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ドラゴンブラッド  作者: カシワデ
プロローグ
1/22

01話 “竜の血”

「・・・うぅん・・・あぁ?」


 まるで鬼のように頭から小さなツノが生えた少年メギトは色とりどりの花が群生している花畑の中で目覚めた。

ツノが生えたというのは何かの比喩表現ではなく、本当に頭から二本のツノが生えているのである。

だがそれはメギトにとっては何の不思議ではなく、彼の住む竜星村(りゅうせいむら)では住民皆が同じように頭からツノが生えているのである。

親父もお袋も、村長も隣人も、みんな頭からツノが生えている。

むしろツノの無い人間を見たことがないほどであった。


「おーい!メギト!花摘み終わったか?」


遠くから声が聞こえ、メギトは勢いよく起き上がった。


「あぁ、終わったよ親父」


「よし、そんじゃあそれ持って戻んぞ、戻ったら祭りの準備だ」


そう、竜星村は今日祭りの日なのだ。花飾祭という祭りで、祭壇に大量の花を供えて村の安全や五穀豊穣を祈り、ご先祖様を供養する祭りらしいのだが、メギトはそういう祈りだとかをあまり信じないタイプであり、こんな風に花を集めて供えるだけの作業にしか思っていなかった。

それでもこの村で毎年恒例の祭りであり、決まりであるのだ。自分一人だけがサボるわけにもいかないので親父と一緒にこうやって働いているのだ。


「そういえば親父ぃ、前からずっと気になってたんだが・・・あの祭壇に祀ってんのは何なんだ?なんかの神様かなにか?」


そう前を歩いていた親父に聞くと親父は足を止めて振り返って言った。


「いやぁ・・・それはな・・・俺もよく分かってねえんだよ。あの祭壇が作られたのは随分と昔の話らしいし、当時の人が何考えてたのか知る手段もねえからよ・・・だからよく知らねえ」


「何なんだよそれ」


「・・・ただ、お前が生まれてくるもっと前、俺がお前よりも小さかったとき、こう言ってたやつがいた・・・“あそこに祀っているのは、ドラゴンだ”ってな」


「ドラゴン!?」


「あぁ、ドラゴンだ、俗に言う竜ってやつだな、この腕輪のが竜だって言ったんだ」


「・・・・・」


メギトと親父は同じ腕輪をはめていた。

人に翼と尻尾がついたような見た目をしていてる者の絵が刻まれた金色の腕輪だった。


「ま、そう言ってたやつが居たってだけだ。結局この腕輪の模様が何で何を祀ってたのかは分かんねえけど、俺たちが祈るのは変わんねえし、祀ってんのが神様でも竜でも祭りが変わるわけじゃねえから、結局そんなもんはどうでもいいんだよ。さぁ、早く戻んねえと村長にどやされんぞ、さっさと行くぞ」


「・・・うん」


そう言って走り出した親父の背中を追って走って村に戻った。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




