18話 “屠竜剣『グラム』”
ヅィギィアの剣は、明らかにラビアスの胸部を切り裂いた。
死点を破壊し、ラビアスを確実に殺せるはずだった。はずだったのだ───
「が・・はぁ・・・」
ヅィギィアの腹には赤黒い剣が突き刺さっていた。血が噴き出し、口から血を吐き、服を赤く染めていく。
そして、ヅィギィアの“四の死”の能力で発現させたはずのラビアスの死点はきれいさっぱり無くなっていた。
ラビアスの表情を見ると、まさしくこれを待っていたとでも言うかのように、不敵な笑みを浮かべていた。
「・・・屠竜剣『グラム』!?」
ヅィギィアは剣を無理矢理引きはがして距離を取った。傷口からは滝のように血が流れていた。血管だけでなく、臓器までやられていた。
ラビアスは背中に刺さった血の矢を抜き取り、折って言った。
「最初から、全部見えていた。その赤と青緑の竜人が狙っているということを、だが敢えてそれを喰らうことでお前を誘い込んだ。かなり危ない橋だったが、結果成功した。お前にグラムを刺せた!」
「・・・・・」
“屠竜剣『グラム』“それは人間の王に仕える三大貴族の一角、グラム家の初代当主が作り出した竜を殺すための剣。
その剣には竜の逆鱗を乱す効果がある。簡単に言えばこの剣に触れている間、竜は逆鱗を使用することができなくなってしまう。
これで斬られたヅィギィアの“四の死”の死点が無くなったように、既に発動している逆鱗を打ち消すこともできるのだ。ただし、この効果は竜本体にしか効果が無く、逆鱗によって発現した物体にグラムを触れさせても効果はない。
ラビアスが己の体にできた死点ではなく、ヅィギィア自身を刺したのも、そういった理由である。
(あの括束武具の中に『グラム』を隠していたのか・・・この一撃を決めるために。これじゃ振り出し・・・いや、かなりこちら側が不利だろうな)
ヅィギィアは不利だとは言っているが、実際の状況はもっと最悪なものであるだろう。
シェルルは戦闘不能だが、メギドラも戦闘不能。セシリアはメギドラの防御に付いてあまり戦えない。他の者たちも兵士たちや巨像と戦っているが、どんどん疲労が溜まってくる。
時間を稼いではいるが、まだまだ援軍が来る気はしない。竜側の援軍が到着すれば状況は好転するというのに。
そして苦難は畳み掛けるように押しかけてくるもの。援軍が到着するのは竜側だけではない。地震のような足音が耳に届いてくる。
ヅィギィアの後方には、囲うように三名の人間が立っていた。赤い数字が描かれた白いマントに身を包んだ人間たちだ。
「おぉ、結構拮抗しているみたいだね」
「シェルルのやつは、随分と派手にやられてるみたいだがな。やはり葬死竜の相手は厳しいようだな」
「・・・竜人を倒してるには倒してるみたいですからいいじゃないですか。死んでないなら問題ないでしょう。私たちで葬死竜を斃せればいいだけの話です」
人間軍の援軍として到着した三名の中央聖騎士団。上から「8」「7」「12」の赤い数字が描かれた騎士たちだった。
「・・・中央聖騎士団!第7騎士、第8騎士、第12騎士の三名か・・・」
中央聖騎士団 第7騎士 バミスコール・ベスターナ。彼は黒髪に白い官帽を被り、肩に巨大な鎖付きの錨、アンカーを背負った男あった。
中央聖騎士団 第8騎士 ガガエ・テレリ。彼は、金髪の少年のような人間であり、シェルルの石の手やラビアスの括束武具のような目立った特徴はなく、持っているのも長剣一本のみの男であった。
中央聖騎士団 第12騎士 ウィルヴィト・ウィンターキル。彼女は長い銀髪に、警棒を持った看守のような服装の少女であった。
(中央聖騎士団計四名・・・これは、覚悟しないといけないな・・・)
