべた。
「メギドラも今や十分な戦力になれる。巨像からセシリアを助け出したのは半分以上彼の手柄だ。実力は十分だ。セシリアもきっと大丈夫。心配する必要はない。あのときみたいにメギドラに全部運を分けたりする必要はない」
「・・・何のことです?」
ヅィギィアにそう言われたアルマは笑った表情で固まり、棒読みでそう言った。
「メギドラが逃げたとき、お前はあいつが死なないように“強欲な瑠璃”に貯め込んでいた運を全部渡してやったんだろう?わかるさ。でないと、あいつは既に死んだしまっていただろうからな。敵か味方か分からない状態だったのに全部あげたんだろう?死んでほしくなかったから」
しばらく双方の間に静寂が流れ、その後アルマは笑い出してしまった。
笑い終わりアルマはゆっくりと深呼吸をして、応えた。
「やっぱりヅィギィアさんには隠さないですねぇ~嫌になってきますよもう・・・分かりました。ボクが何を言ってもあなたは梃子でも動かないんですから。あなたならボクの幸運を分け与えられなくても他の皆に比べたら大丈夫でしょう。元々ヅィギィアさんが将軍級になったのはあなたの実力なんですから。代わりに絶対無事でいてくださいね」
「───私を誰だと思っている?」
「分かってますよ、天下の葬死竜様ですからね」
「分かってるじゃないか。大丈夫だ、いつものように戦って勝てばいい───」
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「・・・ぁぁあぁ・・」
ヅィギィアの出した声は、詰まった笛のような声。
肺から出てくる空気が何かに阻まれてほとんど声の無い声のような声だ。
「ヅ・・ヅィギィアさん・・?」
後方から声が聞こえてくる。メギドラの声だ。その声を聞いて、胸の奥からじわりと安心感が広がった。
安心感が広がると同時にある別のことが広がってきた。それは痛み。
波紋が広がるように全身に痛みが広がっていく。腹の奥から吐き気がせりあがっていき、やがて吐いてしまった。
口の周りが真っ赤に染まり、ぽたぽたと顎から滴り落ちてくる。
滴り落ちる血を追うように視線を下に落とすと胸には赤黒い剣が突き刺さり、痛みが広がるのと同じように服に赤い染みが広がっていた。
剣の先にはヅィギィアを嘲笑うかのように邪悪な笑顔を浮かべた「4」の騎士の姿があった。
(・・・あぁ・・少し考えれば・・・わかるか・・私が仲間を身を挺してでも守ろうとすることに・・)
ラビアスの顔とこの行動を鑑みれば、それが狙いであることを理解した。
例えどれだけ強い竜でも、心臓を潰されれば死ぬ。血液が回らなくなれば、全身の細胞が死んでいく。どれだけの決意や覚悟があろうが、死ぬまでに心臓が治るような生命力はヅィギィアには無い。
持って数分の命だろう。
「・・・・・」
「はっ・・はははっ!!ついに死ぬか葬死竜!安心しろ、お前の仲間もすぐにそっちに送ってやるから」
ラビアスは、他の者を殺しに行こうとした。ヅィギィアから『グラム』を引き抜いて、他の皆を殺しに───
それを、死を司りし竜は許すわけがなかった。
「・・・は?」
『グラム』は抜けなかった。ヅィギィアの心臓に突き刺さった屠竜剣はまるで一本の大樹と化したかのようにビクともしなかった。
ラビアスは困惑した表情を浮かべ、生えている5本の腕で引っ張るが、それでもビクともしない。
「お・・おい・・」
ヅィギィアの表情を見たラビアスは、全身が凍りつくような感覚に襲われた。
彼の顔は怒りに満ちていた。眉間に皴が刻まれ、目は鋭く光り、まるで炎が燃えるかのような視線だった。
思わず一本後ずさりするが、『グラム』が抜けないままでは離れられない。
心臓が激しく鼓動し、冷たい汗が全身を伝った。
(何・・だ!何なんだこいつは!これが・・これが死に際の竜人か!?)
少しだけでも恐怖で動きが鈍ってしまう。
そんなラビアスの胸にそっと手を乗せ、己の出せる全力を込めて強く言った。。
「“死打───発勁!!”」
その瞬間、空気が裂けるような音が響き渡った。まるでソニックブームのような鋭い音が周囲に広がり、地面が震える程の衝撃が放たれた。
ラビアスの体はバキバキッ!と骨が砕けるような音が響いて宙を舞い、吐瀉物をまき散らしながら飛んでいく。発勁の攻撃をしても『グラム』を離すことはなく、ヅィギィアに刺した『グラム』は抜けてしまった。“死打発勁”の衝撃波によってその剣の一部が欠け、無数の破片となって宙を舞った。光が破片に反射し、まるで小さな星々が踊っているようだった。
飛び上がったラビアスは、僅かにぴくぴくと動いているが、完全に伸びきっていた。
倒れたラビアスを遠目から蔑むように見つめた後、砕けた『グラム』の破片をひょいと拾い上げ、もう片手で己の逆鱗を握りしめた。
ラビアスの方には他の中央聖騎士団が駆け寄り、守護しているが、ヅィギィアはそれに興味を示さず、後ろにいたメギドラに向き合い、ゆっくりとしゃがんで目を合わせた。
「・・あぁぁ・・・あぁあぁぁぁあ」
メギドラは悲観や恐怖などの様々な感情が混ざり合った、今にも泣きだしそうな表情をしていた。それ表情を一言で表すとすれば“絶望”だろう。証拠にメギドラは今全く動けず、声が出てきていない。いつものメギドラなら血を操る能力でどうにかしようとしただろう。それができないということはそういうことだ。
