69. チョット
魔王国首都リンゲル。
街の中央から少しはずれて身寄りのない子供たちの宿舎がある。
その建物の前に子供がひとり倒れているのを宿舎長が見つけたことが始まり。
慌てて人を呼んで保健室のベットに寝かしつけると、どうにも背中がつっかえて体が浮いているのだ。
胸や腹が前のめりに突っ張っているため頭も足も低くなる。
これでは何とも血の巡りが悪いであろうと横に寝かせてみると。
背中にゴツゴツとした感触。
見守る大人たちもみなに緊張が走り、ひとりが慌てて部屋を飛び出した。
グランドにいる剣術の先生を呼ぶためだ。
「ビャッコ老師この子は?」
連れてこられた白髪の老人、腰には木剣を下げた着流しの気軽な着衣。
胸元から腕を出してひげを撫でながら、反対の腕で子供の背中を優しく触る。
天使じゃな。
まだ妖精体だが堕天しておる。
このままでは体核から滅していくであろうが、はて・・?
次に老人は彼女を見つけた場所へと案内してもらう。
子供が倒れていた宿舎の正門前だ。
門の前はきれいなもので、血の跡ひとつない。
天から翼の無い天使が堕ちたのであれば地面に大穴が空いてしかるべきだ。
ならば子供はどこからか運ばれてきたのか?
ビャッコが残存する神力の流れを追ってもそんな形跡はない。
瞬間的にそして丁寧に。この宿舎前に置かれたとしか思われない。
ジュディアーナの強固な結界で守られた首都リンゲルの街中だというのに。
誰がとか何故だとか。
そんなことビャッコにとっては考えるまでもないことだ。
ここには旧魔王パーティの剣豪ビャッコと斬鉄丸がいる。
そしてジュディアーナの結界すらすり抜ける超上位存在からこの子を託されたのだ。
堕天し消滅しようとしている幼子を「お前が面倒をみてやれ」ということだ。
手首にかけている数珠のひとつにさわると、耳元にあてて誰かと会話しながら奥へと歩いていってしまう。
ほんの数分で戻ってくると彼の腰差しが木剣から斬鉄丸へと変わっていた。
「このままならばあの子供は呪いで死んでしまうであろう。宿命を断ち切って生かそうと思うのじゃがよろしいか?」
先ほどまでの苦痛に耐え歯を食いしばり眉間にしわを寄せていたのが嘘のよう。
眠る子供の顔は穏やかで、クゥクゥと可愛らしい寝息を立てている。
行った処置は成功したようだ。
ゴツゴツと盛り上がっていた背中も今では他の子供と変わらずツルンとしている。
「あたりまえだっつーのよ。白虎と俺に「斬れぬものナシ」だからな!」
フンスと鼻息(?)荒くドヤるのは意思を持った魔剣斬鉄丸。
魔王国の剣聖ビャッコの愛刀だ。
堕天した元天使の背中を蝕む呪いの羽をぶった切って見事に消滅させたばかり。
「この子は女の子でしょうか?随分ときれいな顔立ちですけども」
年のころは4~5歳というところか。
綺麗な金髪に蒼眼、透き通るような白い肌。体つきは細く性別を感じさせない。
「どちらでもないぞ?天使に性別はないからの」
天使は背中に白く輝く1対の羽を広げる。階位の高い天使は何対もの羽が生える。
天使を天空へと舞い上がらせる美しい羽は、しかし妖精体が何らかの理由で成長できなければ宿主を呪い喰いつくして消滅させる。変質して世の厄災へと成長するのを防ぐためだ。
天使の象徴である美しい羽は、天使でなくなれば『失敗作』を自滅させるための消去装置の役割を果たす。
「因果を破ってしまいましたね」
この子は滅びることが天の決めた因果であるなら。
その因果を覆したものには神の鉄槌が下るのだ。
神族とは世の定理や因果を乱すものに神罰を与える種族なのだから。死の定めを覆した者には神罰という名の厄災が迫ってくる。
大丈夫だと手をふるビャッコに宿舎長もほほ笑顔を返す。
「ここは大魔王様のいらっしゃる首都リンゲル。そして剣聖白虎がここにいるのですもの。なんの心配もしていませんから」
部屋に戻ったビャッコ。
カーテンの隙間から夜空を見上げると暗闇の遠くに雷が轟いている。
上位存在が見れば自然現象などではないことは一目瞭然。雷光の煌めきに見えるのは首都リンゲルを覆う巨大な結界に光の束がいくつもぶつかって火花を飛ばして散っている様だ。
「首都の魔導防壁に早速ひっかかりおった。ワシに天罰とやらを下しにきたのじゃろうが、あの程度ではジュディアーナの結界は抜けぬだろうなあ」
さっさと寝間着に着替えて布団に入ろうとするビャッコ、刀置きでは斬鉄丸がカタカタと揺れて主張しているけども気づかないフリ。
「え?白虎おまえ今日すぐに天使の軍団が攻撃してくるっていったよな?そうなるために切りたくもない堕天の羽を切り落とす協力したよな?」
天使の大軍と久しぶりにやり合えるとワクワクして面倒な仕事を引き受けた斬鉄丸。
消滅する定めの天使から堕天の羽を切り落とし呪いから救う。
そんなことができるのは最高神である創造神、大魔王グラディウス、悪魔王サターン、そして斬鉄丸を得物とした剣聖白虎だけだ。
大魔導士ジュディアーナも重厚な祭壇魔術の場を作り上げれば可能だと本人談。真偽のほどは定かではないが、どのみち今回のケースで間に合いはしない。
剣豪コンビが先ほどかぁ~るくやって見せたのは、実はこの世界で"奇跡"と呼ばれる類の所業だ。
表舞台から退いて久しい白虎と斬鉄丸。今となってその真価を知るのは旧魔王パーティが戦った超上位存在達だけである。
そんな奇跡を起こした斬鉄丸だけど望んでいるのは戦闘である。
天使の羽をきれいに除去し、体内を蝕む呪いを切り刻ざむなんてことは「いや面倒くさいんだけど、本気で面倒なんだけど」ゴネどころだ。やりたいことじゃないのだから興味がない。
そんなことは承知のビャッコが「やってしまえば天使の大軍と思いっきり斬り合えるぞ?千や二千ではきかぬだろうなあ」ニヤニヤ。
斬鉄丸のインテリジェンスは明確にそのシーンを記憶している、そう確かにビャッコは言ったのにそれなのに!
「そうじゃったかなあ。そんな気もするのぉ・・・」
まどろむビャッコには剣聖と呼ばれる戦士の面影などカケラもない。
そこにいるのは夜の早いおジイちゃん。
「ちょっと?」
斬鉄丸の思念など聞こえないかのようにスウスウと寝息を立てて寝入ってしまう。
「チョット、チョットチョット!!」
すっかり夢の住人ビャッコに知性のある魔刀斬鉄丸は驚き過ぎて我を忘れるのだった。
思わず彼のインテリジェンスの中で双子の漫才師がツッコミをいれてしまうほどに。




