12話 “揺蕩う”
「私が屠竜監獄へ連れていかれたのは、今から50年程前の話です」
50年前、その話はヅィギィアたちに聞いていた。50年前竜帝国で起きた竜と人間の戦争、通称“光陰戦争”。戦いは竜帝国内の市街地まで戦場となる程広がり、結果は竜側の敗北。何百名という竜が戦死し、何十名という竜が人間によって連れ去られた。当時の元帥級すらも連れ去られた。
その他の詳しい話は知らないが、思い出したくもない悲惨な出来事であったと聞いている。
「私の父は精鋭級、母は上戦士級でした。逆鱗もサポート向きで、とても人間と巨像の軍勢に対抗できるような力はありませんでした。結果、私たちは成すすべもなく連れ去られました。その日から、私の地獄は始まりました」
セシリアは表情が暗くなりながらも続ける。
「屠竜監獄での扱いは最悪なものでした。両親と別の牢屋に移され、頼れる者は誰もおらず、私は孤独になりました。毎日のように拷問がなされ、自分がターゲットにならないことを祈りながら角で震えている毎日でした。でも、少し特殊な見た目をしていた私はよくターゲットにされていました。拷問は、ただ苦痛を与え、心を折ることを目的に行われていました。私の翼は、その拷問のときに折られました。再生した次から次へと折られるから、いつしか翼は生えてこなくなりました」
セシリアの翼が生えてこないのは、それが原因だろうと考えた。
再び生えたとしても、再び折られるだろうという悟り。頭ではここでそんなことは起こりえないと思っていても、心の底では起きるかもしれないと思ってしまっている。
それが再生を阻害しているのだ。
(あの怯えた目は・・・その拷問をまたされるかもしれないという恐怖心の現れか)
そんなことを考えながら、セシリアの次の話を待つ。
「巨像のエネルギー源となる竜は、心を折れるところまで折り、削れるところまで削る。そこまでした竜でないと、巨像が上手く動かなくなるみたいです。だから私、頑張ったんですよ、いくら苦しんでも、いくら酷いことをされようとも、絶対に折れないように耐えて。どんなに苦しんでも、いつか誰かが助けてくれることを信じて耐えて・・・耐えて・・・耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて耐えてッ!!5年間ずっと耐えてきたんです」
セシリアは肩を震わせ、段々と感情的になってくる。メギドラは黙って真っ直ぐセシリアの方を見つめる。今何かを言うのは野暮だ。
セシリアの表情が更に暗くなりながらも続けた。
「そんなとき悲劇は起きました。ある日、拷問部屋に連れていかれたときです。そこには両親がいました───」
(あぁ・・・)
察してしまった。
「そこで───」
セシリアは心に押し寄せる洪水に耐えられなくなり、その場に崩れ落ちた。涙が頬を伝い落ち、地面を濡らしていく。涙が止まることな流れ続け、彼女の視界はぼやけていく。
メギドラはそんな彼女に駆け寄り、優しく背中をさする。
「いい・・・いいよ、そんなに苦しんで話す必要なんてない。ゆっくり、深呼吸して、さぁ、少し座って落ち着こう」
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「落ち着いたかい?」
数十分後、やがて涙は収まり、ゆっくりと呼吸する。
メギドラはセシリアの横に座り、優しく背中をさすっていた。
「はい、見苦しいところお見せしてしまって申し訳ありませんでした」
セシリアは涙で瞼が腫れ、顔が赤くなっているが、呼吸は静かで落ち着いていた。
「続きを話します。心が限界に達した竜はとある儀式に連れていかれます。人間たちはその儀式を“御供”とか言っていましたが、よくわかっていません。恐らく、竜を巨像の中に入れるための何かなんでしょうが、途中で意識を失い、見ることができませんでした。そこからは目覚めても目覚めても、全て真っ暗闇の中、まるで胎児になったかのように水に浮く感覚だけを感じていました。時折、溺れたときのような息苦しい感覚に襲われながら・・・です。その度に助けてと呼んでいました」
(恐らくそれは巨像の中に囚われていたときの感覚、息苦しいのは・・・戦闘中か?再生やら能力やらでエネルギーを多く吸い取っているんだろうか?)