当然だ。ヅィギィアは心臓と腹から血がドロドロと流れ、口からずっと血を垂らし、少し立ち止まれば地面に血の溜まりができるようなグロテスクな状況であった。その上、隣には槍が刺さって倒れるセシリアの姿、少し前にはメギドラを守るために散っていった黒狼と白狼の姿。
ヅィギィアにはそれ以外にも理由があることを感じ取ったが、それが何なのかはよく分からなかった。
遠くからは「ヅィギィアさん!!」と呼ぶ遊撃隊のメンバーの声が聞こえた。みんなすぐにでも駆け寄りたいだろうに、それぞれの場所で戦っているため、駆けつけることができない。
(すまない・・・約束は・・守れなかったみたいだ・・)
つい先ほど、走馬灯のように流れた一部の記憶、アルマとの会話の中でした「絶対に無事でいてください」という約束を思い浮かべてそう思った。
残り僅か、刻一刻と終焉へ近づく時間。まるで残り少ない砂時計のように目に見える少ない時間。そんな時間でヅィギィアにできることはほんの少ししかなかった。
「メギドラ───」
ヅィギィアは血にまみれた手で己の逆鱗を剝ぎ取り、メギドラの逆鱗に力強く叩きつけた。
メギドラの胸部には大きな赤い手形が付き、メギドラの逆鱗に、叩きつけたヅィギィアの逆鱗がくっつき、やがて一回り大きな逆鱗“竜の血”に変化した。
メギドラは左目から涙を流し、右目から涙のように血を流していた。そんなメギドラを励ますかのように両肩を強く握りしめ、真っ直ぐに強い目で見つめて言った。
「お前は・・これからきっと・・・何度も・・・こういうことが起こる」
ヅィギィアが言葉を発する度に血を吐いていくが、そんなものは気にせず続けていく。
「苦労することは起こる・・・嫌になることも起こる・・今生の別れも・・ゴホッゴホッ!・・何度も経験するだろう・・・死にたくなることも・・もう止まりたくなることもある・・」
拳をさらに強く握りしめ、『グラム』の破片が突き刺さってさらに血を流していく。血をまき散らしながら、意識が遠のくのをグッと堪え、意識をはっきりと持つ。最期の言葉を残すために。
「それでも・・・お前は・・迷わず進め!・・・何を言われても・・自分の信じたことを・・信じて進め!・・お前は・・私が認めた・・・竜・・の・・・メギドラだ・・・から・・」
最後にニッと笑って見せ、ゆっくりと目を閉じた。まるで風前の灯火のその名の通り、ゆらゆらと炎が揺らめくように揺れ動き、まるで別れの挨拶をするかのように。やがて───静かに、呼吸の音が聞こえなくなった後、その体はゆっくりと崩れ落ちた。
もう何も聞こえない。
「・・・ヅィギィア・・さん?」
呼びかけても返ってくる声はない。その肉体に触れても、まるで氷を触っているかのように冷たかった。もうそれが温まることもなく、みるみるうちに冷たくなってきていた。
この感覚を、メギドラは前に経験したことがある。竜星村でだ。生命が尽き、屍となった者たちを運んでいたときに感じていた感覚。
もう二度と会うことのできない、本当の別れの感覚。
だというのに、親が潰されたときのような悲しみは感じない。怒りも出て来ない。本当に血も涙もない化け物になったかのように、悲しみや怒りなどといった負の感情が湧いて出てこない。
「・・・本当に・・化け物じゃないか・・俺は・・」
自分のことが嫌になる。セシリアが傷つけられ、命の恩人のヅィギィアが自分を守ったことで殺され、そんな状況だってのに負の感情が大して湧いてこない。
(俺は・・何とも思ってないのか?・・・嫌だ・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!こんなの・・・あんまりじゃないか!)
まだ戦いは終わっていない。このまま動けなければ、中央聖騎士団、あるいはそこらの兵士たちに殺される可能性がある。そんなことを考えていられる余裕は全くなかった。
絶望に暮れ、視界が暗く黒く染まっていく。さっきまで流れていた涙も、もう流れない。枯れ果てた川のように、精神が泣こうとしても肉体は言うことを効かない。これからどうやって動けばいいのかも分からない。元より戦える力が無い。
視界は真っ暗に染まっている。
もう考えることもやめようと思ったそのとき、真っ暗な世界に光り輝くものが見えた。
竜星村の“ドラゴンブラッド”の元へと導かれたときと同じようにその光り輝くものへと手を伸ばした。
「・・・これか?」
手を伸ばした先は、倒れたヅィギィアの手の下。最後にこれだけは守るという意思を感じるほど、彼の手はそれに覆いかぶさっていた。メギドラはするりとそれを抜き取った。
抜き取ったそれは屠竜剣『グラム』の破片、小型ナイフ程の大きさの小さな破片。その名の通り『グラム』は竜を屠る剣であり、普通は禍々しいイメージを感じるはずだ。事実としてラビアスが持っていたときの『グラム』は禍々しい雰囲気を感じた。
だが、今メギドラが持つ『グラム』の破片は、それとは対照的な神秘的な、神々しい雰囲気をそれに感じた。
「刺せ」
あのときと同じような声、無が広がるあの暗闇で聞こえたあの声。その名をポツリと呟く。
「・・・キナンカ?」
意味は分からない。何故その声が聞こえてきたのかも分からない。その二文字だけでは何をどうすればいいのかも分からない。
でも、その声が聞こえた後、腕を誰かに掴まれた感覚がして肉体が勝手に動いていた。
ぐしゃり!!
肉が潰れるような嫌な音が耳に届いた。
それはいったいどこから出たのだろうか?
メギドラの掌からぼたぼたと血が流れていた。それで分かるだろう。メギドラが『グラム』で刺したのは・・・自身の掌だ。




