16話 “血液 VS 神経”
メギドラと、中央聖騎士団 第11騎士 シェルル・シューラとの戦いは激化していく。
シェルルの浮遊する手に苦しめられ、メギドラは簡単に距離を詰められないでいた。シェルルの方もすばしっこく動くメギドラに対して攻めきれないでいた。
「“竜血針”」
血を固めて針を投げ飛ばすが、石の手に受け止められ、阻まれる。針を折って地面に落とされた。
シェルルは6本の手を攻撃に利用し、残り2本の手をすぐ周りで防御の役割をこなしていた。
心なしか防御の手は早いように思えた。それだけ防御に力を割いているのだろうと、メギドラは予想した。
(手一つ一つが独立して動いている。何か規則性のある動きをしているわけではないし、全部シェルルが動かしていると考えるのが妥当。じゃあ動かしてる仕組みはなんだ?)
「“竜拳殴牙”!!」
(手の強度は大分硬い。俺の“竜拳殴牙”は巨像の脚を砕けるほどの威力がある、それでも砕けない。巨像と同じで壊しても再生する可能性すらある)
「これまた厄介な」
メギドラは玉砕覚悟で突撃してシェルルを倒すことは可能だろうが、それをすると多大なダメージを受けることは想像に難くない。
この後に巨像と戦わなくてはならない身としては、ダメージを受けるわけにはいかない。
本来の目的は時間稼ぎ、この状況を続けていれば目的は達成されるのに、メギドラはシェルルを倒す気でいる。
「まずはシェルルの星誕の仕組みを見破らないと近づけないな・・・」
メギドラは剣を抜き、真っ直ぐに構える。仕組みが分からない以上、できることを全部試す必要がある。
拳も逆鱗もそこまでの有効打を与えることができなかった。試していないのは剣のみ。
飛来する石の拳を、剣を使って受け流す。“竜拳殴牙”でほぼ相打ちの威力、それなら防げると思った。しかし───
「───重い!」
メギドラは竜だ。竜の力は人間と比べて強い。それでも強い竜たちと比べたらまだまだ弱い。
剣も体に合っていると言っても技術はまだまだ未熟。
シェルルの攻撃はメギドラを囲い、まるで雨のように降り注ぐ。動体視力が良いおかげでギリギリの状態で耐えれてはいる。避けられる分は避け、重くとも石の拳を剣で受け流して耐えていた。
(剣を使っても事態は悪化するだけじゃねえか。くそっ!)
メギドラは苦し紛れに剣を振るう。そんな攻撃が当たるはずもなく、その軌跡は空を切る。
「・・・っ!」
だというのに、背の方にある数本の手はメギドラの近くを離れていた。圧倒的な隙であるというのに、何故か一番近い拳を離したのだ。代わりに視界の先にある遠くの別の手で攻撃を行う。それはいつも通り、避けることができたのだが。
「なんだ?」
メギドラは一旦距離を取る。
シェルルも防御を固めるように石の手を自身の周りに集めた。その間、メギドラは思考を回す。
(普通に考えて、今のタイミングは攻撃しない方がおかしい。あいつは人間でも強者の中央聖騎士団、あの分かりやすい隙を見逃すはずがない。じゃあ理由はなんだ?攻撃をできなかったからに違いない。じゃあ攻撃できなかった理由は? ・・・あの軌跡に何かがあった?)
思考を続ける。
(いや待て、それ以前にシェルルはどうやってあの石の手を動かしている?俺の“竜の血”のように物理的に分断されていても操作できるものだと思った。けど、多分違う。もしかして糸とかそういうもので繋げているのか?それも竜の視覚でも見えないくらいの。そしたら説明がつく、あの剣の軌跡にそれがあった。だから避けた。糸なら射程距離があるし、糸が動けば当然距離は短くなる・・・人間の身体で糸と言えば・・・試すか)
メギドラは血を操る。操るのはそう、シェルルが折って落とした“竜血針”だ。
「“竜血針”」
位置はシェルルの歩いて一歩前ぐらいの位置の地面。そこからシェルルに向かって飛ばす。シェルルの視界ならギリギリ見えるような位置だ。
結果、針はメギドラの予想通り石の手に阻まれ、再び掴まれた。
「危ない危ない、まさか離れている血すらも操れるのか、じゃあ返すよこれ」
シェルルは針を投げ返してきて、メギドラはそれを受け取る。
「君の能力、血液を操る能力か、血液を体外へ出して武器にできる力。さっきみたいに離れた血でも、自分の血なら掌握できるみたいだね。でも、その能力の弱点、過度に血を使いすぎると失血や貧血の可能性がある。だからそう多用しない。そうだろう?」
「当たりだ」
「・・・随分と簡単に認めるんだね」
「こっちもそっちの能力が分かったんだ。それで五分五分だろう」
「・・・へぇ、いいよ、答え合わせしてみる?」
「お前の星誕“身体延長”進化した力は神経だ。その石の手みたいに無機物に神経を通して操る能力だろう」
「・・・当たり」
「中枢神経も進化しているのかもしれないが、使っているのは末梢神経のみ。そしてもちろん神経だ、遠隔操作できるわけがない。お前は肉体のどこかから神経を伸ばして、凧でも操るかのように石の手を操っていた。石の手と肉体は繋がっていないと操作できないんだろ?」
「・・・」
沈黙、答えはYesで十中八九間違いないだろう。
「繋がっている神経を斬れば、その手は使用不可だ。あの隙で攻撃しなかったのも、剣の軌跡に神経があったから、避けるしかなかった。結果遠い手で攻撃しようとして防がれた。そして“竜血針”を防いだのを見るに、近い方が早く動く。神経の伝達速度は秒速100メートル程、ほぼ誤差みたいなものだとは思ったが、近い方が神経が短いから、反応が早いのは当たり前だった」
