79. 老兵は去るのみ
「ず、ずびばせん・・・」
ヒックヒックヒック
ポロポロと涙をこぼすのは新兵サーシャリー。
涙ながらに膝がくずれる。
竜の宮廷の大広間から移動した一頭と二人。竜王、ベッチー、そしてサーシャリー。
さきほどから比べると随分と狭い部屋だが天井は高い。竜王が入るには必要。
口周りが黒くなってドロボウ髭のようになっている竜王。
大きなお目目ほどもあるタンコブが赤くふくれる元勇者ベッチー。
新兵の謝罪に優しい目を向ける竜王。
この娘は上司を守るために身を挺して竜に立ちはだかったのだ。
自分で言うのもアレだけど、絶対に勝てない相手だとわかっているだろうに。
あのあと。
竜王も勇者ベッチーもどちらも歴戦の戦士だ。
気を失ったのは一瞬であり、すぐに我に戻るのは訓練のたまもの。
二人はウンウンとうなずくと、ベッチーは強引にサーシャリーの腕をとって竜王の後ろをひっぱっていく。
なぜだか顔の赤いサーシャリー。
やがて応接の間とよばれる打ち合わせスペースに入ると、全ての事情が説明される。
これは知るものぞ知る魔王軍の地獄の修行である。
修業の最終段階として竜王との立ち会う資格をベッチーが与えられた。
見た目は子供のベッチーだが、竜王が最終試験を認めたのは大魔王グラディウス以来であり、互いに相手を互角以上と認めたうえでの立会いが始まるところだった。
もちろん訓練である以上どちらかを消滅させる直前までの試合であり、そのあたりの加減はワールドクラス同士の実力者なのでどうとでもできる・・・
サーシャリーの顔色は赤から青に変わっていく。
世界的な強者同士が互いに認め合っての立ち合い。
自分なんかが割り込んでいい話じゃない。
立ち上がるとガクリと両ひざから崩れ落ち、そして今にいたる。
もちろん竜王もベッチーも彼女を責めたりなんかしない。
ぶっちゃけ竜王なんてかなり気に入ってしまっている。
なにせ大切な人を守ろうと自分の前に立ちはだかったのだ。
そんなの数百年ぶりだったのだ!
昔むかしまだ竜王がただの野良竜で、人間世界でオイタをかましてたころに倒れた母親を庇おうとした小さな女の子。
むかしまだ竜王がただの騎士でしかなく、倒れた仲間を庇おうと両手を広げて笑った屈強な筋肉の若者魔人。
わりとむかし竜王がまだ若き統治者でしかなかったころに撤退する仲間の悪魔を守ろうと立ちはだかった将校。
みんなみんな強くなった。
あるものは勇者として、あるものは魔王軍の軍団長として。またあるものは悪魔軍の精鋭部隊の隊長として名を成した。
この娘は強くなる。
竜王はおじいちゃん目線でウンウンと頷いている。
魔力、肉体、スキル。強くなるのに必要なものはたくさんある。
努力、根性、精神力。厳しい訓練に立ち向かい、やり続けるのも才能。
だけど最後の最後、ワールドクラスの強者となるために必要なのは強いハートだ。
「サーシャリー殿。ワシの部下にならんかの?」
「え?ダメですワタシ愛する人のために生きるってきめたので」
ギュウ
上司ベッチーを後ろから抱きしめる。
無礼っていえば無礼。
でもベッチーからするとこの娘の気持ちがちょっと嬉しい。
だって彼女はいつでも助ける側。みんなみーんな頼ってくる。
そりゃ勇者やってんだから救うし助けるそれが役目。
どんな巨大な敵にも。
どんな逆境にも。
呼びつけられて敵の眼前に放り出される。
いやわかるよ?できるできないじゃなくて、アタシがどうにもできないならもう人類の世界が終わっちゃうんだから。
最終兵器投入、人間の未来はキミに託したレッツゴーッ!
・・・アタシ6歳(当時)の女の子ぞ!?
一応言わせてもらいますけど。あんなデカい怪物なんてアタシだって超ビビるんですけど?
これでも勇者だからみんなを不安にさせないよう余裕シャクシャクな顔してるけどね!
この頃からベッチーの外向けの人格は著しく改編が行われるのだがそれは別の話として置いておいく。
「キミはワタシのことが好きなのか?」
ベッチーにとって他人の好意は自分のふるまいで「獲得する」もの。
勝手な感情にまかせておくと尊敬して勝手に奉って、そのくせいざとなれば敵にポイと投入される。
小憎らしい官僚たちのPR戦略のせい。
勇者として見られているのか、それとも兵器とでも見られているのか?
どちらにしても同じヒトへの扱いじゃない。
自分をヒトとして愛してくれたのはハハだけ。
「はいっ!ワタシはベッチー教官を愛しています!命をかけて愛し抜きます!たとえどんな難敵がこようとワタシが必ずあなたを守ります!!」
スウと剣を抜き自分の首に押し当てる。
「もらってくれないなら今すぐこの剣を引き霊魂となってあなたを守ります」
いきなり低いトーンで冷静なマジ声。
涙を流しながら願うその目はガン決まりでブレることがない。
愛と情念に燃え盛っている。
サーシャリーの白い首すじにあてられた鋭い刃に手のひらをあてて握りしめるベッチー。握った指の間から血が滴っていく。
「バカモノめそれなら早く強くなれ。そして私を守れるほどに強くなったら」
痛みなんて感じさせない優しい笑顔。
ベッチーはフワリと年上の少女の頭を抱きしめた。
「私をもらっておくれ?」
え?ナニコレ??
竜王誰かにツッコミたいけど残念ながらガストンは行方不明。
なんでここに来たヤツラって花が咲き乱れるの?
なんなんコレ?
ワシのせい?
これワシのせい?
ワシってこの年で新しい才能開花したん??三千歳だけど??
いつかどこかで聞いたような浮ついた会話が続く。
しかも妙に情念が深いのもそっくりでちょっち怖い。
ココは魔王軍きっての修行場セイサン山脈。
ワレはあらゆる種族の脅威となる竜族の王。
眼前で愛の炎が生まれるのを遠い目で眺めていると、ポンとその言葉が頭に浮かんだ。
引退すっか・・・
この翌日。
大魔王グラディウスが酒樽を抱えて竜王宮を訪れ、悩み深い竜王に一晩中付き合うのだった。




