70. 大魔王様と世話人B
「サーシャリーは順調であるか?」
ここは魔王宮「昼の」大魔王様執務室。
大魔王様の執務机に頬杖ついて足をルンルンお顔はニッコニコ。勇者ベッチー7歳。
久しぶりに大魔王様とのトーキング・タイムだ。嬉しくないハズがない。
「大丈夫大丈夫だよ。アタシにまかせといてってば?」
「ほう。ではその根拠を聞いてもよいか?」
お互いにわかっているが核心には触れずに話をすすめる。
「マジメだしセンスあるし。そのくせまだまだ鍛錬も足りてないから伸び代ばっかり。それに覚悟も背負ってるものも違うし」
ニヒヒヒ、と笑うベッチー。
軍団員に見せる笑顔とは違い素で楽しそうに笑う。
「やりづらいのではないか?」
大魔王様がさりげなく質問。
「ワタシが勇者だから?それならばきっとワタシの宿命だから大魔王様は気にしちゃダメだよ」
サーシャリー・シルバニア。
魔人としてはまだうら若い少女である。
旧魔王国が滅んだ二次厄災で消滅した貴族シルバニナ家の一粒種。
つまり旧魔王国で4天王の地位にあったシルバニナ伯爵のひとり娘である。
100年も昔。魔族にふりかかった「暗黒の30年間」と呼ばれる厄災には3つの段階がある。
第一次厄災は神軍による天罰。当時の魔王とそれを守る魔王軍20万が消滅する。
続く第二次厄災で残る魔王軍四天王が残兵8千とともに勇者パーティに攻め入られ全滅する。そして全ての戦力を失った魔王国は滅亡した。
生き残った一般の魔族は魔王国の都市から逃げ出し世界中を放浪することになる。
サーシャリーは旧魔王国の名門であり四天王であった貴族シルバニナ家のひとり娘。
魔王軍の入団試験においても勇者ベッチーを睨む目は尋常ではなかった。
ベッチーが自分の父を滅した勇者ではないことなんてわかっている。
そしてこの勇者は自分たちと同じく、大魔王様を敬愛し魔族にも分け隔てなく接する存在だということも。
それでも。
それでも自分より幼いこの少女に神が与えた「勇者」の称号が許せない。
人族で「勇者」と呼ばれる存在は魔人族からすれば「殺人者」であり魔王国の「破壊者」なのだから。
「彼女を成長させるのだ魔王軍指南役ベッチーよ!人族としての贖罪などではない、魔族と人族の怨恨など関係ない。お主ならできると信じているぞ『魔王国の勇者ベッチー』 !」
ベッチー7歳、大魔王様の前で大きく目を見開いて驚きの表情だ。
大魔王様の目指す先はまだボンヤリしか見えない。
でも自分にも役割があって信じてもらっている!
ニンマリしたくてムズムズと動き出す唇を頑張って一文字。
キリリとした顔で片膝をついて首をたれた。
「はっ。ワタクシめが必ずやサーシャリーを一人前にしてみせましょうっ!」
勇者ベッチーがはりきって退出していった後。
控えていた宰相ジルベストが胸元まで伸びた髭をなでながら微笑んだ。
「なかなかに立派な勇者になってきましたな?」
大魔王様の口角も2ミリあがっている。
「子供の成長とは早いものだ。もう一人前の顔になっておる」
「そうですな、それにシルバニナ家といえば奥方のこともありますな」
困り顔のジルベスト。もちろん理由がある。それは勇者に夫を殺されてしまった未亡人という哀しい話に収まらない。
「そうであるな。これでご婦人の気が晴れてくれればよいのだが」
大魔王様が見上げるのは執務室の天井ではなく毎年繰り返される出来事の記憶だった。
強く誠実であった4天王の一人シルバニナ伯爵。
魔王国を守るため軍勢を率いて勇者パーティと戦闘、そして討ち死に。
消滅の瞬間まで魔王国民のために体を張り続けた貴族。
その後大魔王様が再建した魔王国で魔王軍の入団試験が開催されるたび。
いるのだ。
未亡人となった伯爵夫人が。
開門前の行列の一番前に。
ある年は亡き夫の大剣をもって。
次の年は槍をもって。
さらに次は魔法ロットをもち。
そこからはフライパンであったり包丁であったり。
なにせ根っからの貴族家で生まれ育ったご令嬢。
箸より重いものなぞもったことがない。
大剣はひきずったまま鞘からぬくこともできず。
槍をふりかぶればそのまま体ごとひっくり返り。
魔法ロットに魔力を込めれば彼女の人柄通りに暖かく優しい光がほのかに周りを照らすだけ。
筋力を鍛えて頑張ったフライパンは手からスッポ抜けて飛んでいき。
握った包丁の刃の鋭さに気付いて卒倒する。
それでも亡き夫が果たせなかった貴族の義務を果たそうとする。まさに貴族の鏡であり女傑という言葉が似合う責任感の強い老婆だ。
彼女は試験前に毎年必ず大魔王様の元に訪れて感謝を述べる。
夫が果たせなかった貴族の責務を代わりに果たし、そして夫の名誉を回復させてくれた大魔王様に。
そして涙ながら礼を述べたあと。
「今度はアタシが貴族の義務を果たす番なんだからね。大魔王様の前に危険がせまったらアタシが身代わりになるんだから。いいからアタシを魔王軍に雇いなさいっ!何かあったらすぐにすっ飛んで行ってあげるんだから!」
貴族の責務から逃れることなく、志たかく、自己犠牲を厭わない。
そんな彼女の娘が魔王軍に入団できたのだ。
大魔王様と魔王国を守る盾となり剣となる娘を育てたのだ。貴族の役目は十分に果たしたといっても違いない。大役を果たしたことに満足できるだろう。
大魔王様がおっしゃったのはそういうことだ。
もう十分である。
魔王国民の鏡、旧魔王国の貴族の鏡。
ご年配であるシルバニナ伯爵夫人、十分に魔王国に貢献されたのだ。
後はこの大魔王にまかせるがよい。
ジルべストも大きくうなずくのであった。
感慨にふけるところにノックの音が。
歴戦の仕事人である2人は一瞬で仕事モードへと移行する。
「入るがよい」
次の仕事へと移る前にちょうど区切りがよい。
入室を促すと、そこにはスカートの端をチョコンともちあげ淑女の礼をする年配のご婦人が。
「きちゃったよ大魔王様っ!アタシは娘の軍宿舎に一緒に住むからね、これからよろしく頼みますよ!いつでも身代わりになったげるからすぐに呼ぶんだよわかったね!?」