「一瞬のようで、永遠のような長い時間が過ぎた後、今までとは比にならない程の苦しさが押し寄せてきました。深い海の底へと沈んでいくように身体が締め付けられ、更に息苦しくなったかと思った次の瞬間、急に身体が楽になったんです、今までの苦しさが噓だったと思う程に。次に目が覚めると、あの部屋のベッドの上にいました。姿は御供とかいう儀式を受ける前のままでした。これが、私の身に起こったことです」
セシリアが話し終えた後、両者の間に重い空気が流れた。
何か話さなくては、と思い、メギドラが口を開こうとした瞬間───
「───分かるよ、なんて適当なことを言わないでくださいね。あなたも大切な誰かを失ったのは分かりますが・・・あなたに私の絶望は分からない!」
「・・・」
メギドラは考えるかのように口を抑えた。メギドラ自身とセシリアのどちらが不幸か、なんて競う気は全く無いが、「分かるよ」と言ってしまいそうになってしまっていたのもあった。
彼女はメギドラの想像以上に辛い過去を送っていた。そんな彼女に、どんな言葉をかけるべきかなんて、考えても思いつかなかった。
(考えて修飾された言葉を言ったって、それは彼女の神経を逆撫でする行為に他ならない、だからそうならないような言葉を・・・って、こう考えるのもそんなにいいことじゃないし・・・)
色々なことを考えていく度、何を話せばいいのか分からなくなる。自問自答を繰り返す内、もう考えるのが面倒になってきた。
もういいやと、そう諦めて胸に手を当てる。心音を聴きながら、深く、深く、深呼吸する。
ただ心が思ったことを、ただ正直に述べることにした。
「あぁ・・・確かにセシリアの言う通りだ。実際に体験もしていないのに、話してくれただけで、少し身に起きたことが似ていただけで、分かった気になりそうだった。すまなかった。「分かるよ」って言ってしまいそうだった自分がいた」
謝罪も交えつつ、メギドラは話し続けた。
「どれだけ言っても、どれだけ綺麗に装飾された言葉を並べても、君にとっては痛みに追い打ちをかける行為にしかならないだろう。過去はどうやっても変わらないし、死んだ者は天地がひっくり返るような奇跡でも起きないと復活することはない。結局のところ、セシリアの心の傷を治すには、セシリア自身が気持ちに折り合いをつけるしかない。俺たちにできるのは、微力でもそれの手伝いをすることだけだ」
「気持ちに・・・折り合いをつける・・・」
「今すぐにできることじゃない。簡単にできることでもない。ゆっくりでいいんだ、少しずつでいい、焦る必要はない。時間はいっぱいある。だから・・・だから・・・ここで一緒に乗り越えていかないか?」
メギドラのその言葉に、セシリアは不安そうな表情になる。
「こんな私に居場所はあるんですか?私は戦士級です。実戦経験もありませんし、大して強い逆鱗も持っていません。それに、翼も生えない程精神が弱っていれば、戦場で足手まといになりかねません」
「それは違う」
不安そうなセシリアの台詞を、メギドラは真っ向から否定する。
「俺も戦士級だ。ヴィドルとベスティアも戦士級。実戦経験は俺も少ししかない。まだまだ発展途上だ。逆鱗はどんな能力も使い方次第だし、精神面はこれからゆっくり治していくって話じゃないか」
「私は天竜のように飛べないし、地竜のような身体能力もないのに、役に立ちませんよ」
「誰がいつ、どこで役に立つかなんて、いくら考えても分からない。それに、身体能力はこれからどうにでもなるだろ」
「・・・飛べないことに関しては?」
「別にセシリア自身が飛べなくても問題ないだろ」
「何でそんなこと言えるんですか?」
「あぁ~それは・・・」
彼女の質問に対して、メギドラは言葉が詰まった。どうしたらいいのかは分かっているのだが、それを行動に移せない。
しばらく悩んだ後、メギドラ自身でも聞こえないような声で「まぁいいか」と呟き、立ち上がってそっと手を差し伸べた。
