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8. 魔王国の宰相 4 (人族の都合)

ここは魔王城応接の間。


外交官級の折衝が行われる会議スペースには落ち着いた調度品が整然と並ぶ。

そこでは引き続き宰相ジルベストと人族外交団の折衝が続いていた。


幸いにも今回の訪問団に大魔王様の謁見は予定されていない。

わずかでも大魔王様に不敬な発言を行えば、秘書アンジェリカが許すはずはないからだ。

今回の折衝に大魔王様と秘書がいたならば既に人族という種は消滅しているだろう。


ジルベストなりには人族に気を使っているのだった。

しかしその彼に対するこの仕打ち・・・


ふと外交官の一人が異様な事態に気付く。

その青年は魔法学院の卒業生であり、中級魔法まで操ることができた。一人前の魔法使いと言える腕だ。

魔力の流れや魔法については鋭敏になる。

護衛も付かない会談では彼が危機察知と護衛を担うことになる。油断することもなく絶えず感覚を研ぎ澄まして警戒を続けるのだ。

ひと度危険の匂いを感じ取れば即座に合図を送るのが、この外交団の絶対の了解事項となっている。


青年から仲間内に合図が流れた。

この流れはヤバい。大戦勃発レベルだ。


急に誰もしゃべらなくなり周りを見回し始めた。

そして気づくのだ、この腰の低い魔王国の宰相の影からおびただしい魔力が渦を巻いていることに。


魔力操作の初歩でもかじったならば、今すぐ全力で逃げ出したいほどのオーラがジルベストの後ろに黒く渦を巻く。


所詮人族の外交官では誰も気づかんわ、とジルベストが見渡すと一人の外交官と目があった。


ほほう。

どうやらその青年には魔力がわかっているとみえた。

青年から周囲に合図を出していることも気付いている。

ジルベストは彼に向ってニッコリと笑いかけた。


わかってもらえた、かな?ウフフ♡


ジルベスト・ブラック、この大魔導士に性別などありはしない。

最も効果的に感情が伝わる表現を選んでいるだけで他意もない。


平気な顔をして無表情を貫いていたその青年は、目があってしまいしょうがなく微笑み返す。

恐怖と緊張でガチガチにこわばった笑顔で・・・・



部屋の温度が急激に十度も下がったような背筋が凍る異常感。

人族の誰かがゴクリと生唾をのむ音だけが響いた。

「あ、あの・・・」


ガチャリ。


一触即発のビリビリとした空気が流れる中、青年の言葉は扉が開く音と重なり消えた。


扉が開き、大魔王の秘書が現れる。

優雅なお辞儀をすると、どこからかホッとため息が漏れる。

音も立てずにお茶をが取り換えられ、秘書は退出していく。


アイスティーの氷がカランと鳴った。

また汗ばむ暑い日の夕方だ。一杯目は熱いお茶で二杯目は涼やかに。いつも通りのアンジェリカである。

背筋まで凍りかけていた外交団にとっては、まるで雪山の登山中に出されたかき氷のように感じたが。


ジルベストが唇を濡らすと、紅茶色したガムシロか!というほどの濃厚な甘さが脳を直撃する。

見向きもしない大魔王秘書アンジェリカ。

彼女に無駄な行動などありはしない、提供する飲食物にも当然メッセージが存在する。


「頭冷やせこのジジイ」


人類を滅ぼす大魔導士ジルベスト・ブラック、今回の変身は不発。

甘味と氷がジルベストの頭と魔力を冷ましたから。


人族に恐怖心は植えつけたが、お互いにいったん頭を冷やしたことで会談はここで仕切り直しとなる・・・ハズだった。

このジルベストの期待は、人族側の強い決意に妨げられることになる。



人族の代表として魔王国を訪れた外交団。

今回選ばれたメンバーは全員が決死の覚悟で臨んでいる。


魔王国との力関係を考えれば、不利な交渉が続くことは覚悟の上だ。

魔族が人族に興味がないのは明らかだったから。

今回訪問を許されたのは、噂の大魔王の慈悲か気まぐれ。

そして人族としては、この千載一遇のタイミングを逃すわけにはいかない。


人族には勇者を超える力がすぐに必要になることが予言されている。

このままでは人族が滅亡する事態になるのだ。


交渉相手が激怒して自分達が滅しようとも、最短で協定を結ぶための条件を引き出さなければならない。

しかしそのためには、こちらの本気度を示して相手も同じ土俵に乗らせなければならない。

今すぐにでも。


少々の不利な条件が出たとしても、まずは「条約を結ぶ」ことを前提に協議が進むように仕向けなければならないのだ。


そして、人族の事情を知られるワケにもいかない。

足元を見られすぎると待っているのは魔族への隷属だ。

そんなことを諸国の王たちが許すわけがない。


彼らは今回、交渉相手が激怒して自分達の一人二人死んでも仕方がないと考えている。

人族と魔王国との大戦さえ勃発しなければ、誰かひとりが生き残って国に伝えればいい。

ジルベストから見ると無礼者の集まりの彼らは、実は愛国の志士たちだった。


そんな彼らが辿り着いた衛門でのトラブル。

これは小さく灯った希望の光であり突破口になる可能性を秘めていた。

一度相手の感情を露呈さえた上で、これをコントロールすることで罪悪感を植え付け主導権を握る。


感情は生もの。

