73. 異変
パアアァァァッ
輝く笑顔の勇者あらため魔王軍指南役ベッチー。
両手を広げて大魔王様へ飛びついた。
まるで幼い子供が大好きな相手に飛び込んでいくように。
だけれども大魔王様のお膝には先客が陣取っており、お子ちゃまも含めて抱き着いてしまうしかない。
その途端。
間に挟まる小さな子供の大泣きが始まった。
真正面から自分よりはるかに大きな相手が両手を広げて飛び込んできたのだ。怖くないはずはない。
「やーーっ!やあだあーーーーーー!やああーーーーーーんっ!!」
大声をあげ首をふりふりして泣き叫ぶ。
もちろん元勇者のベッチーが小さな子供を傷つけるはずはない。ぶつかったり圧迫したりしないように体術を駆使しており、子供は羽毛がゆらゆらと体に触れるほどにも衝撃や圧力を感じていないに違いない。
ただビックリさせてしまっただけなのだが、だからといってカンシャクに火がついたお子ちゃまが止まることがない。
「はなちてーーーーっ!どっかいってええーーーーーーっ!やああーーーーー!!!」
どうしたものかと大魔王様が思考を巡らせる間もなかった。
ピタリッ!!
ベッチーの動きが一度完全に停止したのだ。
目から意思の光が消え去り数秒も固まってしまう。
まるで電源供給を絶たれたロボットかコンピウタアが強制終了されたように。
わずかの完全停止を経て再び目に光が灯ったかと思えば、ベッチー抱き着いた姿勢のまま後ろへムーンウォーク。ススススッと二人から離れて踵を返し回れ右。
そのままロボットのように歩いて部屋から退出してしまったのであった。
大魔王様も。
剣豪ビャッコも。
宰相ジルベストも。
軍団長ベノンも。
予想外のベッチーにみんなでポカン。
魔法科学庁の長官ジュディアーナだけは興味深げ。
その中でサーシャリー・シルバニアは頭を下げながら大魔王様へ近寄り、泣いている子供を受け取ると抱き上げた。
「おまかせくださいませ大魔王様、私も旧貴族家出身でございます。貴族の義務として幼い頃より教会や孤児院のお手伝いで小さなお子様もお相手してきましたわ」
ノブレスオブリュージュ。
あの奥方であれば当然にして自分の娘へきちんと引き継いでいるだろう。
子供を自分の胸にぴったりひっつけるように抱きしめると、ヨシヨシとやさしく揺すってあやしていく。
しばらくすると安心したのか泣き疲れたのか、お子様はサーシャリーの胸で寝息をたてている。
「すまぬな。我らでは甘やかすことはできてもあやすことはできぬ。魔王国の王としてお主やお主の母上のことをワレは誇らしく思うぞ」
人間の貴族であれば、血筋にこだわり生まれが偉いからと鼻にかけて特権の享受にばかりかまける。だがそんな貴族はこの国にはいない。
捧げられた想いは倍返し、それが倍になって返ってきたら3倍返し。
上に立つものは領民を国を守るためにはまっさきに命をかける。民が苦しむなら己から苦難に飛び込み解決してみせる。それが魔王国の貴族の在り方であり、サーシャリーがこれまで続けてきただろう変わらない心意気に大魔王様の鼻がコンマ1ミリも高くなったのだった。
「お褒めにあずかり光栄ですわ。慣れておりますゆえお困りのさいは気軽にお呼び出しくださいませ。いついかなる時でも大魔王様のタテに・・・いえお困りごとを解決するのが私の役目でございます」
どこかで聞いたフレーズに大魔王様と宰相ジルベストの眉がピクリと動いたがそれはやはり。間違いなくあの奥方の薫陶を受けていることは間違いない。
鷹揚に頷く大魔王様へと嬉しげに首を垂れると、サーシャリーは子供を抱いたまま後ろに下がるのであった。
「どころでなんじゃあのベッチーの仕草は?まるで自動に動作するゴーレムみたくカクカクしおってヤツらしくない」
呆れるジルベストに向けてニヤつくジュディアーナ。
「あーーーーあんたにはわかんなかったかなぁーーー?あれはね?」
おバカなあなたに教えて差しあげましょうか?この魔法科学の叡智ジュディアーナ様が?
口には出さなくても人を舐め切った顔の表情にフンスと荒い鼻息。
ジュディアーナのドヤ顔を向けられたジルベストは笑顔のまま額に怒りマークが浮かぶ。
「天界から降りてきた天使が発する言霊は神からのお告げだよね。勇者は天使が発したそのお告げに従うことで天罰という名の攻撃をするのが宿命」
チッ
気付いたジルベストの舌打ちにジュディのドヤ顔がパワーアップ。
「神から勇者の力を授かったベッチーが天使だったこの子から『離せ』『どこか行け』とお告げを受けたらどうなるのだろうね?」
子供を抱きしめる誰かさんの目がキラリン♪と光ったのは言うまでもない。
おかげさまでやっと本編の続きに戻ってこれました。
ちょびっと懐かしさまであったりします。
のんびり楽しめる大魔王様。
引き続きのんびりお付き合いくださいませ。