「ギアを上げよう“起死回生”」
ヅィギィアは呼吸を整え、傷口に手を当て、そう唱えた。
“起死回生”それはヅィギィアが編み出した特別な気功術。体に疲労や怪我、ダメージなどが溜まっているとそれに比例するように力を上昇させる気功術だ。
ヅィギィアが竜帝国で将軍級になれたのは、この気功術があったことが大きい。
「簡単に勝てると思うなよ、中央聖騎士団」
「「元からそのつもりだ」」
ヅィギィアはラビアスに向けて駆け出す。
死点はなくとも、少しだけはダメージがある。元より『グラム』を持っている者を自由に動かすわけにはいかない。
『グラム』は竜に対して強力だが、製造されている数は多くない。素材は貴重で一本作り出すのに莫大な時間がかかる。この戦場にあるのはラビアスの持つ一本だけだろう。
バミスコールの持つアンカーの中に隠されている可能性、他の者が持っている可能性、考えすぎればキリがない。警戒しつつ戦うことにする。
「“命刈死刀”」
“起死回生”を発動したヅィギィアは、今までの2倍の速さで動き回る。
剣筋はメギドラが初めて戦ったときのように素早く目で捉えられない。気が付いたときには、ラビアスの腕が一本、血をまき散らしながら宙を舞っていた。
「・・・はっ?」
ラビアスは無くなった腕に驚愕しながらも反撃する。残りの6本の腕で薙ぎ払うが、手応えはない。ヅィギィアは一瞬で距離を置いていた。
(これが葬死竜か。“四の死”による即死の恐怖、そして“起死回生”により、こちら側が追い詰めても力が増していく。この力によって中央聖騎士団を含む数多くの人間たちを屠ってきた。死を司りし竜。故に葬死竜。中央聖騎士団が四人集まっても蹂躙される可能性は十分あり得る)
「気合い入れろよ・・・お前ら!!」
「“錨剣”」
バミスコールは背負っていたアンカーをぶん投げてきた。かなり遅く飛んでくるものだが、相当な質量があるように思える。
だがスピードが無ければ今のヅィギィアには当たらない。一瞬のうちに距離を詰められる。
「“致死昇天”!」
ヅィギィアは下から上に斬りつけるが、バミスコールはアンカーに取り付けられた鎖で攻撃を防ぐ。
バミスコールの武器は言うなれば鎖鎌のアンカーver。鎌の代わりに錨が取り付けられているものだ。
大振りの武器は素早くヅィギィアには通用しないのだが、バミスコールは鎖でヅィギィアの片手剣を縛った。
「ガガエ!!今だやれ!!」
バミスコールはガガエにそう呼びかけ、叫び、攻撃をさせる。
ガガエは、剣を抜き取り、ヅィギィアに攻撃する。片手剣『魂絶』を持っていたままではこの攻撃を避けられない。
ヅィギィアは片手剣を捨て、避けるために大きく飛び上がった。
そのままかかと落としで攻撃をするが、バミスコールのアンカーによって盾のように防がれる。だが『魂絶』はその攻撃の威力によって鎖が緩み、拘束が外れた。
「速いなぁ!葬死竜!」
「お前が遅いだけだ」
ヅィギィアは鎖から外れた『魂絶』を空中でキャッチし、バミスコールを連続で斬りつける。
その速い攻撃を、バミスコール自身に見切れるわけもなく、無防備に斬られた。
「・・・タフだな」
バミスコールの肉体は頑丈で、ヅィギィアには完全に殺す気で、切断する気で攻撃をした。常人ならば簡単に切断されただろうが、ヅィギィアの剣は彼の皮膚表面を切っただけであった。
(・・・くそが、急がないといけないのに)
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「セシリア・・・移動するぞ。ここじゃ・・・あの戦いに巻き込まれる」
ラビアスに“竜血矢”が命中し、あともう少しでラビアスを倒せた状況であったのに、屠竜剣『グラム』により、それが全て瓦解した。