絶対的な正解などあり得ない。下手を打てばこの場で人魔大戦が勃発する。たがそれでもやるしかない。


豪胆さと繊細さが求められる作業、プロが人生に一度レベルで試される勝負の交渉だ。

どんなに恐怖を感じても引き下がるワケにはいかない。


「宰相殿、聞いておられますか!宰相殿より、日が中天を衝く前ほどに来るよう伺ったからそれに合わせたのですぞ!!」

「大魔王殿への礼を失せぬよう、ぴったりの頃合いをはかるため何日も調整したのですぞ!」

「宰相殿にご指定を頂いたのですぞ!」

「なぜに我らを愚弄しようとされるのか!これは宰相のご意志か、大魔王殿のご意志か!!」


・・・

ジルベスト、きょとんである。


いやちょっと待て。

やっと静かになって折衝に入ろうかというのに、話が元に戻っとらんか。

むしろ何か全てワシのせいになる流れか、コレ?


人族の口撃は批判対象が修正されていた。


魔王国から締め出されていたのが「魔王国の無礼のせい」から「ジルベストのせい」にシフト・チェンジしたのだ。


先程ジルベストから感じた衝撃的な怒気、彼らとしても喧嘩を売るためにきたのではない。

それにこのままでは人族滅亡の危機を感じた。

咄嗟(とっさ)の機転で攻め方を変えた・・・そして彼らにとって幸運にも、この方向転換はいい感じにジルベストへ刺さる。



甘い物をとったことで、ジルベストの頭脳では思考が超高速回転を続ける。

さて、どう対処するのがいいのか。

魔王国に対する無礼であれば人族を滅ぼすのもヤブサカでないが、自分のせいというのはちょっとな・・・がジルベストの本音だ。


人族をこのまま滅ぼすのは気が引ける。しかしココまで言われるのは容認できない。

彼らは人族の代表として和平なりの協定を結びに来たのではないのか?

その交渉相手が代表して頭を下げて詫びも入れた。それなのになぜ喧嘩腰なのかな?

こいつら、頭おかしくない?マジでクレーマー?やっぱり滅しちゃう?が本音である。


ジルベストは判断する。

「こいつら面倒くさい」


人族を相手にするのは魔王国の無駄である、と。


それならば、彼らに条件を突きつけてやろう。

魔王国の品が疑われないように、それいて二度とこんな事がないように。

理不尽にならず当然に見える条件、それでいて人族が絶対に(うなず)けない条件が必要になる。

今回の外交は他種族にも知れ渡ることになるだろうし、魔王国の歴史に残る可能性もある折衝なのだ。

無理難題を突きつけるにも正当性が必要になる。


「これ以上話しても時間の無駄、今回ご訪問された目的を伺おうではないか。

今日お待たせしたお詫びに、それちらのご希望に対する条件は可能な限りこの場で回答する。

大魔王様からそれくらいの権限はお預かりしておる。

それをもって内容に(うなず)くも首を振るも人族次第で如何(いかが)かな?」



もうあと数時間で世が空ける頃。


その後会談はとんとん拍子に終わり、人族の代表団は馬車に戻って衛門の前へと並ぶ。

門が開き次第で一刻も早く国へ戻って対応を協議するためだ。

提案された条件の厳しく彼らの顔に笑顔はない。

しかし一歩前に進んだ達成感だけは胸中に飛来していた。



片やジルベストは大魔王様の元を訪れる。

詳しい説明は仕切り直すとしても、まずは概要を速やかに伝える必要がある。


「大魔王様。本日の人族来訪について、いったん概要をご説明申し上げます」


「遅くまでご苦労であった。お主にはいつも面倒な仕事で苦労をかける」


「ありがたきお言葉、わが身は大魔王様の為にございます」


「・・・ところで、随分と揉めておったようだが?」

秘書アンジェリカが知ったことは大魔王様の御耳に入る、当然想定済だ。


「人族共の戯言(たわごと)でございます。」

「自分たちの都合で随分と早く到着して勝手に待っておったくせに、我らの非礼だとゴネられましてな。それをダシにしてアチラに都合のいい協定の締結を求めらたところですじゃ」


「ほう・・・それだと人族とは随分と理屈がわからん(やから)にしか思えんが。言っていることがよくわからんな」


「大魔王様のおっしゃる通り、わけのわからんヤツラでしたわい」



・・・言えるワケはない。「大魔王様のお話が始まるのが遅すぎてモメました」とは。



宰相ジルベスト、まだ暗い空を眺める。

遠くに薄っすらと山脈の峯が輪郭を現しはじめ、明けの明星が輝く時間。


そういえば昨日魔王城で仕事に就いたのもこの時間だったの。

長い1日がやっと終わった。


彼は最後の力を振りしぼり、今日という日を振り返る。

宰相として日々のルーチンだ。

今回のトラブル、どこで(つまず)いたのか。


・・・原因はとっくにジルベストの中で決まっていた。


「すべてはベノンのせいじゃ。アイツどうしてくれようぞ・・・」


ベノンの予定を無理やりにでも空けて、たっぷりと"魔王軍幹部の心得"スペシャル研修を行う。

休むことも食事をとることも許されない阿鼻叫喚あふれる地獄の研修だ。


心に決めたジルベストは、やっと長い1日から解放されて安らかに眠りにつくのだった。


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