9. 悪魔襲来Ⅰ 1
魔王城内は緊張した空気に包まれていた。
非常警報が鳴り響きバタバタと大臣たちが走り回る。
魔王国首都リンゲル中に警戒を促すアナウンスが流れ、国民は空を見上げた。
「大魔王様、ベノン軍団長が急ぎの面会を求めてまいす」
秘書アンジェリカの声も通常より鋭く刺さる。
緊急事態になればなるほどその者の本質が現れる。
「うむ。如何なる時も我が臣下を拒むことはない。呼ぶがいい」
魔王軍団長のベノンが急ぎ進言してくるのであれば、内容も限られる。
ベノンの報告を聞く前にも関わらず、秘書アンジェリカがワレの専用武具達を準備するのがその証拠。
立ち上がるワレを魔鎧ヴァルディウスで覆い、マントをはめる。
捧げられた魔剣ギリザストゥースを腰に差せば戦衣装は完成する。
「大魔王様に報告いたします!悪魔の軍勢が五千、首都リンゲルの北方よりこちらへ向かい進行中!悪魔軍最強の第一師団の連中かと思われます!」
ベノンからの報告は予想通りである。
しかし今回の襲撃にはその目的が今一つ解せぬ。
ならばワレがこの目で確かめるのみ。
「ワレが参ろう。ベノンよ精鋭を引き連れて付いてまいれ!」
「かしこまりました!わが精鋭部隊と共に御供致します!!」
飛行スキルにより雲上へと駆け上がる。
遠くから悪魔の大群が空を埋め尽くさんと群がり、威嚇と奇声を発しながらこちらへと向かっているのが見える。
いかにも「やるぞ」「やるぞ」と威勢ばかり良いが、やはり違和感が止まらぬ。
こちらに気付いたのであろい。
あれほど煩かった悪魔どもの奇声がピタリと止んで侵攻が止まった。
ワレの巨大なオーラは今この時、三千里離れた場所からでも立ち上る怒りの炎と化して立ち昇って見えているはずだ。
真っ当に本能が働けば、悪魔の群れは恐れをなして近づいて来れぬ。
たかだが5千ではワレへ挑むに全く足りぬと悟るのが本能。
ケタが二つほど違うことに気付くだろうよ。
我が愛剣ギリザストゥースを鞘から抜くと、意志を持った剣は歓喜の輝きを放つ。
魔王国が誇る名工ハチジュウハチが鍛え抜いた我が愛剣。
抜き放てばワンコがしばらく留守にしていた主人に飛びつくように、怒涛の歓喜が流れこんで来るのだ。
わかったから落ち着きなさい、嗚呼、嗚呼、嗚呼あああああ!!!
魔剣からの覇気は辺り一面の空を暗雲のごとく染め上げ、ビシリビシリと音を立てて大気を震わせる。
悪魔共よ、さらばだ!
「天・割・殺!!!!!」
魔剣の一振りが轟音を鳴り響かせた。
水平に薙ぎ払われた剣は我が魔力を載せて、光と魔力の斬撃となる。
斬撃が天を割り、空は漆黒の宙を開く。
大気は渦となり、悪魔たちを青空ごと巻き込んで上天を突き抜ける。
天の先に開いた漆黒の闇へと吸い込まれていく悪魔ども。
行く先は次元の狭間か異界の果てか。
羽虫どもを吸い込み終わると、やがて黒環はいつもの空へと戻ってゆく。
「ほう、まだひと欠片の魂が残っておる」
ワレの前に小さな魂が漂っている。
まるで見つけてくれ聞いてくれと言わんばかりに。
魔剣の一太刀は、悪魔の肉体から魂魄を引き剝がす。
肉体は塵になり、魂は天に還るのだ。
それでも稀に、強い力を持ち生き残る者がいる。
魂魄に強い力を持つ者。
つまりは何か強い想いを持つ者。
これまで感じた幾つかの違和感は続く。
お主はワレに何を伝えようとするか?