83. 誘い
魔王国の霊峰ヒポクラテス山。
名高い名峰であり聳え立つ頂は天の雲を衝く。
魔王国でもっとも高い山であり、大陸を見渡しても最高峰の標高を誇る。
その斜面は限りなく垂直に近く、頂上なんてフライパン1枚ほどの円形だ。
いい大人であれば片足はつけるが両足をつこうとするならつま先立ち。
もちろん空気も薄い氷点下の極寒。
天気の良い晴れた日中でも上を見上げれば空は黒い。
そう、空ではなく宙なのだ。
空気がかぎりなく薄く、宙が限りなく近い。
そのくせ突風が吹き荒れるのだから、風って空気じゃないの?疑いたくなる。
そんな極寒の、暴風の環境に老人がひとり。
和風の出で立ちは着流しに羽織。帯に剣を一本無造作に差し込んである。
その片足で山頂に立つ漢をグルリと囲む集団は数万もいるだろうか。
天使だ。
輝く羽をひろげた屈強な神の遣いが、宙で男を取り囲む。
今にもいっせいにとびかかろうとジリジリせまる。
老人の名はビャッコ。
かつて大魔王様のパーティで剣士をつとめた達人。
極悪な環境にいるなどかけらも感じさせない柔和な笑顔の老人がゆっくりと鞘から剣を引き抜くと。
カッ!!
一瞬で鋼鉄のオーラがあたり一面を突き刺し、今にも襲い掛からんとしていた天使の数千もが砕け散り、はるか地の底へと墜落していくのだった。
その場には先ほどまでの優し気な老人はもういない。
そこにいるのは狂気の剣闘士として大天使にすらおそれられた剣聖白虎。
鋭い眼光に鋼の肉体。光速にいたるスピードにそして世界最高峰の剣技。
握る得物は斬鉄丸。
これも世界最強の魔剣でありそして聖剣として知れ渡るインテリジェンス・ソード。
その意思はしかし剣聖白虎と同じく戦場を求める戦闘狂なのだ。
一人と一本。
闘いを求める狂気をどっぷりと解放した瞬間、目の前の敵は木っ端みじんになる。
「わかってますかねミカエール様?アレってこの世界に出現させちゃダメなヤツなんですよ?わかってますよね?」
ひときわ輝く大きな翼、まるで神が創った芸術のような美しい体躯、頭頂に輝く神々しいエンジェル・ヘイロウ。天使の輪っか。
まさに麗人と呼ぶにふさわしい肉体と顔面とオーラを持つ大天使。その輝くオーラは下級天使などでは近寄ることすらできない絶対の神聖力を放つ。
そんな大天使のそばに控えるのは、天使にしては珍しく浅黒い肉体の仮面の男。屈強な肉体は強者の証、しかも大天使に平然と進言をする。
大天使クラスの存在が良く見ればその背に生えているのは天使の羽ではなくイミテーションをそれっぽく魔力で動かしているだけなことに気付くのだろうが。
普通の天使は気づきもしない。
だってミカエール軍団長のオーラが強烈すぎて。軍団長の方なんて向いていられない。そのそばにいる天使なんて『あいつすげーな』と思うけど影をみるのでせいいっぱい。
「そういうな。堕天した天使の子が拾われたのだ、やるだけやらねば創造神様に顔が立たん」
普段は自分に対してそうそう文句をつけにくる存在なんていないのだろう。
天使軍の軍団長、トップオブ天使軍。
そして4大天使のひとり。
つまり自分の上には創造神しかいないのだ。
誰がそんな存在に文句をつけてくるというのだろう。
会話すら成り立たないしだいたい目を見て話しをしてくるヤツなんて軍団にはいないのだ。
ズババババッ!!
羽もなければ浮遊術なんて知らない。
でも空を駆け回る老人と剣。
姿なんて見えずその剣が天使の防壁を切り裂く瞬間のみ閃光が走る。
「さてそろそろ戦った感もでてきたし。兵士たちを引かすからアイツを大人しくさせてくれ?」
ニッコリ笑う満面の笑み。大天使ミカエールの微笑み。
慈愛に満ちてやさしくって、それでいて神聖なのにちょっぴり人懐っこい。あっという間に心を抱きしめて放さない。
「は、はああい・・・いいいやああああ、ちょっと待って待って待って!!あんなの止められるのアンタしかいないでしょうが!なにを平然とムリゲー押し付けてんですか!!ああなっちまった剣聖ビャッコは相手を全滅させるまで止まりませんって!!」
腕にアゴをのせてチョッピリ考えてるポーズの大天使。
もちろんそんな気なんてないのだけど。
顔をあげると笑顔150%増しで全身輝く聖なる光。
「ほら、ボクって天界の四大天使だからさ?立場的にもケガするわけにはいかないとは思わない?いやいや普通の剣でいくら切られたって平気なんだけどさ、アレとアレだけはヤバイんだよね?」
傍に控える文句たっぷりの天使もどき、頭に浮かぶのは斬鉄丸と大魔王様の愛剣ギリザストゥース。
どちらも意思を持つがそのインテリジェンスはどちらも怪しい。
共通点は『はっちゃける』
どちらも軍団長クラスから敵の王まで対峙してきた大魔剣だ。
ぶっちゃけていうなら『怖いものしらず』『やりたい放題』歯止めのきかないヤツら。
「ミカエール様知ってます?大天使様ならちょいちょいケガするくらいですむんですけどね。本来味方なハズの魔人だって斬鉄丸に木っ端みじんにされたら魂から消滅しちまうんですよ!?」
なんで俺が味方から消滅させられなきゃいけないんだとプンスカ。
しかし大天使にはそんな感情なんてどこ吹く風だ。
「ああそれなら大丈夫大丈夫」
平気な顔で頷いて安心させようとする大天使。
これが一昔前なら『ああ大天使が言ってるんだからきっと大丈夫なんだー』何も考えずにあの暴風に突っ込んでいったかもしれない。
だけど彼はもう知っている。
世界的な強者なんて賢者でも知恵者でもない。思いやりなんてカケラもない。
世界的な強者とは相手の都合なんておかまいなしに自分かってに周りを振り回すヤツラのことだからだ!!
「そうなったらボクがちゃんとキミの冥福を祈ってあげるからさ。大天使が直接祈りをささげるなんてこの数千年もなかったほどの神聖儀式だから100パーセント天国行き確定!だから安心して大丈夫だよ?ガストンくん!!」