竜星村に戻ったメギトは村の人たちと一緒に大量に摘んできた花を祭壇に飾っていった。

崖に囲まれた場所にある竜星村の巨大な祭壇は、崖を掘って作られたものであり、上の方を飾るのはかなり苦労するものだった。

ふっと一息ついたメギトは、崖を掘るように作られた巨大な薄橙色の祭壇に唯一彫られた、腕輪に刻まれたものと同じ絵を見上げて言った。


「やっぱりあの絵はどうしても竜には見えない、俺たちに翼と尻尾がついたような見た目だし・・・やっぱ神様か・・・百歩譲っても悪魔かなんかだろ」


そう言って再び作業に戻る。興味はないが、何回もやった作業だ。かなり慣れた手つきで花を飾っていく。そうやってものの数分で作業を終わらせた。


「よし終わり、これで後は話聞いてみんなと同じポーズしとくだけだな」



ーーーーーーーーーーーーーーー



その後の祭りは滞りなく行われた。

村長が先頭に立ち、村人たちはその後ろに広がり、礼や掌を合わせたりなどの祈りを行う。

メギトも祈っているポーズだけはしていて、内心はただ別のことを考えていた。


「さっさと終わってくんねえかな・・・」


この祭りが終わればまたいつも通りの日常に戻る。

一日中働いて明日生きるための食料を作る。親父とお袋と食卓を囲んで飯を食う。また明日も頑張ろうと思って床に就く。

そんな幸せだと思える日常に戻るんだと思っていた。












その日常が壊れる瞬間までは。


「ん?なんだこの音?」


花飾祭が終わり、片付けをしようと立ち上がった瞬間、ズシン・・・ズシン・・・とまるで巨人が歩いてくるような地響きが聞こえてきた。

その音はゆっくりと、それでも確実に竜星村の方に近づいて来ていた。

そしてそれは祭壇の横の崖から顔をのぞかせた。


「あれは・・・石像?」

「馬みたいな形」

「すげえでっけぇ」

「なんで動いてる?」


その地響きの正体は巨大な石像だった。それは高さだけでも10メートルを超え、額から鋭いツノの生えた馬、伝説の幻獣ユニコーンを形作ったものだった。


「石像というか・・・あのでかさは“巨像”だな・・・てかその前に・・・なんであんなもんが動いてる?ありゃ動いちゃいかないもんだろうが」


あのユニコーンは石像だ。体は石、だがなぜか生きている。命なきはずのものだというのに命が宿っていたのだ。

まるで城にも思えるそれはゆっくりとこちらに歩を進めてきた。


「私が様子を伺いましょう」


そう言って村長はそのユニコーンの巨像に近づいていった。

村人たちは口々に「村長!?」や「危ないですよ」と言ってくるが、村長は「危険だと感じたらすぐに逃げますよ」と笑顔で言ってずかずかと近づいていく。

村長がすぐそばに近寄ると巨像は歩みを止め、体躯が十分の一にも満たない村長を見下ろした。


「ほら大丈夫です、この子は攻撃してこなかったでしょう」


ほっと肩をなでおろした村人たちは口々に安堵の声を漏らし、村長の方を注目していた。

そんな中、唯一村長の方ではなく巨像の方を見ていたメギトは巨像のある変化に気が付いた。

白く虚空を見つめていたように見えた巨像の目がだんだんと赤く変わっていったのだ。それはまるで獲物を見つけた捕食者の目のように。

そして僅かに、敵意のようなものを感じた瞬間、体が勝手に動いていた。


「村長!!みんな!!今すぐそいつから離れろ!!」


「・・・え?」


ただその言葉をかけるには遅かった。刹那の数秒だったとしても、あまりにも遅すぎたのだ。

次の瞬間、ぐしゃりと血肉を押し潰す音が聞こえた。

村長がさっきまで立っていた場所には、巨大な石でできたユニコーンの脚が静かに立っているだけだった。


「う・・・うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


数秒の静寂の後、一人が悲鳴を上げてようやく皆が目の前で起こった惨劇を理解した。

村人たちは雪崩のように巨像に背を向けて走り出した。竜星村で僅か二つしかない出入口、その残った片方の方へ。


だが、そんな簡単に逃げられるわけがなかった。

村のもう一つの出口の前には、もう一体の巨像がいた。


「は?もう一体!?」


それはユニコーンの巨像ほどではないにしろ、人々を簡単に踏みつぶせる大きさをしており、燃える鬣に獰猛な牙を持った獣を模した巨像。百獣の王、ライオンの巨像だった。

ライオンの巨像は先頭を走っていた村人に高速でとびかかり、まるで果物かのように上半身を一噛みで喰らった。


これで村の両方の出口は無くなり、出るためには巨像のどちらかを倒すか、険しい崖を登らなくてはならない。

さっきまで平和だった村は一瞬で地獄に変わった。

ある者は害獣駆除用の武器を用いて攻撃するが巨像の硬さに敵うわけもなかった。剣は折れ、槍は砕け、矢は弾き返される。

ある者は逃げ惑うが、すぐに追いつかれて踏み潰される。


「なんだよあいつ!!さっきまでゆっくりだったじゃねえか!!」


ユニコーンの巨像は本当の馬かのように高速で移動し、人々を蟻を踏み潰すかのように潰していく。

ライオンの巨像は獰猛の牙で一人一人喰らいつくしていく。

もはやどこにも逃げ場などなく、叫び声や悲鳴も段々と少なくなり、残された人々も来る死を予感していた。


「親父!お袋!どこだ!?」


皆が絶望し、逃げ回るのを止めてもメギト含む数人だけはまだ逃げ回っていた。まだ生き残るチャンスを求めて。

メギトはまだ生きているかもしれない親父とお袋を探し回っていた。

二人とは離れた位置にいた上、人の雪崩が起きたせいで見失ってしまっていたのだ。


メギトは倒れている者、諦めた者、逃げ惑う者一人一人の顔を確認して二人を探す。それでも見つからない。


「くそっ!!どこ行った!?・・・ん?」


見つからないことに焦り、足元が疎かになったメギトは何かを蹴ってしまった。それは軽いようで重く、少しの温かいを感じるものだった。