三名の中央聖騎士団が援軍として到着し、兵士たちもそろそろ援軍として到着するだろう。
メギドラはもう戦力に数えられない。むしろ足手まといであるということも分かっていたのだ。
シェルルの止めも刺せるような余力もない。今ならただの兵士も倒すことができないだろう。
(屠竜剣『グラム』・・・俺があれに当たったら終わるな。逆鱗が使えなくなるなら、当然“竜血栓”も解けるということ。全身から血が噴き出すだろう。そして今脳に回している血液もなくなる。そうなれば今度こそ死ぬだろう。それだけは絶対に避けないと)
セシリアの肩も借りながら一歩一歩進んで離れる。
足は力が上手く入らず、生まれたての小鹿のようにガタガタと震えながらもゆっくりと歩いた。
周りはベスティアの召喚した黒狼と白狼はそのペースに合わせ、クルクルと回ってガードに付いてくれていた。
(今のヅィギィアさんなら、時間をかければ四人の中央聖騎士団に囲まれてもどうにかなるはずだ。さっきの“竜血矢”は結果的に悪手だったな。あれのせいで“四の死”が使えなくなってしまった)
ラーノルドとヤトは巨像の相手、アルマ、ベスティア、ヴィドルは兵士たちの相手をしている。そうすぐに援護に入ることはできないだろう。
今ヅィギィアの心配をしている暇はない。メギドラは考えつつ、巻き込まれないように離れることだけを考えることにした。
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(葬死竜がこのまま戦えるなら私たちは負けるだろう。それはこのままならば・・・だ。バミスコールとガガエはまだ戦えているが、ウィルヴィトは既に付いて来れていない。実質三対一か)
ヅィギィアは中央聖騎士団相手に優勢を保てていた。
今は拮抗しているが、ヅィギィアのギアはどんどん上がっていく。いずれ対応できなくなるだろう。
(───だがそれはこのまま続いた場合の話。葬死竜だって生物だ。いつか限界はくる)
“起死回生”はそのダメージに比例して力が増す技。戦うにつれヅィギィアのギアが上がるということは、それだけ怪我が悪化しているという証拠だ。
腹部への刺突は竜にとっても深刻なダメージだ。
(メギドラじゃないんだ。あいつのように出血を止めることもできない。本来ならばこのまま戦うのは良くないことだろうが仕方がない。皆に中央聖騎士団の相手をさせるわけにはいかない。この怪我なら、出血多量で死ぬまであと数十分くらいか・・・いけるか?)
『グラム』で刺された腹部からは未だとどまることなく血が流れていた。戦っている状況じゃ止血している暇がない。
いくら竜でも出血多量になれば死ぬ。それまでに勝負をつけなくてはならない。
「“冥送死突”!!」
ヅィギィアはラビアスに渾身の突きを放った。
ラビアスは反応している。『グラム』を除いた4本の武器で交差させて防いだ。
しかし、ヅィギィアのその突きを完全に防ぐことはできず、防ぐために使った武器が全て折れ、それでやっと突きの軌道を僅かにずらす程度しかできていなかった。
「痛っ!!」
ヅィギィアの突きはラビアスの横腹を少し掠めた。
その程度しか当たっていないというのに、当たり所の周辺が爆ぜていた。
(おかしいだろ、何でこの程度でこんなに喰らっているんだ!?まずいな・・・限界は来るとは言ったが、このままじゃ葬死竜が限界に達するより、私たちが負ける方が早い!)
「葬死竜!!」
バミスコールがアンカーをピッケルのように攻撃し、ヅィギィアはそれを避けて離れ、追撃を受けるのを避けられた。
(何かないか?どこかにないか?ここから逆転できる手は。葬死竜を倒せる手は・・・どこかに?)
