81. 誰も本当の私を知らない
真っ暗闇の空間
上も下も右も左もない。
ただただ空間だけが無限に広がっている。
何もなかったその場所にポツンと炎のような灯りがひとつ。
やがて光は人の顔を形作る。
まだまだ幼い少女。
大きなお目目の甘えん坊。
元勇者ベッチー9歳だ。
ニッコリ微笑めば誰もがかまってあげたくなる守ってあげたくなる
そんな彼女もこの暗闇ではひとり。
うつむいてる様がなんとも切なさを感じさせる。
そんな彼女のすぐそばに、またひとつボウと炎が燃え上がる。
形作られたその顔はやっぱり幼い少女のもの。
だがその目線は厳しく、口元もキリリと引き締められている。
ピシリと伸ばした背筋がなんとも頼もしい。
サーシャリーが部屋を退出してからちょっぴり経った頃。
ベッチーは何がなんだかわからずベッドにボスンと飛び込んだ。
自分を守ってくれるのはコレだけだとでもいうように、シーツに頭から潜り込む。
足の指先だけがシーツからはみ出しているのは暑いからだけど。血色児童だし。あと熱い。あてられた愛情が。
シーツの中、真っ暗闇の中。
思考はそのまま暗闇の中へ。
そして1行目に戻るというわけだ。
9歳のお誕生日なのに。
ちいさなお手てでそっと自分の唇をなぞる。
初めてのキッス。
まさに『奪われて』しまったのだけど、なぜだか『いただいた』ことになっており、しかも『返品できない』らしい。
どうにも年上サーシャリーの初キッスを自分がいただいたらしい。
うん。
なんだかおかしい。
わたし、おこちゃまよ?
勇者の修行で男の子とお付き合いしたことなんてないよ?
もちろんお口でキッスなんて初めてよ?
初めての経験に頭の中はグルングルン。
普通の少女なら初キッスに慌てふためいて顔まっかっかにして『はわわわわ』なんてうろたえる役どころなのに、なんなのだこの状況は!
まるで百戦錬磨のプレイ・ボーイが初心な子猫ちゃんの唇を奪ってしまったかのようになっちゃってるじゃない、しかもやっぱりワタシが男役だし!!
「いいのではないかい?減るものじゃないんだからね。アタシを好きだと言ってくれた大切な娘だぞ?」
キリッとした方のベッチーが口をはさむ。
男役ベッチーだ。
結局彼?もベッチー。
おっさんに乙女心がやどるように少女には漢気がやどるものだ。きっと誰だってそうなのだろう。
「それにキミだって彼女のこと憎からずだろ?可愛いって思うだろ?」
うっ
つまるベッチー女の子。
たしかにサーシャリーは可愛かったのだ。キッスされてもいやじゃなかったし、ちょっぴり嬉しかった。
なんの力もないくせに。ワタシを守ろうとしてくれた。
好きだって言ってくれた。
あれ?
でもちょっと待ってよ。
「あなたわかってる?サーシャリーのことを可愛らしい女性だって思うのとキッスを許すのは話が違わない?」
だってそうじゃない、可愛らしい女性なんていっぱいいる。
そういえば先日魔王宮ですれ違ったおばあ様は上品で笑顔が可愛らしかったな。振舞いは貴族そのものなのにアケスケで笑顔が輝いてて。
自分もいつかそんなヒトになりたいなって憧れるし心がポカポカ満たされた。
可愛いってそういうものでしょう?
仔犬ちゃんも子猫ちゃんも可愛いし。
キッスしたいとかされたいとか、そういう話じゃないでしょう?
額に指をあてて、ちょっぴりキザに『考えてるぞ』ポーズの男役ベッチー。
どうやってワカラズヤを説得しようかと思案して、やがてキラリと光る勇者の瞳。
「ボクらはこの世界に役割を持つ存在。そして世界に羽ばたくサーシャリーの愛を全て受け止めるのがその宿命なんだ」
高らかに歌い上げるような断言。
そして胸にそっと手をあてる。まるで自分の鼓動を確かめるよう。
「胸に溢れる温かい気持ちを感じてごらん?ボクらの心を彼女の愛が満してくれたおかげさ」
両手を広げ空を見上げる男役ベッチー。
随分と満足げな笑顔はまるで『さあこれでわかったよね?』言わんばかり。
何言ってんの?
このボンクラは頭のネジが何個か吹っ飛んでるんじゃないの?
コイツって本当にワタシで合ってる?
ベッドからガバリと起きだしたベッチー。
使い切った脳にエネルギーを補給するため魔王宮のラウンジへ。
もうやってられない!
現実逃避であり糖質に救いを求めて飛び出す。
まるでどこかの宰相を見ているよう。