「・・・はぁ、凄いね、全部当たってる。だが、流石の竜でも僕の神経までは見えないみたいだ。見えないなら、こちらはいくらでも対策できるんだよ」
「確かに、神経は直径1ミリ程度、それなら竜の視覚なら見えるはずだが、見えない。理由は神経を構成する細胞やら軸索やらが常人より小さい、細いとか。細くても伝達速度が変わらない体質とか、色々考えられるが、そんなのを解き明かしても戦いに意味はない。本題の神経が見えないのなら、見えるようにすればいい」
「そんなこと、君にできるのか?」
「おいおい、俺の能力を忘れたか?」
メギドラはそう言って、右目が掌の中心に来るように右手で顔半分を覆い、両目を閉じた。
メギドラの逆鱗“竜の血”は血液を操る能力。体外の血だろうが、体内の血だろうが操れる。体内の血はまだ一度も操ったことはないが、今はそんなこと気にしている場合ではなかった。
「“赤竜血集”」
名前は今決めた。
体内の血液を操作し、右目の方に集める。養分や酸素を回し、眼の機能を限界まで高める。
失敗は考えない。後のことは考えない。右目の視力がなくなろうがまだ左目がある。使えなくなれば潰して直したらいい。腕すら治る竜の治癒能力だ、どうせ治る。そう考えていた。
目を開く。視界は右目だけで十分だった。彼の眼の結膜は血に染まったように赤く、瞳孔は逆に白く輝いていた。
「あぁ、見える。名前・・・簡単に“赤星視狂”」
メギドラの目にははっきりと見えた。シェルルの指先から延びる白く細い線のようなものが。
それぞれがそれぞれの石の手に繋がっており、あれがシェルルの星誕による神経なのだと理解した。
血の涙が垂れていく。赤い液体が頬を伝い、一滴一滴落ちていく。
それを見て、メギドラは笑った。なにが可笑しくなったのか、何も感じていないのか、虚ろを感じる乾いた笑い。人間、否、誰が見てもそれは冷たい、背筋を凍るような、恐怖を感じるような嗤いだった。
「行くぞ、シェルル・シューラ」
剣をシェルルの心臓に向けて構え、一気に駆け出す。
正面からメギドラを捕まえるように石の手が向かってくるが、メギドラには全て視えている。
ほんの僅かな些細な動きだけで石の手を躱し、受け流し、剣の一振りでそれに接続された神経を掻っ切っていく。
あとどれだけ石の手があるかは関係ない。石の手が来るだけでは、今のメギドラは止められない。止まらない。少しだけ時間を稼ぐことにしかならず、剣を避ける行動をするよりも速く、回避不可能な速度で神経を切り刻まれる。
残す石の手は防御用に使っていた2本のみ。
(メギドラ、血液を目に集めて機能を底上げしてる!!純粋に視力を上げて見えないくらい細い僕の神経を見えるようにした。しかも相乗的に動体視力まで上がってる、僕にこれ以上ないほど最適な一手を打ってきやがった!!)
「厄介だよ、本当に竜ってのは厄介だよ!“大地の御手”!!」
シェルルは懐に忍ばせてあったナイフで自身の手のひらを薄く切り、地面に手を置いて叫んだ。
その手のひらを起点に樹木のような紋が広がり、地面が浮き上がってくる。それはやがて5本の指が伸び、巨大な大地手を形成する。2メートル程の大きさにまでなったその手はゆっくりとメギドラの方に向かってくる。
それを今のメギドラなら簡単に避けられるはずなのに、真っ直ぐ正面から手に向かっていく。
シェルルの神経は地面を経由しているため、石の手のように神経を切って無力化することもできない。
「馬鹿が、“大地の御手”はお前なんかには斬れない!」
「知ってる」
メギドラは想像以上に冷静でいた。この大地の手が自分には斬れないということもちゃんと分かっていた。今の冷静な頭なら避けるのが一番いいことは分かっていた。
でも、それ以上に“欲”が勝った。この手を打ち破ってみたい、溢れ出るアイデアを実践してみたいという欲が。それが危険だということが分かっていながら。
血を集める。“赤竜血集”だ。眼への集中とは別に右腕の方にも血を集める。一瞬だけでもこの大地の手を斬れる筋肉を手に入れるために。
「“赤星筋狂”」
目に見える変化はない。実際は目と同じように赤くなっているのかもしれないが、鱗で纏われた腕は肌が見えずどうなっているのか分からない。
それでも、嫌な存在感を放っていることは間違いなかった。
勝負は一瞬、全力で地面を踏みしめ、大地の手に向かって全力で剣を振り下ろす。
一閃、流星のような眩い光が通り抜け、大地の手に線が現れた。メギドラの剣は根本から折れ、弧を描いて飛ぶ剣身に光が反射していく。
シェルルの言う通り、大地の手は斬れなかった。血を操って強化した力でも打ち破れなかった───かに思われた。
線の間から日の出のように光が差し込み、手が真っ二つに分かれていく。壁が崩れるかのようにボロボロと土が剝がれていく。
メギドラの目には分かれた手を修復するために神経が伸びていく様子が見えた。それでもメギドラが通り抜けるには十分な時間はある。
切り拓いた最短距離を通ってシェルルとの距離を詰める。折れた剣を投げ捨て、固く拳を握りしめた。
シェルルはメギドラの威圧感を感じ、残りの2本の石の手と自身の両の腕で防御の姿勢を取る。強化されたメギドラの拳は、その程度で防げるはずがないというのに。
「“竜拳───殴牙ォォ!!!”」