「これは!?・・・・・え・・・?」


メギトが蹴ってしまったもの、それは腕だった。さっきまで生きていたであろう、人の腕。

それは一家を支える大黒柱のように重く、太く、傷だらけ・・・そして、メギトと同じ金色の腕輪をはめていた。


「あ・・・あぁ・・・」


メギトはその腕輪でそれが誰のものだったのかを理解した。

ぽたぽたと涙が頬を流れていった。


「あぁ・・あぁ・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


叫び声を上げ、大粒の涙を流す。

心の底から悲しみの感情が湧き上がってきた。

だが現実は待ってくれない。時が止まったりしない。無情にも時は流れていく。


少しして、ズシン・・ズシンとユニコーンの巨像が後ろから近づいている。

メギトは振り返り、真っ赤な巨像の目と血で赤黒く染まった脚を見つめた。ゆっくりとさっきから湧き上がってきた気持ちが、悲しみから怒りへと変わっていったのが分かった。


「お前か・・・お前が俺の大切な人を・・・大切な人たちを・・・殺したのかぁ!!!」


メギトはたまたま落ちていた誰かの剣を構えて巨像に向かって一直線に突撃していく。

ユニコーンの巨像は動くことなくメギトの攻撃を待っていた。

メギトは巨像の前脚の僅かにひびの入った部分を剣で突き刺した。

巨像にダメージが入っている様子はないが、ハーケンのように深く突き刺そうと力を込め、剣を押し込んだ。

だが相手は10メートルを超える強大な身体の持ち主。小さく、弱い人間の身体では敵うはずがなかった。


ふわっとメギトの身体が浮いたかと思えば、ドガァンと岩を穿つような音が聞こえた。

視界は暗く、身体中から生温かい液体が流れ出ていくのが分かった。身体が思うように動かず、僅かに見える視界から、ここが祭壇だと分かった。


重い瞼を閉じようとした瞬間、「来い」という男の声が聞こえた。

その言葉に目を大きく広げると、目の前には壊れた祭壇と祭壇の中から剝き出しとなった洞窟を見つけた。


「こっちに来い、奥まで来い」


さっきとは違う女の声を聞くと、身体が勝手に動いていた。

動かない体を匍匐前進で動かして進み、洞窟の中へと進んでいった。

そのまま、数秒とも数時間とも感じる時間を進み、目の前にあるものが置いてあった部屋まで到着した。

その部屋の中央に台座があり、台座の上には何かの赤色の液体が入った、竜を模した瓶があった。

台座には“ドラゴンブラッド”と文字が刻まれていた。


「さぁ・・・飲め」


再び男の声が聞こえた。

“この液体は危険なものだ”と本能で分かった。それでもその声に逆らうことが出来なかった。

メギトはその瓶のスリットを壊し、一気に飲み干した。

次の瞬間、身体中が燃えるような熱さと痛みを感じた。


「がはっ!あ・・あぁあ!がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


苦しみ悶え、壁や地面に身体を叩きつける。それでも痛みが引くわけじゃなく、苦しみ続ける。

また数秒にも数時間にも数年にも思える時間が過ぎた後、黒い男と白い女の姿が薄っすら映り、手を伸ばしてきて言った。


「「おめでとう・・・君が新たな“宿主(マスター)”だ」」


さっきまで聞こえていた男と女の声でそう言われ、倒れこんでいた身体を起こした。

ふとメギトは自分の身体の違和感に気が付いた。

さっきまでの身体の重さがなく、痛みも無くなっていた。ただ背中の肩甲骨辺りや腰の辺りに何かがくっついてあるような感覚と腕から肩にかけて防具を身に纏っている感覚、そして周辺がよく見えるような感覚があった。

どうしてか、暗いのに光があるかのようにはっきりとよく見えた。

たまたま近くに血の水溜りがあったため、映る水面で自分の姿を確認することにした。


「・・・ん?・・・え?え・・えええええええええええええ・・・はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


メギトの身体は形が全く違っていた。

今まで通り頭からツノが生えているのは変わらないが、硬く鋭い爪が生え、腕全体に鉄のように硬い鱗を纏っている。腰の辺りから腕のように鱗を纏った尻尾が生え、背中から鳥のように大空を飛べそうな翼が生えている。歯は鋭い牙に変わった。そして肋骨の辺りに一枚だけ逆さまになった鱗がくっついていた。

この姿はまるで、腕輪に刻んでいた絵そのものだった。


「こ、これが、親父の言ってた・・・ドラゴン!!台座に刻まれてたのは“ドラゴンブラッド”・・・つまり俺が飲んだのは・・・“竜の血”・・・俺はあれを飲んで・・・竜になったのか?」


自分の姿と腕輪の絵、親父の言葉に台座の文字、少ない情報から自分の置かれた状況を整理していく。

そして、考えの結果、自分が竜になったと結論づけた。


「はっ!そうだ村は!?みんなは!?巨像はどうなった?」


メギトは村のことを思い出し、ボロボロで進んでいった穴を通って地上に出る。ただその先に彼の望む光景はないと分かっていながら。



ーーーーーーーーーーーーーーー



「あ・・・あぁ・・・」


洞窟を抜けたメギトの先に広がる光景は、惨劇だった。

家は潰され、死体があちこちに転がっていた。数時間前まで繁栄していた村だとはだれも思わない程に。

もうあの巨像たちの姿は見えず、もうどこかに行ってしまったようだった。


メギトは村人たちの死体を搔き集め、火をくべて火葬し手を合わせた。


「神様は信じてないが・・・もし居るのなら、みんな天国に行かせてあげてください」


そう短く言い残し、メギトは生まれ育った竜星村を後にした。

両腕に、同じ金色の腕輪をはめながら。

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