ラビアスは増殖させた眼で辺りを見渡して探した。
このままではどうやっても勝てない。そんな状況を打開する起死回生の一手を探した。
「・・・あぁ・・見つけた・・」
ラビアスの眼が向いていた先、そこには背を向け逃げるメギドラとセシリアがいた。
今までそれに気が付かなかったのは、ヅィギィアの相手に集中し、思考が外に回らず、視界が狭くなっていたことが原因だろう。
ラビアスはサッカーボールを持ち上げるように足で折れた槍を軽く持ち上げてキャッチした。
(葬死竜は遠い、これは防げないだろ?)
ラビアスは右側の手2本で折れた槍を掴んでいた。
ギリギリッと音が鳴るほど強く固く握りしめ、槍を後ろに引き、渾身の力を込めて槍を投げ放った。
槍は空を裂き、鋭い音を立て、真っ直ぐにメギドラの方へ向かって飛んでいく。
それをまだメギドラとセシリアは気づいていない。気づいているのはガードに付いていた黒狼、白狼のみだ。
「ウォォォォォン!!」
メギドラたちの後方に位置していた黒狼が、獲物を狙うかのように槍に飛びかかる。しかしその槍は中央聖騎士団 第4騎士が投擲した槍だ。
その槍は黒狼を紙のように引き裂き、その体には大きな風穴が空いた。貫かれた黒狼はまるで燃えて塵になったかのように跡形もなく消え去ってしまった。
「・・・ッ!!」
黒狼が吠えて、やっとメギドラたちは迫りくる槍の存在に気が付いた。
“障壁空間”はまだまだ未熟。セシリアが創り出した壁はまだまだ脆い。黒狼が貫かれて威力が少し弱まったとはいえ、槍を防げる程の強度はない。
それをセシリアは分かっていた。分かっていたから、庇うかのようにメギドラの前に駆け込んだ。
次の瞬間、セシリアの横腹に折れた槍が突き刺さり、ようやく動きを止めた。
「うっ・・ッ・・」
セシリアは刺さった槍の痛みによってメギドラの体重を支えられなくなり、そのまま倒れ込んでしまった。また、立つことのできないメギドラもそれに連動するように倒れてしまった。
「セシリア!?」
槍が刺さり、倒れてしまったセシリアを心配すると同時に、後ろへの警戒も緩めない。
視界の先にはメギドラたちに追撃を喰らわせようと駆けてくるラビアスの姿が見えていた。ヅィギィアは他の中央聖騎士団に阻まれている。
他の者の助けは見込めない。どうにか自分たちで対応するしかなかった。
(血は足りない、これ以上体内の血を使えば多分死ぬ。さっきのボウガンと矢に使った分はあるが、容量が足りない。“竜血栓”と脳に血液を回してる最中だ、精密作業してんだから、あの距離にある血を持ってくるような力はないんだよ。考えろ、考えろ、あれをどうにかする方法を)
どんなに考えても答えは出てこない。ラビアスはどんどんと距離を詰めてきている。
竜になって初めてユニコーンの巨像と戦ったときのように翼は動かず、逆鱗もほとんど使えないような状況。逃げられない。セシリアも守ることができない。
白狼が二名の前に立ち塞がって守ろうとするが、大した力は期待できない。
「邪魔するな!!」
案の定、飛びかかった白狼を『グラム』で真っ二つに切り裂かれ、黒狼と同じように跡形もなく消え去ってしまった。
「終わりだ、赤い竜人!!」
時間が遅く感じる。ラビアスが真っ直ぐに『グラム』を突き刺そうとしてくる景色が見える。
もう何も考えつかない。ゆっくりと視界が暗くなり、やがて目の前が真っ暗になった。
次の瞬間、生温かい液体が顔に飛び散り、メギドラの肌に触れた。驚きとともに目を開けると、視界がぼやけ、液体が滴り落ちるのを感じた。
ぼやけた視界が段々と元に戻ると、目の前には誰かが背を向けて立っている姿が見えた。
その姿は大きな背中に大きな翼を生やした茶色の鱗の男だった。彼の胸部には赤黒い剣が突き刺さっていた。
その状況に理解できないながらも、その男の名を呼んだ。
「ヅ・・ヅィギィアさん・・?」




