76. 道を踏み外した勇者
「ていやああぁっ!」
新人にしてはキレがあり早い剣さばき。
模擬戦の相手である教官の首元へと刃がせまる。
相手の教官はブスリとした表情。
まだまだ子供、やっと少女とよべるくらいの小さな美少女だ。
楚々としていればイイトコロのお嬢さんだろうが、への字の口元は今にも舌打ちしそう。
誰も見たことがなかった素のベッチー不機嫌モードである。
幼い教官は不機嫌を隠すつもりはないようだ。
木剣を重ねて軽く跳ね上げる。
剣の軌道がそれたところでそのまま上段から剣を振り下ろした。
バコンッといい音がして新人の若者の頭をぶっ叩いた。
もんどりうって倒れる額には大きなタンコブがふくれあがる。
「なんだそのなまくらはああぁぁぁ!!そんなことで魔王国を守れるとでも思っておるのかキサマあああ!!」
鬼軍曹のセリフだが叫んでいるのはベッチーもうすぐ9歳だ。
倒れた相手をゲシゲシと蹴り上げて『さあ立てこのやろう』『いつまで寝てんじゃねえぞ』言わんばかり。
ふらふらと立ち上がった・・・かのようにみせた相手。
実はコンチクショウと怒り心頭の今年入団のサーシャリー。
後ろ手に握った木剣を振り向きざまに振り抜くことで見えない角度からの奇襲したハズが。
パアンッ
乾いた音がした。
小さな教官の裏拳が木剣にさく裂し、剣の方が粉々にはじけてしまったのだった。
ガクガクと震える挑戦者の手に武器はない。
かたや剣を片手にせまってくる小さな少女が巨大な怪物にみえる。
チッ!
今度こそ見事な舌打ちをしたかと思えば、その瞬間には挑戦者の若者は剣で薙ぎ払われて吹っ飛んでいったのだ。
「次は誰だ」
もう不機嫌の極致。
見た目は小さな美少女なのに、その背中から這い上がった青いオーラが果ては天をついてしまう。
ギロリンと睨む青い瞳にも炎が燃え上がる。
「全員でこい今すぐ。ワタシが倒れるかオマエラ全員が倒れるか」
ベ
ベ
ベッチー教官
ベッチー教官ってこんなに強かったんだ!!!
数百もいる練兵中の兵士みんなが心の中で大合唱。
そう。
ワールドクラスの強者であるベッチー元勇者。
幼いといえども魔王軍の幹部を打ち取るレベルの実力はあるのだ。
これまではベッチーの生き方戦略上ほどよい強さだと思わせていただけ。
『これが私の生きる道!』だった戦略が幼子から見事に吹きとばされてしまい、まさにご乱心なのだった。
「どうしたこないならコチラからいくぞ?ナニ骨のひとつやふたつが折れたところで、くっつけばもっと頑丈になるだろう?」
ククククク
舌なめずりしたヨダレがポトリと木剣に落ちる。
「さあいくぞ!コレが貴様らの望んだ『キビチイクンレン』だ!カハハハハッ!!」
笑い上げたベッチー教官の姿がシュンと見えなくなると兵士の悲鳴があがった。
一瞬だけ見えた姿はすぐに消えて別の場所から悲鳴があがる。
練兵時間ひとり1秒未満。
300人がいた兵士が3分もたつと死屍累々。
毒ガスでも流されたかのようにみんな倒れてしまうのだった。
「なんだこれは?」
「なんだこれは!」
「なんなのだこれはああ!!!!!」
もうすぐ9歳のベッチー元勇者。とてもかんわいらしい美少女とは思えない叫びが木霊する。
ガクリと膝をついて体をそらし腕を天に掲げる。天上に祈りを捧げるように。
理不尽な現実が間違っていると天に叫ぶように。
「ワタシが教えてたのは『キビチイクンレン』に5分も絶えられない軟弱軍団だったのか!!!」
まるで全てに絶望するかのよう。
「ワタシはマーメやんなきゃ『めぇ』なのに!!!」
ガックシ。
絶望。
天を見上げていたその体はがっくりと垂れて四つん這い。
ポタリポタリと涙が地面を濡らす。
そうだった。
全てに絶望したら開けてみるとよいと言われた小さな袋。
首からさげた布製のお守り。
くれたのは誰だっただろうか。
紐解くと紙片が小さくなるまで折りたたまれている。
『誰か同じ思いの人と開いてください』
開くのには同じ想いの人が必要らしい。
ワタシと同じ絶望しているヤツ?
そういえばサーシャリーは私をコテンパンにしたがっていた。
なのにボコボコにされて、あげく不意打ちまで見透かされて自分がコテンパン。
うん、アイツもきっと同じ気持ちだ。
そばに倒れているサーシャリーの首根っこをひっつかんで目を覚まさせる。
さあ準備はできた。
たたまれた紙片は年月のせいかパリパリとひっついており慎重にはがしていくと。
そこにかかれていたのはいつかの案内文章。
「魔王軍スペシャル特訓実施により参加者募集中。死すら恐れない猛者よ集まれ、開始はこれを読んだ時より。期間は特訓が終わるまで」 魔王軍団長ベノン
ビョオオオオオオッ!!!
気付くと二人は猛吹雪の中で立ち尽くしているのであった。