セシリアはその手を見つめ、一瞬何のことか分からずに躊躇ったが、訝しみながらその手を取った。
「少し・・・失礼」
メギドラはその手をしっかりと握り、そのまま彼女をお姫様抱っこで抱きかかえた。彼女の温もりが身体に伝わってくる。
「えっ・・・ちょっと・・・」
動揺するセシリアを尻目に、メギドラは背中の翼を広げる。星月の光が反射し、薄く、神秘的に輝いていた。
ゆっくりと深呼吸し、地面を蹴り上げて夜空へ飛び上がると、風が双方の間を通り抜け、髪や服が優しくなびいた。
セシリアは落ちないようにメギドラにしがみつく。しかしその力は弱々しいもので、腕を離したら落ちてしまいそうだったため、決して落とさないように、しっかりと抱きしめて支えた。
「こうすればセシリアが飛べなくても問題ないだろう?」
「は・・・はい」
セシリアは顔を赤らめ、胸に埋めるかのように顔を伏せてしまった。
そんな彼女の姿を見て「可愛い」とか「天使」とか叫びそうになったが、その気持ちをグッと堪えて我慢した。
「・・・下降するよ」
「・・・はい」
下降していく最中、互いに言葉を発することはなく、静寂が流れた。ただ聞こえるのは、ドクンドクンと波打つ心臓の鼓動の音だけだった。
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「メギドラ、随分と大胆なことをしたねぇ~」
「途中危なかったら僕らで止めようと待機してたけど、無駄な心配だったみたいだね」
「最初はどうなることかと思ったが、あの様子を見るに、状況は好転したと見るのが妥当だな」
メギドラとセシリアが話していたところから百メートル程遠く、メギドラたちからはほぼ死角となる位置に、アルマ、ヤト、ラーノルドの三名が顔をのぞかせていた。
三名は、セシリアがパニックを起こして暴走したときに対応するため、集まっていた。
「これからどうしますか~ラーノルドさん。メギドラの部屋にでも行って祝杯でもあげますか?」
「馬鹿野郎、今は寝かせてやるべきだろう。それができるできないは別としてな。とりあえず、俺たちはヅィギィアさんのところへ行くぞ、今見たことを報告する」
「・・・お姫様抱っこを?」
「そこじゃない。ほら行くぞ」
「「は~い」」
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翌日、メギドラは昨日と同じように鍛錬に励んでいた。ただ、昨日ほど集中は出来ていないようだが。
「224・・225・・226・・」
メギドラが腕立てや上体起こしなどの基本的なトレーニングを行っている最中、足音が近づいてきた。
「やぁメギドラ、やってるね」
「ヅィギィアさん・・・どうかしましたか?」
「報告が一つと、命令が一つだ」
ヅィギィアはよくこういう言い方をする。「良いニュースと悪いニュースがある、どっちから聞きたい?」みたいな感じで。それを相手に選ばせてくる。因みにメギドラはあまり必要ないと思っている。
「報告の方で」
「セシリアが大分回復した。心の傷が少しでも良くなったみたいだね」
「そうですか」
「・・・意外だね、もっと喜んだりするとか、何か反応があると思ったのにノーリアクションとは。もっと誇ったり、胸張ったりしてもいいんだよ、昨日・・・時間的には今日の夜に起こったことも全部」
「俺がやったのは、少し背中を押しただけです。頑張ったのはセシリア自身で、俺が誇ることじゃない。それに、まだ翼は治っていないんでしょう、もっと喜ぶのはそのときです。命令の方は何ですか?」
メギドラはトレーニングを続けながら、話をする。ヅィギィアは少し寂しそうな表情をしたが、すぐに話を戻した。
「次は命令の方、メギドラ、君に買い出しに行ってもらうよ。竜帝国内へ」
「・・・・・は?」




