77. キミに胸キュン
「ほうっ!セイサン山脈とはまた絶好の修行場だな!!」
猛吹雪の中で白煙に囲まれた二人。
視界はほんの10メートルもないだろう。
息を吸えば肺が凍り付くような痛み。
髪の毛だってバリンバリン。
吐く息だって口から飛び出した先に凍ってしまう。
そんな極寒の地獄に叩き込まれた上、全身からは魔力が抜けていく。
足の甲に突き刺さるのは吸魔石。
新兵であるサーシャリーはお目目にたまったお水がこぼれるたびほほには氷の筋が重なっていく。
もうダメだ
大魔王様にお役に立つのであれば、魔王国のために役立つのであればこの身はいつでも捧げる覚悟なのに。
こんな地獄で仇敵の勇者と共倒れなんて。
誰のお役に立つこともなく。
ただの無駄死に。
そんなことは尊い身を祖先から預かった自分には許されない。
旧魔王国の大貴族であったご先祖様、そして自分の職務のために身を散らした父、自分を厳しくもやさしく育ててくれた母。
でも。
でも。
鍛え抜かれた体も、魔力も。なんの役にも立たないの。
氷の芯が体を貫いて体中を凍らせるの。
もう思うように舌もまわらない、指も曲がらない、足も動かない。
ただの氷像として永遠にこの地に立ち続けるしかできない。
「貴様ッ!それでも軍人かっ!!」
上官であるベッチー教官からの檄が飛ぶ。
しかしそれに応えようとする口が縫い付けられたように開かない。
無理にでも開こうとすると唇の皮がベリベリとはがれて血がにじむ。それがまた固まって口を縫い留めるのだ。
敬礼しようとあげた手はそのまま空を泳ぎ。
新兵サーシャリーがいよいよ倒れて雪にうまりそうになるそのとき。
「自分の限界もわからぬバカモノめっ!だがその根性だけは”買い”だ!!」
素早く近寄ったベッチー教官が倒れるサーシャリーを抱きしめると、そのままお姫様だっこするのだった。
小さな小さなベッチー教官8才。
じぶんより随分とおおきな新兵サーシャリーをお姫様だっこ。
さっきまでベッチーが立っていた場所からサーシャリーまでの数メートルの雪には吸魔石につらぬかれた血の足あとが点々と続いている。
どうやら”ココ”のルールでは体外への魔法放出はできないらしいが。
このクサレ吸魔石に触れてなければ体内での魔法循環はできるのだろう?
「さあ今なら体内で魔力を循環できるだろうっ!足の傷を治し耐寒結界を張るのだ、お前は自分が生き残ることだけを考えろっ!!」
サーシャリーを抱えて重さが増したベッチー教官。
吸魔石がさらに突き刺さり真っ赤な血だまりが足元にできていく。
サーシャリーはすでに何の感覚も残っていない自分に魔法をかけて必死に意識を保つ。
自分を抱きしめる小さな体。
足元は真っ赤の血にそまっていて。
抱かれた腕から見上げると、美しい少女の顔は凛々しくも前方を見据えて睨みつける。戦闘態勢だ。
「いいだろう私の部下に手出しできるつもりならやってみるがいい!」
ズシンッ
ズシンッ
ズシンッ
超重量の怪物が迫る不気味な音が響く。
そうだ。
セイサン山脈の修行で誰もが最初に遭遇する怪物。
アイス・ゴーレムが3体も徒党を組んで迫ってきているのだ。
ベッチーは胸元に抱えた新兵のホホにキスをして笑顔を向けるのだ。
「頑張っているご褒美なんだから。さあ安心して眠りなさい?貴様にはこの勇者ベッチーがついているのだから!」




